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どうなる「スマホポータル」~Syn.の未来を読み解くカギは、開発を担うビットセラーにあった

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最近、スマホではてなブックマークやnanapiを開くと、メニューアイコンの箇所に出てくる通知マークが目に付く。これは10月16日、「新しいモバイルインターネット体験を創出する」としてKDDIが開始したSyn.(シンドット)の更新通知である。

《すべてのサービスが入り口となる、中心のないポータル構想》として発表されたSyn.は、スマホでよく使われているアプリやWebサービスに共通のサイドメニュー『Syn.menu』を付加し、そこにSyn.menuを持つサービスの更新情報『Syn.notification』や広告『Syn.ad』を表示するというものだ。

Syn.に参加するサービスのサイドメニューを開くと、他サービスへの“入り口”が表示される

11月現在、Syn.構想には上記したコンテンツサービスのほか、カレンダーサービスの『ジョルテ』、お天気情報の『ウェザーニュース』、乗換検索の『NAVITIME』といった生活情報関連、『@cosme』や『iQON』のような美容・ファッション系など12社13サービスが参加している。

記者発表の時点で、これらのサービスの合計月間利用者数は延べ4100万に上るというから、すでにサイドメニュー経由で“スマホポータル”を体験したという人もいるだろう。

このSyn.構想の開発を一手に担っているのは、Android黎明期から世界的な人気を誇ったカメラアプリ『FxCamera』など、モバイルアプリケーションの開発・運営を手掛けてきたビットセラーだ。

KDDIが主導して立ち上げたSyn.を、なぜビットセラーが開発しているのか。そして、11月11日にニュースアプリの『Gunosy』がプラットフォーム構想を発表したように、スマホでアプリのポータル化を狙おうとする動きが相次ぐ中、Syn.はこの新しい概念をどう発展させようとしているのか。

Syn.構想の発足と合わせてビットセラーの代表取締役Co-CEOに就任した森岡康一氏と、取締役CTOの山下盛史氏に話を聞いた。

構想発表から約1カ月、“半ステルス状態”で運用してきた理由

(写真左から)ビットセラー取締役CTOの山下盛史氏と、代表取締役Co-CEOに就任した森岡康一氏

―― 10月16日の発表はセンセーショナルなものでしたが、Syn.の動向については宣伝活動も含めてあまり見かけず、全容を理解していないスマホユーザーも多いと思います。

森岡 Syn.の構想は過去に前例のないものゆえ、大々的に宣伝する前にユーザーの利用動向をつぶさに見ながら、よりユーザー行動になじみやすいものへと進化させていく必要があると考えています。だから、今は宣伝やメディアへの露出をなるべく控えているんです。

―― 森岡さんのおっしゃる通り、《中心のないポータル》という概念はなじみのないものです。改めて、Syn.とは何で、どんな構想に基づくものなのでしょうか。

森岡 最初にあったのは、スマホの中にバラバラに入っているアプリをつなぎたいという思いです。スマホにはたくさんアプリを入れるけど、普段よく使うのは8個くらいと言われています。その8個には、メールやカメラ、地図といったデフォルトのアプリも含まれるので、実質的には4個くらいしか常用されていないことになります。

で、それはなぜかというと、アプリ同士がつながっていないからじゃないか、だったらつなごうよ、と考えました。

―― アプリをつなぐ、とは?

森岡 PCで行われている「ネットサーフィン」は、ディレクトリ構造の中でリンクをたどるという行為が一般的でした。でも、そのリンクがスマホのアプリにはない。だからといって、今からPC Webにあったようなポータルを用意するのは違うだろうし、いろいろなつなぎ方があると思っています。

そのいろいろのうちの一つが、サービス共通のサイドメニューであり、そこに他社サービスへのリンクや広告を収めたSyn.なのです。

―― 現状は“半ステルス状態”での運用ということですが、サービス開始から約1カ月経っての利用状況はいかがですか?

森岡 具体的な数字は非公開にしていますので勘弁してください(笑)。ただ、率で言うと、広告のCTRは想定以上、他サービスへの遷移率はシミュレーションしていた時の想定とほぼ一緒くらいです。

カギを握るSDK開発をビットセラーに託したのは「山下がいたから」

Syn.関連の開発で中心を担っている、ビットセラーの山下氏

―― シミュレーションはいつ、どうやって行っていたのですか?

森岡 実は10月16日にSyn.構想を発表する2カ月前くらいから、ビットセラーのランキングアプリ『Qrank』のサイドメニューを使ってABテストをやっていたんですね。その際にサイドメニュー内の幅やコンテンツの置き方をいろいろ変えながら試していたので、どの程度のトランザクションがあるかなど、想定数値を算出していたんです。

―― 今回、Syn.構想にまつわる一連の開発をビットセラーが担うということですが、開発面で難しいところはどこだったのでしょう?

山下 今のところ、Syn.alliance (シンドットアライアンス)に加盟している12社13種類のアプリには専用のSDKを配布しており、そのSDKによってサイドメニューに『Syn.menu』や『Syn.ad』を表示しています。普通のSDKと違い、アプリ側に処理を任せる部分をはっきりさせた、チャレンジングなものになりました。

アライアンスに参加するサービスは仕様もデザインも異なる上、iOSとAndroid、Web用と3つのプラットフォームにも同時対応しなければなりませんでした。それをSDKで行うというのは、少なくとも私は聞いたことがありません。

そこで、SDKをリリースする前に2~3カ月ほどテストを繰り返し、どこまでをSDKで処理し、どこまでをネイティブ側で処理するかという仕様を固めたのです。一応、デザインガイドラインは作成しているものの、通知表示などは各サービスのUI設定に準じてお任せしています。

森岡 Syn.はあくまでプラットフォームを提供する立場なので、各アプリのユーザーから見て、更新通知やメニューリストはそれぞれのアプリに溶け込んで見えるようにしたいと思っています。

―― Syn.のスタートに合わせて、ビットセラーはKDDIの子会社になり、森岡さんはKDDIとビットセラーの両方に名前を連ねる格好になりました。なぜ、開発担当としてビットセラーを指名したのですか?

森岡 理由は単純明快。山下がいたからです。

面識はなかったのですが、『FxCamera』を独力で開発し(※)、世界何千万人ものスマホユーザーに使われてきたという実績がすばらしいと思っていました。アプリエンジニアの人口が増えているとはいえ、個人ベースで、これほど使われるサービスを開発できる日本人はそうはいません。

※注:『FxCamera』は2012年、ビットセラーに事業譲渡するまで山下氏の個人プロジェクトとして開発されていた

―― 山下さんは、最初に声を掛けられた時、どう思いましたか。

山下 まぁ、大変だな、と(笑)。最初から大きな規模で始める構想で、3つのOS同時に開発を進める必要があったし、さらにアライアンスが前提なので社内のエンジニアとだけ話し合って開発を進めればいいわけではありません。

ただ、複数のサービスを、「足す」のではなく「掛け合わせる」というSyn.の構想には、素直に共感できました。どうやって掛け合わせるのがベターなのかは、今も現在進行形で考え続けているところです。

「前例のないユーザー体験」を生む際に大切な、具体と抽象

日本でFacebookを普及させた人物としても知られる森岡氏が考える「新サービスの広め方」とは?

―― では、SDKを使ってサイドメニューを共通化するというアイデアも、ベストとは限らない?

森岡 先ほども話したように、そもそもスマホ時代の《中心のないポータル》構想は前例がないことですから、最適解は僕ら自身も模索中です。

とはいえ、サイドメニューを使ってさまざまなアプリとWebサービスをつないでいくという発想は、悪くないアイデアだと信じていますよ。

最近はアプリによるキュレーションサービスが流行っていますが、ヒト依存のキュレーションにはやっぱり限界があると思うんです。コンテンツはヒトを介してキュレーションできるかもしれないけど、今日の天気をキュレーションする人っていないじゃないですか?

であれば、例えば『Qrank』のアプリを開いてサイドメニューを押せば、お天気情報だったり生活関連情報がすぐに分かるというUXは悪くないはずだ、と。

ネットサーフィンならぬ「スマホサーフィン」をうながす方法として、Syn.の構想は賭けるに値するものだと信じています。

―― 森岡さんはFacebookを日本に普及させた人物として知られていますが、その経験はSyn.構想の推進にも活きていますか?

森岡 そうですね。今はFacebookの初期を思い出しています。Facebookが日本で使われ出した2010年ごろ、「実名SNSなんて絶対に流行らない」といろいろな人に断言されていましたからね(笑)。

―― 確かにそういう論調が強かったですね。

森岡 でも、結果的に日本でもFacebookはかなり普及しましたよね。今になって思うと、あの時期は、「いろいろな人がFacebookについて考えていた」ということだったんだと思います。

Syn.が始めたスマホポータル構想についても、公開してからさまざまな意見が寄せられています。それは間違いなく追い風です。多くの人が、Syn.について脳を使ってくれているわけですから。

―― その追い風を推進力にして、Syn.をユーザーに浸透させるには何が必要だとお考えですか。

森岡 コンテンツの数と種類、そしてUXの向上はマストです。それに加え、アライアンスを組むパートナーとのビジョンの共有も必要不可欠でしょう。

バラバラになっているアプリをつないで、快適にスマホサーフィンができる環境を作りたいという思いを、アライアンスメンバー間で共有できないと、こういったサービスは絶対にうまくいきません。

山下 それがないと、「何のためにこれやるの?」となってしまいます。それから、AndroidもiOSもここまで浸透した今は、スマホアプリを作るだけでは差別化できなくなっています。アプリが動くのは当たり前で、その先にあるユーザー体験にこそ差別化要因があるからです。

ですから、技術面では最低限バグのないものを提供することが重要です。「UXが大切」と言っておきながら、Syn.のSDKを入れたらアプリが落ちる、というようなことは絶対にあってはならないことですから。

これは『FxCamera』の運営でも気を付けていた部分なのですが、【起動】して【撮影】して【保存】して【シェア】するという一連のUXにおいて、どこか一部分がうまく機能しないだけでもユーザーにしてみれば「ダメなアプリ」となります。

Syn.の場合、我々の作ったSDKのせいでアプリが落ちても、ユーザーからしたら「アプリが悪くて落ちた」ように見えてしまいますから、アライアンスで構想が成り立っている以上それは絶対に避けなくてはいけません。

なので、SDKの開発では難し過ぎることはせず、テストコードはきちんと書くなど、基本を特に大事にしました。

森岡 理屈ではなく、経験的にこういうことを知っているエンジニアは、本当に頼りになります。山下のほかにも、『FxCamera』を開発していたエンジニアが合計4名、Syn.の開発に関わっていますから、彼らの力はSyn.の浸透に欠かせません。

コンテンツをつなげ、アクションをつなげることでネットを再定義する

取材中から撮影時まで、2人は一貫して「Syn.はこれから育てるもの」と繰り返す

―― 先ほども少し話に出ましたが、Syn.は、ビットセラーを含めて12社13種類のサービスで使われ始めました。複数社との協業をうまく進めるコツはどこにあるのでしょう。

森岡 繰り返しになりますが、これも構想への思い、ビジョンの共有です。というか、それがないと無理ですよ。

本来は入れなくてもいいSDKを入れ、サイドメニューを“他人に譲る”という行為は、ビジョンに心酔してくれていないとできないことだと思います。だから、我々は大きな構想を掲げつつ、きちんと形にしていくことを徹底しなければならない。

山下 エンジニアとして言うと、現状はまだアライアンスパートナー皆の顔が見えていて、SDKを入れる意図も汲んでくれているので、調整作業はそれほど苦労はありません。ただそれも、ビジョンへの共感があるからこそ良い関係が築けていると言えます。

―― では、Syn.の今後の構想は?

森岡 最初に話したように、まずはSyn.をユーザーにとってなじみやすいものにしていくことが最優先。その上で、次の展開として考えられるのは、パーソナライズでしょうね。

今後、アライアンスパートナーをもっと増やしていきたいと考えているので、よく見るアプリはサイドメニューでも上位に表示されるようなサジェスト機能はあり得るでしょう。

山下 個人的には、サービスをつなぐだけでなく、コンテンツをつなぐ、アクションをつなぐのは面白いのではないかと思っています。Evernoteを例に挙げると、今はScansnapでスキャンした書類やビジュアルをEvernoteに貼り付けて、そこから必要なものだけをLinkedInに流すとか、そういう展開ができるじゃないですか。

Syn.でも、例えば『音楽ナタリー』で知ったライブのチケットを別の予約サイトで購入して、カレンダーサービスの『ジョルテ』に記入するなど、いろんなつなぎ方ができると考えています。

あと、開発チームの話をすると、構想発表までSyn.のことは口外できず、人を採用するのに苦労してきました。「何をやるか言えないけど来て下さい」では、来てもらえないので(笑)。ようやく公開できたので、今、一緒にSyn.を開発してくれるエンジニアを募集中です。

―― 最後に。アプリをつなぎ、アクションをつなぐことで、Syn.は最終的に何を目指すのですか?

森岡 普段スマホで使われるアプリの数は約8個とお話ししましたが、それが16個になればスマホの価値は倍増します。Syn.がやりたいのは、要はスマホの価値を増幅させることなんです。

また、今まで、あるアプリを使ってから別のアプリを使うまで「起動する」、「ホーム画面に戻る」、「スワイプして探す」、「別のアプリを開く」と4アクションあったものが、Syn.では「サイドメニューを開く」、「別のアプリを開く」と2アクションで可能になります。プロセスが半減するわけですから、それも価値の倍増と言えるかもしれません。

実際、私自身が『Qrank』でSyn.のテストをしていたころから、この遷移はすごく便利だと感じていました。Syn.の狙いは、PC時代のインターネットをスマホ化することではありません。アプリとWebの違いを気にすることなく、全部インターネットとしてとらえ直すこと、それによってスマホの価値を上げるものなんです。

―― なるほど。今日はありがとうございました。

取材/伊藤健吾(編集部) 文/片瀬京子 撮影/竹井俊晴