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贅を極めた精緻なスケールモデルシリーズ「大人の超合金」を生んだ男が持つ、エンターテインメント精神の秘密【連載:匠たちの視点-土田一郎】

公開

 

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プロフィール
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株式会社バンダイ コレクターズ事業部 設計仕入チーム サブリーダー
土田一郎氏 

工学院大学大学院機械工学専攻修士課程を修了後、2000年バンダイに入社。研究職や商品の企画開発担当のほか、新規事業の飲食店立ち上げにも携わる。商品の企画開発担当に復帰後、取り組んだのが『大人の超合金』シリーズの第1弾となる『アポロ11号&サターンV型ロケット』。コンセプト作りから開発、マーケティングやプロモーション戦略、メディア対応まで精力的に活動したことが功を奏し、多くの人々に支持される精密な完成品モデルとして認知される

「1年前に通した企画があるんだけど、土田君やってみる?」

そう声をかけた上司は、新規事業室からコレクターズ事業部に移ったばかりの土田一郎に、ひと綴りの企画書を手渡した。表紙には『大人のポピニカ』プロジェクトとある。

『ポピニカ』とは、玩具メーカーのポピーが1972年に立ち上げた、少年向けキャラクターのミニカーシリーズ。仮面ライダーの『サイクロン号』など、数々のヒットを生み出していたが、バンダイが1983年にポピーを吸収合併してからは、バンダイにその資産が引き継がれていた。

土田に手渡されたのは、その『大人版』を作るという企画書だった。

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バンダイが誇る『大人の超合金』シリーズ

「表紙に『第1弾・アポロ11号』と書いてあるのを見つけ、即『やります!』と答えました。子どものころから科学が好きだったし、アポロ計画のドラマも知っていましたから、これを実現したら絶対面白いはずだと思って引き受けたんです」

土田がコレクター事業部に異動した年は、奇しくもアポロ11号の月面着陸から40年目という節目の年。すでに企画も通っている。前任者から引き継ぎを待って取り組むものだとばかり思っていた土田は、企画を打診してくれた上司から意外な言葉をかけられ驚いた。

「実はまだこの企画書しかないんだ。やり方は任せるから頑張って」。そう聞かされたところで、何をどう頑張ればいいか想像もできなかったが、過去にもまったく未経験の分野で新規プロジェクトの立ち上げを経験している。「きっとなんとかなる」。土田はそう思ったという。

研究職から商品開発を経て飲食業の立ち上げをした異色のキャリア

大学、大学院を通じてロボット工学の研究をしていた土田は、2000年、「夢のあるモノづくり」に憧れてバンダイに入社。まずは1年間、研修を兼ねて店舗回りの営業を経験した後、研究開発部門であるテクニカルデザインセンター(TDC)に本配属となった。

ここで土田は、ネコ型ペットロボット『BN-1』の制御プログラムや、音声と画像で家族を見分ける自律型ホームロボット『BN-7』の試作に携わることになる。

「研究開発にかかわる前に販売店の声を伺える機会が持てたのは今でも良かったと思っています。売場に行くと、売れ筋や他社の動向が手に取るように分かりましたし、バンダイの商品やキャラクターもここで覚えることができましたしね」

TDC配属から3年後、研究から実際に店頭に並ぶ商品の開発にかかわるようになった土田は、音楽データと複数の演奏ロボットがシンクロしながら楽器を奏でる『PLUG BEAT』(プラグビート)や、1/150トラックシリーズ『ワーキングビークル』などのスケールモデルを担当。

さらに、バンダイとナムコが経営統合を果たした2005年には、新規事業を立ち上げる部門に配属され、企画立案を担当するようになった。

「バンダイとナムコのビジネスを自分なりに分析した結果、辿り着いたのは飲食業への取り組みでした。キャラクターを持っているバンダイと、アミューズメント施設の経営の経験があるナムコが一緒になったんだから可能性があるんじゃないかと考えたからです。当時イメージしていたのは、ちょうど今秋葉原で営業している『ガンダムカフェ』のような業態でしたが、かみさんからは『わたしは行かないよ』って言われてしまいました(笑)。当時うちには2歳の子がいましたから、子連れじゃ行けないというわけです。『だったらどんなところならいい?』と聞くと、『子どもが安心して遊べて母親がゆっくりできるところ』だと。それなら類似業態がどういう状況か一度調べてみることにしたんです」

探してみると、子連れ客をターゲットにした人気店がすぐに見つかった。週末、その店に家族を伴って足を運んでみると、大変な賑わいで妻子も十分楽しんでいる。土田はこの出来事をヒントに、会員制カフェ『Roasis』(ロアシス)の企画を立て提案することにした。

「入店できるのは親子連れのみ。子どもたちの世話をする専任スタッフと、バンダイのおもちゃを揃えた遊具エリアを備えたカフェです。マーケティング調査やイベントの場としても機能するスペースとして提案したところ承認され、2007年に子育て支援に積極的な江戸川区の一之江に開業することが決まりました」

『Roasis』は、土田の目論み通り、開業当初から近隣の母親たちの憩いの場として人気を集めることになった。休日には来店者の行列ができるほどの盛況を誇ったが、問題もあった。客単価を上げることができず、営業的には苦戦を強いられていたのだ。

撤退が決まったのは開業から約1年半後。その後、土田は再び開発の現場に戻る。

「日々の売上を増す施策を打つにしても、毎日の地道な積み重ねが大事なことを痛感しましたし、近隣とのお付き合いやアルバイトの管理など、店舗経営にはモノづくりとはまったく違う手腕が必要だということも分かりました。最初のころは2週間くらい家には帰れないくらい大変でしたが、振り返ってみるとすごく面白かったし、勉強にもなったのは確かです。飲食業の立ち上げは初めてでしたし、『大人のポピニカ』の企画書を渡された時と心境は似ていたかもしれません」
(次ページに続く)