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[連載:小松俊明④] ブログ「僕がグーグルを辞めた理由」から考える、ネット上で増える「退職報告」の是非

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キャリアコンサルタント・小松俊明の「最新ニュースから読み解くキャリアの未来」

リクルーターズ株式会社 代表取締役
小松俊明 [@headhunterjp]

住友商事、外資コンサルティング会社を経て独立。エンジニアのキャリア、転職事情に詳しい。『転職の青本』、『役に立つMBA、役に立たないMBA』、『デキる部下は報告しない』ほか著書多数。海外在住12年、国内外で2回の起業を経験した異色の経歴。慶應義塾大学法学部卒業。オールアバウトでは転職のノウハウのガイドを務める。転職活動応援サイトが好評

先日話題になった「僕がグーグルを辞めた理由」の本文はコチラ。各種Techメディアもニュースとして取り上げた

先日話題になった「僕がグーグルを辞めた理由」の本文はコチラ。各種Techメディアもニュースとして取り上げた

ここのところ、ネット上の「転職報告」がひそかな話題をさらっている。最近では「僕がグーグルを辞めた理由本人のブログは『Why I left Google』) 」というタイトルで書かれたシニアエンジニアのブログがメディアに取り上げられて話題になった。すでに読まれた方も多いのではないだろうか。

まだ読まれていない方のために簡単に説明しておくと、米グーグル社を退社し、米マイクロソフト社に転職したジェームズ・ウィテイカー氏が、自分がグーグルを辞めた理由について、詳しく自分のブログの中で説明をしている。

要点は次のくだりにある。

『僕の愛したグーグルは、社員にイノベートする力をくれる、

テクノロジーの会社だった。

僕が捨てたグーグルは、会社にやれと言われたことだけ

やっていればいい、ただの広告会社だ。』

[原文]
The Google I was passionate about was a technology company

that empowered its employees to innovate.

The Google I left was an advertising company

with a single corporate-mandated focus.

そもそも他人が会社を辞めた理由なんて何が面白いのかと、いぶかしく思う人もいることだろう。「自分の転職を正当化するような話」をつらつらと書いているだけではないかという見方もあると思われる(筆者の私見では、実際には勤め先への感謝が述べられているパターンが多いようだ)。また、どうして他人の転職報告がネット上に出回るのか、それ自体に疑問を持つ人もいるかもしれない。

大前提として、転職とはとても個人的なものである。エンジニアだろうが、経理スタッフだろうが、皆基本は同じような理由で会社を辞めるものだ。代表的なのは次の3つの不満要素である。

「仕事内容・人間関係・評価と待遇」

これらに対する不満が重なると、人は転職を意識するようになる。では、今回のウィテイカー氏の場合はどうか。ブログの全文を読んでみたが、正直なところ、特に目新しい理由は見つからなかった。というよりも、むしろ明確な退職理由は、たった一つのことに集約しているように見える。

それは、会社のカルチャーが変わったことにより、「自分のやりたいように仕事ができなくなった」ということである。エンジニアという職種の、専門性の高さと独創性を重視する傾向を考慮すれば、こうした退職理由に共感する人は多いに違いない。

本来の「転職報告」とブログでの報告が異なる点とは

一方、このブログを読むと、グーグルという巨大かつ強力な会社の内部事情と、フェースブックの成功に象徴される世の中のソーシャルシフトに対するグーグルの戦略が垣間見えてくるから、そこを面白いと思って読んでいる読者も多いと思われる。

個人の転職報告としては平凡な気がするが、それでも多くの人に読まれているのは、変化と進化の著しいIT業界の先端を走る企業のシニアエンジニアが、多少なりとも内輪話を暴露していることに原因があるのではないだろうか。

しかし、だ。本来、転職報告とは「それを伝えたい特定の誰か」に対して、個別に行うものであった。例えば、一定の役職以上にある人であれば、昔から定型のハガキを使って仕事の関係者に挨拶状を送る慣例があった。

これまでハガキやメールでの退職報告が主流だったのが、ブログでの報告にとって代わったわけではないと小松氏

ハガキやメールでの退職報告が主流だったのが、ブログに置き換わったわけではないと小松氏

経費削減のためか最近はめっきり減った感があるが、それでもたまに、しばらく連絡が途絶えていた仕事の関係者からハガキやメールが届くことがある。そうした慣習の流れを汲んで、手軽なネット上の転職報告が生まれたかというと、それは少し違うような気がしている。

つまり、ネットで転職報告をする人は、これまでハガキやメールを使って転職報告をしてきた人とは、まったく異なる動機を持つ人たちなのではなかろうか。

では、転職後のキャリアを考えた際、どんな動機でブログを書くのは「アリ」で、どんな内容は「アウト」なのか。そのヒントになるような出来事があったので紹介しよう。

おおざっぱな「抽象化表現」がもたらしてしまう勘違い

先日、ある大学のシンポジウムに出席した時のことである。出席していた博士課程の学生が、次のような発言をしていた。

『企業は、修士までの学生は評価するが、

自分たちのような博士課程に進んだ学生を評価しようとしていない。

企業はもっと博士号人材のキャリアパスの多様化に

力を貸してくれてもいいのではないだろうか。』

深刻さを増す、博士号取得者とポストドクターの就職難。その窮状は言うまでもないことだが、この学生が指摘する「企業」という概念が、具体的に何を指しているのか、それが気になった。というのも、そのシンポジウムで「企業は変わるべきだ」とどんなに叫んでみたところで、いわゆる世の中の「企業」は聞く耳を持つはずがない。

かつ、企業といってもその大小、業界や業態もいろいろある。個別な事情を抱えているのがそれぞれの「企業」であり、「企業」とは人間の集まりのことなのだ。

結局、その学生が言いたかった「企業」とは、「自分を評価してくれる人間がいそうな会社」ということになる。何事も、他人に自分が評価されるかどうか、それに尽きるわけだ。

そう考えると、彼が公衆の面前で話す前に持っておくべきだったのは「顧客視点」だ。つまり、「変わるべきは自分」であり、まずは「何事も自分事」と心得るのが先決である。

「企業や業界への不満」を言っても、世の中は何も変わらない

就職難の時代にキャリアの選択に悩む彼の不安な気持ちは分かるし、企業の採用方針にも問題はたくさんあるが、「企業が博士号取得者を評価しない」ということはないはずだ。博士号取得者にありがちな特徴(例えば、高学歴だから使いにくいのではないかなど)のおかげで、世の中の偏見にさらされることは多少あったとしても、詰まるところ個々の「企業」が個々の「人間」を評価するのが採用の現場である。

シンポジウムで発言した高学歴の学生は、どうしたら希望する就職先から自分が評価されるのか、そのことをもっと個別に研究して、行動を起こすことが先決なのだろう。物事を抽象化して「企業は偏見ばかり」と不満を言っても、世の中は何も変わらないのだから。

ネット上の転職報告も、その点で同じではないかと考えている。報告する対象を個別に特定化しないで発せられた転職報告は、その情報を受けた他人が自由に内容を解釈するため、情報の送り主の意図するように解釈されることは少ない。むしろ、必ず誤解されると思った方がいい。

であれば、何のためにそうした誤解を生むような転職報告を、不特定多数の他人に対して行う必要があるのだろうか。まずはそれを考えてほしい。

万が一、仕事関係者にも個別に転職報告をすることが面倒だからという理由で、なかば横着してネット上で転職報告をしている人がいたら、それは後々のキャリア形成上、必ず損をするだろう。情報の発信元の意図とは反して、かなりネガティブなメッセージを世間に対して送っている可能性もあるからだ。

退職した理由まで書く場合は、話が厄介なことになる可能性だってある。IT業界という特定の世界で、いつ、どこで再会するか分からない元勤め先の上司や同僚たちに、悪い印象を与えてしまうのは得策とは言えない。そうした意味では、ネット上の転職報告には、いっそうの慎重さが求められて然るべきだと思う。

前述のグーグルを辞めたシニアエンジニアにしても、これほどまでに本人の転職報告が国境を越えて多種多様なメディアで論じられることになるとは、予想もしなかったのではないだろうか。実際はマイクロソフトに転職した報告というより、「グーグルを退職した理由」を伝えたかっただけだろうが、本人がそれを一番伝えたかった相手とは、誰だったのだろうか。グーグルだろうか、マイクロソフトだろうか。それともほかにもいたのだろうか。

ブログの読後感として、そのことが最後まで気になった。