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『ニコニコメガネ』開発者が学生に説く、マイノリティが世界を変えるための戦略【連載:匠たちの視点-白井暁彦】

公開

 

プロフィール

神奈川工科大学 情報メディア学科 准教授

白井暁彦氏

東京工芸大学工学部を卒業後、1998年に同大学大学院・工学研究科画像工学専攻修士課程を修了。キヤノン(株)、クライテリオン・ソフトウエアを経て、2001年に東京工業大学大学院・総合理工学研究科知能システム科学専攻博士後期課程に入学。NHKエンジニアリングサービスに勤務しながら、2003年に博士(工学)学位取得。2004年、渡仏してENSAM(国立工芸大学)客員研究員を務める。2007年に帰国。日本科学未来館科学コミュニケーター、東京工業大学非常勤講師を経て現職。著書に『WiiRemoteプログラミング』、『白井博士の未来のゲームデザイン』がある

暑い夏のある日、駄菓子屋でくじ引きをする少年。

店主がくじと引き換えに手渡したのは、彼が『ニコニコメガネ』と呼ぶ紙製メガネ。少年がそのメガネをかけて店内を見渡すと、いたるところにコメント弾幕が。少年は感嘆の声を上げながら、その光景に魅入られる――。

ネットカルチャーに詳しい人なら、こんなコマーシャル動画を見たことがあるかも知れない。『ニコニコ大会議2008』のために作られた、「ニコニコの夏」駄菓子屋篇 と題され動画のことだ。

「ニコニコの夏」駄菓子屋篇 30秒
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この動画に登場する『ニコニコメガネ』は、未来のテクノロジーの象徴として描かれている。確かに動画が公開された2008年の時点ではそうだった。が、この動画から5年後、現実のテクノロジーとして陽の目を見る(以下のYouTube参照)。

公開されたのは、2013年に開催された『ニコニコ超会議2』でのこと。会期中、『ニコニコメガネ』が披露されることは、プレスリリースなどで事前告知されていたが、リリース日が4月1日だったため、多くがエイプリールフールのジョークとしてとらえていたようだ。

そんな大方の見込をよそに、『ニコニコメガネ』は予告通りに来場者の前に姿を表した。

『ニコニコメガネ』を実現させたのは、3Dブームへの疑問

冒頭に紹介した通り、『ニコニコメガネ』は『ニコニコ超会議2』のために企画されたものだ。とはいえ、『ニコニコメガネ』を構成する要素技術は、このイベントのために生まれたものではない。

イベントから遡ること3年前、東京工業大学の世界文明センターで非常勤講師を務めていた白井暁彦と、白井による「メディアアート技法」という講義の受講生だった長野光希(現・南カリフォルニア大学で映画産業CGの研究者)と宇津木健(現・メーカーR&D)ら2人の学生が中心になって開発が進められていた、多重化映像システム『Scritter(スクリッター)』がその基盤になっている。

「Scritterを開発した前年に映画『アバター』が公開され、3D映画がたくさん作られるようになりました。しかし、どんなに派手な映像表現も、時間とともに普遍化していく宿命にあります。3D映画で多用される“奥行き”や“飛び出し”も無縁ではありません。わたしたちのScritterは、世間を騒がせていた3Dブームに背を向け、本質的な新しさを追求する過程で培ったテクノロジーなんです」

『Scritter』という名は「1つのスクリーンで映像を見ながらTwitterができないか」という学生らしいアイデアを基に命名された。「Screen」+「Twitter」で「Scritter」というわけだ。

白井を中心とした学生らによる開発チームは、このイメージを形にするため、まずは2種類の映像を重ね合わせてスクリーンに投影し、偏光グラスを使って見たい映像を選択する手法を採用することにした。

具体的には、Twitterを使いたければTwitter表示用に調整されたグラスを通して画面を見て、映画は映画用のグラスを通して画面を見るというやり方だ(以下の動画参照)。

ただ、この方式だと、2種類の画像を1つのスクリーンに照射するため裸眼では利用できない。そこで次世代の『Scritter』では、プロジェクションマッピングにも使われる映像キャンセリング技術を開発し、裸眼でも鑑賞可能な方式に改めた。

それが、裸眼時とグラス使用時で見える画像が異なる『多重化隠蔽映像ScritterH』(2011年)や、その後開発された、裸眼で2D映像、片眼だけ偏光フィルタにしたグラスをかけると3D映像が見える『2x3D』(2012)への展開につながっていく。

中でも『2x3D』は、『CEDEC2012』インタラクティブセッションでの最優秀賞や、『ACM SIGGRAPH ASIA 2012』の「Emerging Technologies」にてEmerging Technologies Prizeを受賞するなど、国際的に高い評価を得るに至った。

ユニークな作品の裏に隠された、エリート研究者へ対抗心

白井が指導する学生が開発したマンガ没入型VRエンタテインメントシステム『瞬刊少年マルマル』は、IVRC2012で最終順位3位を獲得

「Scritterシリーズに偏光フィルタ方式を採用したのは、電子シャッター方式が競合ひしめく特許の“地雷地帯”だったから。純粋に電気を使わない方式で魔法が起こせたら面白いだろうなという思いと、R&Dの本流でふんぞり返っているエリート研究者たちに『この手は思い付かなかった』と言わせてみたい気持ちの両方がありましたね」

『Scritter』の開発に着手した当時の白井は、ゲーム業界を辞し、家族を支えながらも食うや食わずの東工大非常勤講師という立場。自前の研究室はなかったため、学生たちと一緒に資材を集めては、空き教室で実験を繰り返す“放課後ゲリラプロジェクト”としてスタートした。
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