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「『社会を変えたい』なんて大義、最初はなくてもいい」とあるWebベンチャーが実践する、自分のための起業

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2010年ごろを境にスマートフォンやSNSサービスが普及し始め、歩調を合わせるようにあまたのWebベンチャー企業が生まれた。

それらの多くは、「一つのサービスを通して社会にインパクトを与える」という強い想いでサービスを展開している。実際に、そうした起業家たちが作ったWebサービスには、業界構造を覆すようなものや、社会に大きく影響を与えるパワーを持ったものも少なくない。

成功を収めたスタートアップを紹介する記事などでは、「ビジョン」や「想い」が起業の必要条件だと語られる節があるが、一方でそんな大義を掲げることもなく、複数のWebサービスを運営しながら独自路線を行くスタートアップもある。

今回は、そんな“自然体”なWebベンチャーに焦点を当て、起業の背景や思いなどを語ってもらった。

一流企業の成熟市場マーケより、新規事業を立ち上げたい

Tapit

(写真左から)Tapitの田中稔之氏、西川真央氏、足立直之氏

「もともとP&Gでマーケティングをやっていて、そこでCMやプロモーションに携わらせていただくのはすごく面白かったんです。でも、海外への異動を聞かされた時に、海外行っても同じような仕事をするくらいなら、日本に残って自分のやりたいことを仕事にしようと思い、起業を思い立ちました」

2012年に生まれたWebベンチャーTapit代表の西川真央氏は、起業した当時を振り返る。

「P&Gの商品は市場が決まっており、マーケッターは成熟市場を担当することが多い。そこで毎年数%の成長を目指してビジネスを展開するよりも、新規事業の立ち上げや拡大をする方が、わたしにとってはやりがいがあるなと。そう感じるようになり、起業して自分で新しいマーケットを切り開いて行きたいと思ったんです」

そこで、当時親交のあった大手ECサイトを手掛けるIT企業のエンジニアだった田中稔之氏と、物流を管理していた足立直之氏とともにTapitを起業。現在は、後で読むブックマークを付けられる『Catch Box』と、日本製の上質な洋服を安く購入できるメンズファッションサイト『REFA CLOTHING』を展開している。

『REFA CLOTHING』は先日公開されたばかりのサービスで、中間業者を挟まずに工場とeコマースを直接結び付けることで中間コストを一切省略したファッションECサイトだ。名前の由来は、プログラムの動作を変えることなくソースコードを整理する「リファクタリング」からきている。

「あるファッション関係者との話の中で、高品質でおしゃれな男性の服の値段が不当に高いという話があり、アメリカでは安くなってきているという話を聞いたんです。深く掘り下げてみると、東南アジアなどの工場の台頭で潰れかけているアメリカの工場に目を付け、ネットベンチャーが卸業者などを介さずに工場と直接やり取りをするようになったのが要因でした。このやり方は日本でもニーズがあると思うので、拡大していきたいですね」(足立氏)

自社でVCの役割も果たす、ネオWebベンチャー

Tapitの新サービスは、往々にしてこうしたフラッシュアイデアから始まるという。西川氏と足立氏がどんどんアイデアを出し、田中氏が実現可能性を含めて検証を進める。そこで目ぼしいモノがあれば、サービスとして展開していくというのが一連の流れだ。

こうしてWebサービスを次々と展開する姿を見て、「マネタイズはどうやっているのか?」という疑問がわいてくるが、ここにもTapit流の解決策があった。

不動前にあるシェアハウス「Add Live」が、Tapitの仕事場となっている

「TapitはWebベンチャーでもあり、Webサービスに投資するベンチャーキャピタルでもあると思っています。例えばわたしはマーケティングのコンサルティング、足立は書籍のネット販売、田中は受託開発、といったように、それぞれが個別事業を担当し、会社を経営していく資金を確保しています。

そうして生まれた資金を、自分たちのやりたいことに投資する。そうすれば、外部から資本を入れずに、自分たちの目指すべき方向へ突き進める。この循環が、今は上手く機能していますね」(西川氏)

受託で稼ぎ、自社サービスで挑戦する。一見効率的に見えるこの形は、リソースの面で受託開発を抜け出せなくなるというリスクもある。同社もそれは承知の上だ。

「わたしは、ただの受託会社にならないように、毎回1つ新しい技術を使う機会を作り、エンジニアとしてのスキルを磨くようにしています。受託開発は求められるクオリティも高く、それに応えられるレベルの制作を行うことで、次に自分たちのサービスを作る時にバリエーションが増えていくんです」(田中氏)

「わたしはECサイトを運営しているのですが、物流の仕組みや顧客対応を整備することで手離れを良くし、その仕組みを自サービスに適用できるように考えています。今回の『REFA CLOTHING』では、それが上手くいっていますね」(足立氏)

「Facebookだって、理念は後付けしている」

これまでの話でも分かるように、Tapitには「今解決したい課題や社会問題があって、その解決のためにサービスを展開する」という大きなビジョンがあるわけではない。それについて、西川氏はこのように話す。

「もちろん、自サービスを展開する際には、課題があって、それを解決するためサービス展開しているんですが、多くのスタートアップを見ていて浮かぶのが、本当に最初からそこまで大きなビジョンが必要なのか、という疑問です。同列で並べるのも恐れ多いですが、Facebookも最初はそうだったじゃないですか。マーク・ザッカーバーグもほかのサービスをいくつか開発して、その中でFacebookが成功したわけで、はじめから今のFacebookの理念を掲げていたわけではない。わたしたちも、それでいいんじゃないかと思っていて、今は楽しみながらサービスを展開しています」(西川氏)

鶏と卵ではないが、ヒットするWebサービスには「理念が先か、サービスが先か」という問題は確かにある。田中氏と足立氏も、西川氏の主張に賛同する。2人は、起業を「働き方の選択肢の一つ」として考えているという。

「わたしが起業したのは、もっとパーソナルな理由なんです。自分の実家が田舎だということもあり、将来的にはもしかしたら実家に戻らないといけないのかなぁという思いがあって。自分一人で稼げるスキルを身に付けたいと思っていました。そうなると、企業に所属し続けるよりも起業した方がいいんじゃないかなと。あと、いつかは馬主になりたいという夢があって、それもサラリーマンをやっていては実現しそうにないとも思ったので」(足立氏)

「実家がもともと貧しかったということもあって、『手に職を持つ』ことの大切さは昔から感じていました。わたし自身、大学時代にWebデザイン、前職でプログラミングやインフラの知識・技術を、働くことを通じて身に付けてこられたので、将来的には高校生や大学生に向けて『就業を通じたキャリア教育』をやりたいと考えています」(田中氏)

「起業はそんなに特別なことではない」と語ってくれた3人

起業と言えば、1人の強烈なビジョナリストがいて、それに共感する数名で立ち上げるというイメージが強いが、Tapitの場合は、会社としてのビジョンをまだ模索している状況である。

「一人一人で活動しても生きていけるんですが、それって寂しいじゃないですか(笑)。しかも、3人が持つスペシャリティも違うし、バランスはすごくいいんですよ。自分にないものを2人が持っているからこそ、さまざまなサービスを作ることもできるし、機動力も上がる。Tapitとしても将来的には大きなビジネスをやっていきたいというのもあって、組織化しています」(西川氏)

最後に、3人のTapitとしての目標を聞いてみたが、3人ともから「1カ月以上先のことは分からないし、分かる必要もない」という回答が返ってきた。

「数年後を予測することの意味や必要性がなくなりつつある中で、今のわたしたちにとっては、将来の計画を立てる時間がもったいないと思っています。それよりも、何が起こるか分からないからこそ、何が起こっても対応できるように日ごろから準備しています」(西川氏)

キャリアプランや働き方が多様化する今を映し出したような3人の20代起業家。彼らの話には、自分自身の生き方、働き方と真剣に向き合うための気付きが隠されていた。

取材・文・撮影/小禄卓也(編集部)