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“小さなオープンイノベーション”を重ねることでSI産業を変える~電通国際情報サービス【連載:エンタープライズSEのNextStep】

公開

 

日本型のSIビジネスが曲がり角にきているといわれて久しい。近年この流れに拍車を掛けているのがクラウドサービスの普及だ。高度なビジネスアプリケーションやITインフラが、ネットを通して安く手軽に調達できるようになった今、あえて外部の手を借りなければならない領域は、かつてほど広くはなくなっている。果たして、SI業界とそこで従事するSEに、生き残りの道は残されているのだろうか?

本企画では、問題の当事者である大手SIerやITベンダーを直撃し、彼らがこれからどのようなビジネスモデルを打ち立てようとしているのかを探っていく。第1回目となる今回は、電通国際情報サービスの取り組みを紹介する。

お話を聞いた方

株式会社電通国際情報サービス 執行役員 オープンイノベーション研究所長
渡邊信彦氏

1991年入社。金融機関向けのITソリューションを担当する営業として、ネットバンキングやオンライントレードシステムの導入プロジェクトなどに従事。経営企画室長を経て、2011年オープンイノベーション研究所、初代所長に就任。現在はオープンイノベーションを旗印に、スマートシティや教育分野で各種センシングデータとIT基盤を組み合わせた実証実験プロジェクトを推進している

渡邊氏が考える打開の一手≫
■外部との共同研究と既存技術の活用を前提にユーザー体験を発想していく
■研究費は投資と割り切り知見のパッケージ化によって事業収益につなげる
■エンジニアにオープンイノベーティブな開発を体験させ意識改革をうながす

研究所が先導するオープンイノベーティブな開発環境

イノラボの設立にあたってはプロトタイピングを軸としたオープンイノベーティブなスパイラル開発を導入した

システム開発が特別なものでなくなり始めた時代にSIerは何をなすべきか。電通国際情報サービス(以下、ISID)も3年ほど前から自らが進むべき将来像を模索し始めている。

「業界再編が進む中で、われわれが生き残る道は2つあると考えました。1つは規模を拡大して対応分野を多角化する道、そしてもう1つが新しい価値の提供によって独自の地位を確立するという道です。

前者はいわゆる『3000億円クラブ』(売上高3000億円程度の業界2位グループ)入りを目指して、M&Aを重ねながら規模の拡大を図る戦略ですが、事を急ぎ過ぎると企業文化のすり合わせや事業の整理など合併に伴う痛みからは逃れられません。

そこで、我々はこの痛手を許容するのではなく新たな組織を立ち上げ、先端技術とサービスを組み合わせた新規ビジネスの創出する戦略を採ることに決めました」

この戦略の尖兵として2011年に設立されたのが、渡邊氏が率いるISIDオープンイノベーション研究所(以下、イノラボ)なのである。

「実は過去にも新規事業創出の機運が盛り上がり、2度ほど具体的なプロジェクトとして動いたことがありましたが、どれもテクノロジーの研究に終始してしまい、目に見える成果を生み出すことができませんでした。もともとISIDには基礎研究に取り組むDNAは流れていませんし、潤沢な資金を注ぎ込めるほど予算に余裕があるわけでもありません。そこで、イノラボ設立にあたっては過去の反省を踏まえ、事業化を前提とした研究開発にフォーカスすることにしたんです」

3年半で700以上の“セッション”を重ねてゼロイチをサポート

事例を挙げながら「他社とのコラボレーション」の重要性を語る渡邊氏

開発スタイルも従来のSI事業の手法とは一線を画し、他社との協業を前提としたオープンイノベーティブな開発スタイルを取り入れた。特に「ユーザー体験からビジネス開発を行う」ことと「先端技術のマッシュアップ」に力を入れているという。

「『ユーザー体験からビジネス開発を行う』というのは、技術を持ったベンチャーと協力し、事業開発の初期段階からマーケットニーズを取り入れることを意味します。そして、『先端技術のマッシュアップ』とは、世の中に存在する技術を組み合わせることで早期事業化を目指すこと。協業してほしい企業にはこちらから声をかけ、一緒にプロトタイプづくりからはじめ、パートナーと協働しながら実証実験に入るわけです」

ファーストステップの投資額は500万円以下、とスモールスタートではあるもののプロトタイプをつくる程度なら必要十分だと渡邊氏はいう。

「プロトタイプができるとすぐにプレスリリースを打ち、さらに多くの方にプロジェクトの存在を知っていただき事業化のプロセスを加速させていきます。これにより事業化までの期間は従来の開発手法に比べ1/3程度にまで短縮することができました」

こうした研究所らしからぬ“攻めの姿勢”が商機を広げ、3年半で700以上のセッションと60以上の実証実験、7つの事業化プロジェクトが誕生させることができた。

「今さまざまな業界にITの波が押し寄せているといいますが、現実は余白だらけです。我々が取り組んでいる都市や教育のIT化プロジェクトにしても、プロジェクトの初期段階で呼ばれるのは、ハードウエアベンダーやネットワークベンダーであって、われわれのように、ユーザー体験を設計するSIerが呼ばれることは稀。ですがこの現実にこそ、新しいチャンスはあると考えています」

商業施設にしろ公共施設にしろ、「ユーザーにどんな体験をしてほしいのか」という目的が曖昧なまま、“箱物”をつくりはじめてしまうため、後になってサーバの設置場所に苦慮したり、無線LANを利用することさえ検討されていないことに驚いたりすることも珍しくないという。

「こうした状況を覆すには、我々のことをもっと多くの方々に知ってもらう必要があります。先日も建築業界のイベントに出展しましたが、さまざまな業界の皆さんに我々の存在を知っていただき、何か事を起こそうという時に声が掛かる状況をつくることが大切です」

昨年度グッドデザイン 賞を受賞した、笑顔を貯める鏡「エミタメ」をつかったスマイル募金や、東京国立博物館の公式ガイドアプリなども、こうしたアプローチから生まれたものだ。

「自分たちが積極的に前に出ることによって、思わぬところからビジネスが生まれる状況をつくり出すことができるのです」

SIerが変わることでビジネスチャンスは拡大する

彼らの「実験的取り組み」は、“ソーシャルシティ”の実現という実を結んでいる

彼らのこうした努力がもっとも大きく実を結んだのが、2013年4月から続くグランフロント大阪での情報プラットフォームプロジェクトだろう。

>> まちびらきのグランフロント大阪で、ISID提供による世界初のソーシャルシティ・プラットフォームが稼働

「このプロジェクトは、クラウド上に構築したビッグデータ処理エンジンとWi-Fiによる屋内測位技術を活用し、デジタルサイネージとスマホを連携することで、街を訪れた人にとって最適な情報を提供するプラットフォームとして企画したものであり、一般社団法人グランフロント大阪運営事務局との共同研究なので、年間の運用費以外はわれわれの研究開発。ですが、ここで培った知見を『+fooop! connect』というパッケージにまとめ、すでに川崎市や渋谷区などに導入され始めています」

このようにオープンスタンスで顧客や協業相手を募り、得られた成果を事業部に還元するというスタイルは、“ITゼネコン”といわれる大手SIerのイメージからはかけ離れたものだ。だがここにこそ、未来のSIer像につながるヒントがあると渡邉氏は考えている。

「設立間もないベンチャーは、技術力はあっても資金力に乏しいことが多いため、セグメント化された領域にリソースを割かざるを得ません。逆に我々には、各界にまたがる顧客と大きなプロジェクトを組成するノウハウがあります。

一方で、O2O(オンラインとオフラインの購買連携)やIoT(モノのインターネット)など、なかなか本格的な投資が進まない発展途上の分野には、研究所という肩書が活きてきます。短期的な収益を狙わない分、ムーブメントを起こす役割が果たせるんです。ここに唯一無二のSIerとなる可能性があると考えています」

現在イノラボに所属する約20人のエンジニアのうち約半分は事業部のリーダークラス出身者によって占められている。渡邊氏は、彼らがイノラボで体験したベンチャー的なフットワークの軽さや、オープンイノベーションを前提としたスパイラル開発のノウハウを事業部に持ち帰ることで、新たな化学反応が起こることに期待している。

「今までのように長い時間を掛けてシステムを開発していくスタイルでは、これからますます仕事は取れなくなっていきます。価格競争に陥らないためには、大きなシステムを早く安くつくる以外の技術やノウハウが必要です。ユーザー体験を含めてエンジニアが学ぶべきポイントは少なくないですが、彼らエンジニアがここでオープンイノベーティブな開発手法を学び、トライをする機会を経験することは、きっと大規模なシステム開発の現場にもいい影響を与えてくれると確信しています」

渡邊氏の見立てでは、SIer自身が製造業や金融業といった縦割りのセクターを一度取っ払ってビジネス環境を捉え直すと、新しいビジネスのチャンスはまだあるという。“攻めの研究所”の果たすべき役割は思いのほか大きいようだ。

取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/桑原美樹