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「僕らのデザインで医療は変えられる」歯科医の卵が『TOKYO DESIGNERS WEEK2014』出展で感じた手応え

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2014年10月25日~11月3日の10日間、昨年は約11万人を動員した国内最大級のクリエイティブイベント『TOKYO DESIGNERS WEEK2014』(以下、『TDW』)が開催された。29年目を迎えた今回も、ロボットやウエアラブルデバイスを始め、今話題のクリエイターたちの作品が展示され、来場者たちの好評を博していた。

同会場ではクリエイターの卵たちが競い合う『ASIA AWARDS』が同時開催されたが、その中で特に異彩を放つブースがあった。「岡山大学 歯学部」のブースだ。

そのおおよそデザインとは結びつかない文字列は、「○○美術大学」「造形学部」「△△デザイン学科」など、デザイン系の学校・学科のブースが軒を連ねる中で、ひときわ目を引く。

岡山大学歯学部がTDWに展示していた『Q-ticket』。同イベントへの医療系学生団体の出展は初めてだ

岡山大学歯学部がTDWに展示していた『Q-ticket』。同イベントへの医療系学生団体の出展は初めてだという

彼らが展示していたのはカード型のオーラルケアグッズ『Q-ticket』(クチケット)。歯ブラシや歯磨き粉、舌ブラシやマウスウォッシュなど、約10種類のケア用品をタバコ箱サイズのカード型にし、持ち運びしやすくしたプロダクトだ。

なぜ、デザインについては門外漢であるはずの医療系の学部がTDWに出展することになったのか。

『Q-ticket』開発とTDW出展の経緯を、同プロジェクトの学生代表で、岡山大学歯学部5年生の実藤和典(じつふじ・かずのり)氏に聞いた。

人に見せたくなる歯ブラシが歯科医療を変える

(左から)岡山大学歯学部『Q-ticket』プロジェクトの実藤和典氏、谷口智子さん

(左から)岡山大学歯学部『Q-ticket』プロジェクトの実藤和典氏、谷口智子さん

実藤氏によると『Q-ticket』の開発よりも先にTDWへの出展が決まっていたのだと言う。

「今回の出展は松本(卓也)教授の『TDWに出展しよう』という一声から始まりました。松本先生は生体材料学が専門なのですが、デザインの力で歯科医療を変えたいと常々おっしゃっていました。松本先生が発起人となり、出展することが決まったのがちょうど1年前。そこからメンバーが集まり、何を出展するかという話になりました」(実藤氏)

先にTDWへの出展が決まってから企画・開発が始まったというこのプロジェクト。最終的に『Q-ticket』というオーラルケアグッズの形になったのはなぜなのだろうか。

「歯周病の予防にはオーラルケアが重要です。オーラルケアさえしっかりしていれば、歯周病患者は今より少ないはずなのです。しかし、歯科医院を訪れる患者さんは後を絶ちません。そんなとき、オーラルケアをもっと身近にすればこれが解決できるのではないかという考えに至りました」(実藤氏)

オーラルケアをもっと身近にするにはどうしたらいいのか。その答えは「持ち歩きたくなるようなデザイン」だと実藤氏は言う。

「今でも旅行用に持ち運べるものはありますが、友人らへのヒアリングなどを通じて、オーラルケア用品は基本的に洗面所から出ないものだという結論に至りました。それは、口腔ケア用品に持ち運びたい、と思わせる『人に見せたくなるデザイン』という要素が圧倒的に不足しているからだと気付いたのです」(実藤氏)

現在流通している旅行用の歯ブラシセットは使用後、洗って持ち歩くものがほとんどだ。しかし、そこに弱点がある、と実藤氏は話す。

実藤氏がデザインした折り取ってシェアできる歯ブラシ。限られた大きさの中で機能を実現することに苦労した

実藤氏がデザインした折り取ってシェアできる歯ブラシ。限られた大きさの中で機能を実現することに苦労したという

「そもそも、自分が使った歯ブラシを人に見せるのはためらわれますよね? 1枚のカードに使い捨ての歯ブラシを5本組み入れ、それを1本ずつパキッと折り取って使うというアイデアはその根本的な課題をクリアするために考えました。また、折り取った歯ブラシを分け与えることで、口腔ケア用品を他人とシェアするという全く新しい概念も取り入れました」(実藤氏)

人に“見せられる”デザインを実現した実藤氏。次に取り掛かったのは人に“見せたくなる”デザインにすることだった。

「近年、働く女性を中心に流行したポケットドルツも、高いデザイン性が流行の要因だと言われています。普及するには人に見せたくなるようなデザインが重要だと考え、『Q-ticket』を収納するケースのデザインにもこだわりました」(実藤氏)

現場の人間だから持ち得る課題発見の視点と熱意

『Q-ticket』のデザインのほとんどを担当したという実藤氏。しかし、歯学部のため、授業を通じてデザインを学ぶことは皆無だ。歯科医を目指す実藤氏が、なぜ専門外のデザインを行うことになったのだろうか。

「松本先生と同じく、僕も歯科医療をデザインの力でもっと良くすることができると思っていました。しかもそれは業界の外のデザイナーではなく、現場の人間、つまり僕たちのような歯科医療に携わる人間がやるべきだと思います」(実藤氏)

実藤氏がこう考えるのには2つ理由があるという。1つ目は医療現場が非常に専門的な分野であるため、外部デザイナーが課題を発見しにくい環境にあること、2つ目はデザインする人の熱意の差だと語る。

「医療現場に普段から入り込んでいて、すぐに課題を発見できるデザイナーがいればいいですが、現実的にはなかなかいません。また、医療現場を良くしたい、というモチベーションは現場と常に向き合っている僕たちのような医療従事者のほうが強いはずです。だからこそ専門分野の最前線にいる人がデザインすべきだと思うのです」(実藤氏)

モノづくりに恵まれた時代が素人の背中を押す

TDWの期間中も診察のために岡山と東京を往復していたという実藤氏

TDWの期間中も診察のために岡山と東京を往復していたという実藤氏

とは言え、普段デザインをしない立場の人がいきなりデザインを作るのは容易ではない。技術的制約もあれば、時間的な制約もある。

岡山大学の歯学部では5年生から実際に患者を診る臨床実習が始まり、実藤氏は朝8時から夜8時まで病院にこもりっきりの日が続いたという。

岡山大学歯学部のサイトにもあるように、臨床実習の期間は遊ぶことはおろか、生活のためのアルバイトすらも難しい。

そんな状況の中、実藤氏はどのようにしてデザインを学び、完成させたのか。

「もともとデザインは好きで興味はありましたが、いざ作るとなると、そこまでの知識や技術はありませんでした。でも、今はIllustratorなどのデザインツールもひと月2000円くらいから使えますし、僕みたいな素人でも検索すれば使い方がすぐに分かる時代です。短時間でプロトタイプを作れる3Dプリンターもありますし、モノが作りやすい時代に生まれてよかったと思っています。製作の時間に関しては、毎日の臨床実習の後、寝る間を惜しんでやりました」(実藤氏)

出展したからこそ得られたビジネス視点での考え方

『Q-ticket』のTDWへの出展について、実藤氏は「得たものがとても大きかった」と振り返る。

「出展しているプロのデザイナーの方や経営者の方から、僕たちだけでは到底思いつかないような、商品化や改良についての具体的なアドバイスをもらえました。現場にいては気付かない、ビジネス的な視点でものを見る感覚はとても勉強になったと感じています」(実藤氏)

また、サービス業での配布を想定し、リップクリーム、ガム、糸ようじ、歯ブラシが1枚のカードになった『Q-ONE card』の企画をした同大学2年の谷口智子さんもこう話す。

「製作の期間はひたすら苦しい日々でした。しかし、来場者の方々からぜひ製品化してほしい、と温かい声をいただけて、今までの苦労が報われた気がします」(谷口さん)

「今回の経験で、僕らがデザインを専門にしていない歯学部だったから得られるものが大きかったんじゃないか、と感じました。精神科医でも、経済学者でも、その専門分野の最前線にいる人たちだからこそできる問題提起とデザインがあると思います。そういう人たちがTDWのような場に出展し、デザインや経営の専門家の意見によって磨かれることで、その分野の未来がよりよいものに変わる可能性もあるのではないかと思います」(実藤氏)

『Q-ticket』の製品化については「まだこれからです」と話す実藤氏。『Q-ticket』が最終的にどのような形になったとしても、他にはない経験を持つ歯科医師として、歯科医療の未来を切り開いていってもらいたい。

取材・文・撮影/佐藤健太(編集部)