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世界で初めてアマゾン違法伐採の監視ツールを開発した72歳技術者が、今も土日にコードを書く理由

タグ : RESTEC, WebGIS, リモートセンシング技術センター, 監視ツール 公開

 

日本の約14倍の面積があり、世界最大と言われる南米・アマゾンの熱帯林。だが2009年までの約20年間で、年平均1万9000平方キロ(山手線の面積の292倍)もの森林が減少するという深刻な状況にあった。

その森林減少の大きな要因だったと言われる違法伐採に歯止めを掛ける「監視ツール」を、現地に乗り込みつつ開発し、世界を驚かせた日本の専門家チームがいる。チームを率いていたのが、リモート・センシング技術センター(RESTEC)の小野誠氏だ。

小野氏らは、日本の地球観測衛星『だいち』を使って違法伐採を検出し、ブラジルの地元警察に迅速に情報提供できるシステムを構築するというミッションを担っていた。

実はブラジルは、2004年からほかの観測衛星を使った監視プロジェクトを始め、一定の効果を上げていた。搭載されていたのは、可視光線を使った光学センサ。だが、光学センサは晴れている時は観測できるが、雲に覆われると地表が観測できない弱点があった。そのため、1年の約半分の雨期を狙う違法伐採者が増え始めていたのだ。

これに対し、『だいち』が搭載するレーダーは、雲を通過するため雨天でも観測できる。1年を通して違法伐採に目を光らせることができるため、ブラジルはJAXAに『だいち』のデータ提供を依頼したのだ。

ミッションクリアの秘訣は、ハード・ソフト両方の知見と「素人目線」

小野氏らがミッションクリアのために行った作業は、大きく3つ。まずは日本の地球観測衛星『だいち』の画像処理、判読支援ツールの開発だ。はじめに、観測された画像を以前の画像と重ねることで、新たに森林が伐採された場所が抽出されるソフトウエアを作る。

「画像自体は白黒で目立たず、伐採地が判別しにくいという現地スタッフの声がありました。そこで時期ごとのデータをカラー合成し、伐採地が赤く浮かび上がるようにしました。また画像を重ねる際に重要なのが、2枚の画像の位置合わせです。異なる時期の観測データは若干の位置ずれが起こるため、詳細に合わせないと伐採地が絞り込めない。そこで位置合わせを自動的に処理するソフトも作りました」

そして小野氏が目を光らせたのが、現地調査だ。

ヘリで上空からアマゾンを観察し、観測データと現場の様子を確認。目視することでデータの確実性をより高いものにしたという

「衛星画像を見てここが怪しいなと思うところを実際にヘリで飛んで、本当に伐採されているところなのか、古い焼け跡なのかを確認するんです。そして観測データの明るさがこれくらいなら伐採だという値をソフトに組み込む。衛星データと現場を見て確認するのが一番の近道であり確実です」

次の作業は伐採情報を現場にスピーディに、正確に伝送するWebGISシステムの開発だ。これにはチームの一員であり、WebGISの専門家であるマップコンシェルジュ・古橋大地氏が活躍した。

まずブラジル環境省や連邦警察のサーバーを新しいデータに対応するよう構築。そして、衛星データから伐採地が抽出されたら、許可を得て伐採している場所か否か即座に土地台帳と照らし合わせて所有者を調べられるようにした。

「ブラジルは訴訟社会。違法を摘発するには正式な令状をとる手続きが必要です。そのためにも土地台帳など、地図情報に様々な情報を載せられる、WebGISの仕組みが不可欠だったのです」

そして3つ目の作業が技術指導。現地のスタッフが使えるように指導し、細かくソフトウエアやシステムのカスタマイズを行い、彼ら自身がその後もアップデートできるように教育研修を行う。こうして『だいち』が観測して5日後にはデータが提供され、伐採地を検出、位置情報が地元警察に提供されるとヘリで飛び違法伐採を検挙するシステムが整った。

「実際にヘリで飛んでいったら、四角く伐採された場所からトラックで林材が搬送されている現場を発見したことがありました。ヘリを見た運転手がトラックを捨てて森の中に逃げていきましたね(笑)」

小野氏らは2009年から現地調査とシステム構築などの作業を開始、翌年には伐採面積が3分の2以下に減少。約3年間のプロジェクトで最終的に違法伐採が半分以下に減るという驚くべき成果を上げた。

実際の違法伐採の現場の摘発はもちろんのこと、ブラジル政府のキャンペーンで抑止効果も生まれ、最終的に約800件以上の違法伐採を摘発することができた。この成果を踏まえて、東南アジアで同様のプロジェクトも展開されている。

短期間でこれほどの成果を上げることができた理由については、「レーダーで得た観測画像から森林に特化したソフトウエアやシステムを作れるのはわれわれのチームだけだった」と小野氏は言う。衛星のハードもソフトも知り尽くした小野氏がいたからこそ実現できたといえるだろう。

「ただ、モノづくりが面白くてたまらなかった」

この偉業を成し遂げた小野誠とは、いったいどんな人物なのか。1940年生まれの72歳。三菱電機でアンテナ、レーダーシステムの開発に従事し、1992年に日本が初めて打ち上げたレーダー観測衛星『ふよう』に搭載されたレーダーの設計責任者を務める。さらに衛星作りだけでなく、レーダー画像処理のためのソフトウエアも開発した。

「ソフトウエア開発は必要に駆られて始めました。当時、日本初のレーダー観測衛星を受注しようと、企業の間で熾烈な競争が繰り広げられていました。そこでわれわれが衛星を開発する実力があることを証明するために、レーダーで観測したデータを実際に絵で見せる必要があったのです」

1980年代後半、小野氏は日本に導入されたばかりのスパコン・クレイワンを使い、世界で初めてスパコンでレーダー画像の処理を行い、突出した技術力をアピール。衛星の受注に成功する。

こうして日本のレーダー衛星開発の草分けからかかわり、人工衛星というハードも画像処理のためのソフトも自ら開発し知り尽くしていることから、業界では「神」と呼ばれる存在だ。

本人はいたって謙虚であり、そう呼ばれるのを拒む。「単純にモノづくりが面白くてたまらなかったのです」と、気負いはない。

ブラジルの現地スタッフと議論を交わす小野氏

『ふよう』のレーダーを使ったデータから世界各地の森林マップが作成され、アマゾンの熱帯林の伐採が深刻化していることが明らかになった。一方、小野氏は数々の衛星作りを手がけた後、レーダー画像を扱う「利用者側」のシステムを何とかしたいと思い始める。

そこで1994年から観測画像の利用促進を進めるリモート・センシング技術センターで画像処理システムの開発などに従事する。「作る側」だけでなく「使う側」にも精通する人材は多くない。だからこそ、小野氏はアマゾン違法伐採防止プロジェクトの中心人物になりえたのだ。

小野氏は今、「アジアの洪水警報」プロジェクトに取り組む。アジアは自然災害が多く、特に水害は甚大な人的・経済的被害をもたらす。従来から使用している雨量計はあるが、たくさんの観測データはとれない。だが衛星なら広い範囲にわたって密度高くデータがとれる。人工衛星を使って洪水の警報を正確に迅速に出そうという、アジア開発銀行のプロジェクトだ。

まず試験的にフィリピン、バングラデシュ、ベトナムで2014年3月までに洪水警報のためのシステムを作る。そのために小野氏はフィリピン・ルソン島カガヤンに入る。

「今年の雨期、6月~10月が勝負です」

正確な水位予測をするために欠かせないのが現地調査だ。

「衛星データは毎時10ミリと出ているが、実際の地上の雨量計のデータはどうなのか。時々刻々と変化する雨量を確認してすりあわせ、ソフトウェアに反映させていくのです。」そのシステムをベトナムやバングラデシュでも作る。インドシナ半島は国をまたがって大河が流れ、情報の伝達が難しい。衛星は国境なしに情報をもたらすので大きなメリットがある。

「これまでは頼りにならない情報や推測で警報を出していた。それを科学的な数字を元に警報を出せるようにしたい。上手くいけば世界に広げたいと思っています」と野心的だ。

「人真似はしたくないし、人のコードは使いたくない」

アマゾンにアジア……。小野氏は世界を駆け回り、東京のオフィスの席を温める時間もない。ブラジルは3年間で500日も通った。しかも、海外出張の合間に現地のテニスコートを探しては、趣味のテニスをする。とにかくパワフルなのだ。その秘訣は何なのだろうか。

「面白そうなこと、好きなことしかやらないから」

では何に面白さを感じるのか?

愛用のMac Book Proを携え、「ただ、面白いから続けているだけ」と話すその目には、好奇心と探究心が宿る

「今までにないモノを作り出すこと。人真似はしたくないし、人のプログラミングは使いたくない」

ここに「生涯現役」のヒントがある。世の中にない新しいものを常に希求する。休みの日もテニスで汗を流し、ほかにやることがないとコードを書く。自称Macオタク。つい最近も、「衛星データを見るビューワーを土日で作ってしまった」という。

「今はハードとソフトの分業が進んでしまっているけれど、ハードだけでものを考えては広がらない。こういうデータ処理をしてくれたらその先に行けると、使う側の立場も考えてこそ、新しい領域が切り開けます」

若きエンジニアに対しては、「物事に広く興味を持ってほしい」と言う。専門の殻にこもってはいけない。少し掘り下げて原理を見れば、どの領域も共通している。そして、「失敗を恐れるな」と。

「エンジニアは、理屈ではなく失敗で育つ。何かを新しく作る時、考えの及ばないところは必ずあるから失敗するのはやむを得ない。大事なのは、その失敗から学んで同じ失敗を2度としないということ。それを繰り返せばだんだん失敗しなくなる」

小野氏自身も、新しい領域に飛び込んでは失敗と隣り合わせの挑戦を繰り返している。

「欧米では人工衛星データを使っても雨量予想は当たらないと言う人が多い。アジアの洪水警報では、その意見に何とか風穴を空けたい」

どうやら、負けず嫌いも原動力のようである。

取材・文/林 公代 撮影/小禄卓也(編集部)