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[連載:西田 宗千佳⑦] Sony Tablet、ATOK、Wii…「見えない」作り込みが製品の使い心地を変える

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ジャーナリスト・西田 宗千佳のデジMONO先端研
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IT・家電ジャーナリスト
西田 宗千佳

「電気かデジタルが流れるもの全般」を守備範囲に執筆活動を続ける気鋭のフリージャーナリスト。主要日刊紙や経済誌、MONO系雑誌にあまねく寄稿し、書籍の執筆も多数。最近は電子書籍関連の著書が多い。近著は『形なきモノを売る時代-タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組』(ビジネスファミ通刊/税込1500円)など

デジタルデバイス市場に、スマートフォンやタブレットがあふれ始めている。一気に市場に出始めた理由は、こういったジャンルの製品が人気である、ということは大前提として、単純に製品を作るだけなら技術的な難易度が決して高くはない、という理由も少なからずあるだろう。

これらの商品は、ハードウエア的に見ればさほど珍しい要素を備えていない。極端な話をすれば、パーツメーカーからキーコンポーネントを集め、組み立てればできてしまう。もちろん、製品を他社と差別化するためには、デザインを工夫したり高性能な(すなわち、もともと差別化された)コンポーネントを搭載したり、といった工夫が必要で、それにはコストがかかる。とはいえ、一からすべてを開発するよりはずっと楽だ。

PCがそうであるように、製造ラインを作る能力とノウハウさえあれば、すぐにでもタブレットメーカーになることができるのだ。逆に言えば、自社がメーカーになる必要すらない。Foxconnなどに代表されるEMS(電子機器の受託生産サービス)を活用すれば、まったくノウハウを持たない企業でも、このジャンルに参入できる。

「だから儲からない。ビジネスの旨味がない」

そういう人々もいる。家電メーカーが競ってタブレットを発売しているが、「価格と生産力に長けたPC系のノウハウを持つ海外ベンダーに駆逐されて終わる」と冷笑的に見る向きも少なくない。

ノイズを「拾わない」センサーを搭載して、より快適な製品へ

そんな冷笑を浴びがちなのが、ソニーが9月半ばに発売した『Sony Tablet』である。9インチクラスの液晶を採用し、重量は600グラム前後。価格は4万円台からと、決して安くも小さくも軽くもない。「今さらこんなスペックで」と思う人もいるだろう。

From Masaru Kamikura

From Masaru Kamikura

サクサク・エクスペリエンス“と呼ばれるタッチ操作をスムーズにする独自技術が評判の『Sony Tablet』

だが、違うのだ。筆者も、サイズやコンテンツの準備など、すべての点で褒められる製品とは思わない。しかし、実際に触ってみると、『Sony Tablet』はほかのタブレット製品と明らかに違う「操作感」が実現されている(※編集部注釈:『Sony Tablet』の動作などはコチラのビデオで閲覧可能)。

現在のタブレット端末では、マルチタッチ対応の静電容量式センサーが使われることが多い。だが、その感度や操作感は製品によってマチマチだ。内部設計による静電気や、微弱電波などによる擾乱(じょうらん)、そしてもちろんセンサーの精度そのものによって、どのくらい「思った通りに動くか」が異なるからである。

そのため、製品によって「何となく思ったように動かない」と感じられることが少なくない。ソニーはタブレットを作る上で、この点を問題視した。

そこで同社は、タッチした時に人がどう振る舞うかを分析した上で、さまざまなノイズとなる情報を「キャンセル」し、同じタッチセンサーでもできる限り思った通りに動くよう、工夫している。センサーをコントロールするためのソフトウエアを独自に追加することで、製品を差別化しているのだ。

タッチパネルでも「同時押し対策」を行い使用感を向上させる

タッチセンサーを使った機器は多く登場しはじめているが、その上でどのような工夫をすれば「快適な製品になるか」というノウハウはまだできあがっていない。

こんな例もある。

日本語入力システム『ATOK』の開発元として知られるジャストシステムは、Android版のATOK『ATOK for Android』を、9月末にアップデートした。タッチパネルでの文字入力はどうも確実性に欠ける、と思う人は少なくないはず。キーボードに比べてタイプを間違えたり、タイプしたはずの文字が抜けたり、といったことが起きやすい。だがアップデート版のATOKでは、完全に、とはいかないまでも、文字抜けなどが相当に起きにくくなった。

From JustSystems

彼らが改善したのは「マルチタッチ」を活かす、という点だ。

タッチセンサーは「触った時」に認識するもの、と思いがちだ。だがキーボードなどの場合、非常に短い時間ではあるが、2つ以上の部分を同時に押している時間が存在する。タイプが早くなると、前のキーから指が離れる前に次のキーを押してしまうことがあるからである。

特にタッチパネルの場合、パネルを押した時ではなく、パネルから指を離した時に文字が入力される場合がほとんどなので、意図せぬ同時押しによる誤入力が生まれやすい。言われてみれば当たり前の話だ。物理的なキーボードでも「nキーロールオーバー」と呼ばれる「同時押し対策」が行われている。タッチパネルでも同様のものが必要とされていた、ということなのだろう。

操作感アップに向けたノウハウ構築が勝敗を分ける

ここで重要なのは、タッチセンサーを使った機器で「何をすればどのくらい改善されるか」というノウハウはまだない、ということなのである。ソニーやジャストシステムは、そこに気づいてちょっとした工夫をすることで商品力を上げた。これこそが「ノウハウ」になる。

こんな話もある。

From ricardodiaz11 『Wii』が世界的な人気を獲得できたのは、モーションセンサーの絶妙な反応具合も一因だったかもしれない

From ricardodiaz11

 『Wii』が世界的な人気を獲得できたのは、モーションセンサーの絶妙な反応具合も一因だったかもしれない

Wii』で「モーションセンサー用ゲーム」が人気のころ、多くのゲームメーカーは、争うようにモーションセンサーを使ったゲームの開発に取り組んだ。しかし、そこで任天堂のようにきちんと使いこなせたメーカーは少なかった。

「ゲームに活かす発想」ができなかった、というわけではない。アナログなセンサーから得られる「微細な情報」を使い、快適な操作性を実現するためのノウハウ構築が難しかったからだ。

センサーから得られる生の情報だけではノイズが多すぎる。どのセンサーから得られるどの情報を「どこまで無視して」、「どこを活かす」のか。大ざっぱな動きを認識するならどこにでもできるが、遊んで楽しい領域に持ち込むには大変な試行錯誤が必要になる。

結果、多くのメーカーは「おおざっぱな使い方」しかできず、任天堂のような活かし方を生み出せず、失敗につながった。

「見た目が同じでも使ってみると違う」ということは、商品の違いとして、消費者にすぐつながるものではない。だが、良い製品でないと結局は支持されない。

物理的なボタンからセンサーへと変わる時代には、こういった部分での発想力とノウハウ構築の努力が重要になる。

そう考えると、アップルはやはりすごい企業だ。『iPad』は、発売当初から快適な操作性を実現していた。表には出さないが、「タッチセンサーで快適な機器を作るには何をせねばならないか」を分析してから商品化を行っているからである。

実はアップルは、もともと『iPhone』より先に『iPad』を開発していたという。にもかかわらず、『iPhone』が先に出たのは、「満足ゆくものができるまでは出すべきでない」という確固とした方針があったからではないだろうか。

撮影/芳地博之(人物のみ)