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[連載:西田 宗千佳⑥] 良いユーザーインターフェースは、「デザイン」する前に「計測」されている

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ジャーナリスト・西田 宗千佳のデジMONO先端研
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IT・家電ジャーナリスト
西田 宗千佳

「電気かデジタルが流れるもの全般」を守備範囲に執筆活動を続ける気鋭のフリージャーナリスト。主要日刊紙や経済誌、MONO系雑誌にあまねく寄稿し、書籍の執筆も多数。最近は電子書籍関連の著書が多い。近著は『形なきモノを売る時代-タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組』(ビジネスファミ通刊/税込1500円)など

各種デジタル家電にしろ、アプリケーションにしろ、評価の大きなポイントとなるのは「ユーザーインターフェース」だ。では、「良いユーザーインターフェース」を作るにはどうしたらいいのだろうか?

From LGEPR スマートフォンなど「表現性豊かなツール」が誕生したことで、UIに関する議論がより盛んに行われているが...

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スマートフォンなど表現性豊かなツールが誕生し、UIに関する議論もより盛んに行われているが…

「ユーザーインターフェースとはデザインの一種なのだから、柔軟で大胆な発想で」と考える人は少なくないはず。確かにそれは、成功の一つの方法だろう。「アップルだってデザインを大切にしている。だからわれわれもデザインを大切にしよう」というのは、多くの企業が考える方法論といえる。

だが、本当にそれでいいのだろうか? もう少し正確に言えば、「良いユーザーインターフェース」という「良いデザイン」を実現する具体的な要素は何だろう?

それをはっきりと答えられる人はそうそういないはずだ。「複雑ではなくシンプルに」、「操作への反応は鋭敏に」といった基本原則くらいなら誰でも語れるが、細かなノウハウについて言及できるのは、長くユーザーインターフェース開発に従事した経験がある人くらいだろう。

逆に言えば、これから、良いユーザーインターフェースを持つ製品を新規に開発しようという人々の場合、どこから手をつけて改善すべきかが分かりづらい、ということでもある。また、長くやっていても、その経験が「本当に使いやすい製品」につながっているかどうかは、また別の問題だ。

世の中では「感性のもの」と思われている節があるユーザーインターフェースだが、実際にはそうではない。ユーザーインターフェースを気にする企業の多くは、かなりの量の試行錯誤を繰り返し、かなり「解析的」にユーザーインターフェースを開発している。

一部ユーザーの行動履歴を分析し、定期的に操作性を見直す

例えばマイクロソフトは、さまざまな知識レベルのユーザーを自社の設備に集め、操作を記録して分析し、操作性改善に活かす「ユーザーインターフェース・ラボラトリー」を世界中に数カ所持っている。

アップルはユーザーに試作品などを見せることはしないが、社内では大量の試作を行い、方向性について徹底的なプロトタイピングを行う、というアプローチを採っている。

どちらの企業も共通しているのは、ユーザーインターフェース開発の基盤整備にそれなりに大規模な投資を行っている、という点である。できあがった製品を見ると、そこまでコストのかかったものには見えないかも知れないが、これらの企業はユーザーインターフェースを、ある意味「最終デザイン」ではなく「基礎研究」ととらえて投資を行っているのだ。

また最近は、よりユニークなアプローチを採る企業も出始めている。

Netflix』は、アメリカで人気のオンライン・ビデオ配信サービス。一説には、全米の下りトラフィックの3割が『Netflix』のものと言われるほどである。このサービスはWeb技術をベースに作られており、再生にはテレビや『Wii』、『プレイステーション3』などのゲーム機、AppleTVなどの対応機器を使うものの、画面表示のベースはWeb技術だ(ただし、すべての機種ではない。現状では多くの機種がWeb技術化されているという)。

操作画面は、テレビなど機械の側にアプリとして組み込まれているわけではなく、ネットフリックス社のサーバ側にある。すなわち、操作性改善の多くを自社側でコントロールできる、ということだが、これは技術的に見ると珍しいことではない。日本のテレビで広く使われている『アクトビラ』も同様の構成である。

From stevemtzn 米オンラインDVDレンタルサービスの『Netflix』が人気の理由には、ユーザーの行動分析の緻密さがある

From stevemtzn

米オンラインDVDレンタルサービスの『Netflix』が人気の理由には、ユーザーの行動分析の緻密さがある

違うのはここからだ。『Netflix』は、定期的に操作性を見直している。

実はその際、周囲に広くアナウンスすることなく、アメリカのごく狭い、ある地域の顧客だけに、新しい操作方法を先行公開する。なぜかというと、それによって「本当にその改善が有効か」を確かめるためだ。

Web技術で作られているということは、どこをどう操作したのか、ユーザー単位でログが取れるということでもある。サーバ側では、利用者がどのようにメニューを使ったのか、どこで操作が止まったのか、といった「行動の履歴」を確認できる。

そうして得られた行動履歴を統計的に分析することで、改善によって本当に操作性が良くなったのかどうかを確認した上で、全利用者へと反映するのである。時には違う操作方法を別々の地域へ提供し、どちらが良いかを確かめることすらあるという。

ユーザーが継続的に利用し続けるための「武器」として考える

では、なぜこのようなことをするのか? それは、ユーザーインターフェースが「本当に向上したのか」を常に確かめるためである。

作っている側は改善したつもりでも、利用者の側では改悪になっていた、という事例は少なくない。また、製作側からはほとんど同じように見える変更であっても、利用者の目線では大きく違う、ということもある。

そういった点を「勘」で処理するのは効率的ではない。ノウハウを持つ開発者・企業はそこをうまく処理できるし、コストをかけたリサーチ機関を設けるのも、そういった部分での「気付き」を大切にするためである。

『Netflix』はユーザーインターフェースを、ユーザーが継続的に利用し続けるための武器の一つとしている。一方、日本でアクトビラが利用されないのは、コンテンツの数以上に、あまり繰り返して使いたいと思わせない、レベルの低いユーザーインターフェースにあると推測できる。低コストで効率良くユーザーインターフェースを改善するため、『Netflix』はWeb技術の特徴を最大に活かしている、ということになるだろうか。

実はこのような手法は、『Netflix』だけが採用しているものではない。Amazon.comも、自社サイトにある程度大きな変更を加える際、ランダムに選んだ一部顧客に、一時的に新ユーザーインターフェースを公開し、ユーザーの振る舞いを確かめてから全体へと広げる、というアプローチを採る。

もちろん、すべての分野でAmazonやNetflixのようなアプローチが採れるわけではない。組込みアプリなど、頻繁に書き換えることを前提としていないソフトの場合には、やはり出荷時から最適なユーザーインターフェースが求められる。その場合であっても、これまでの同種の製品でユーザーがどのように振る舞ったのか、といった情報は有用になる。

ユーザーインターフェース開発を行うための情報をいかに集めるか、そしてそれをどう分析するか。そのノウハウは、現在のソフトウエア開発にとって大きなテーマなのである。
撮影/芳地博之(人物のみ)