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研究開発を「フィクション」でやりがちな日本車メーカー、「ノンフィクション」にする欧州【連載:世良耕太⑲】

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F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など

ドイツ・ケルンにあるToyota Motorsport GmbH(以下、TMG)は、ヨーロッパにおけるトヨタのモータースポーツ活動の拠点だ。2002年から2009年まではF1参戦活動を中心に行っていたが、2010年以降は業態を転換。F1参戦活動を通じて整えた設備やノウハウを活かし、トヨタ自動車(以下、TMC)のR&Dを一部請け負う。

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From TMG
ドイツに拠点を置きながら、トヨタ自動車のR&Dも一部請け負っているTMG

これが3つある新事業の一つ。2つ目は市販車のエンジン&トランスミッションを電動パワートレーンに載せ替えるEVコンバート事業で、F1参戦活動中にKERS(運動エネルギー回生システム:ハイブリッドの一種)の開発で培った技術を活かしている。

3本目の柱は第三者事業で、TMGにある施設を第三者にレンタルする事業だ。フェラーリがTMGの風洞でF1マシンの空力開発を行っているのが代表例であり、TMGが有する技術の優秀性を示している。

これら3つの事業で経営基盤を固め、水モノ(活動資金の調達が経済状況に左右されるため、長期的なビジョンを描くのが難しい)のモータースポーツ活動を行っているのが現状だ。

モータースポーツ活動のメインは2012年に復帰したル・マン24時間/WEC(世界耐久選手権)である。参加型モータースポーツの裾野を広げようと、『86』(欧州ではGT86)ベースの競技車両、『ヴィッツ』(欧州名ヤリス)ベースのラリーカーを開発し、販売するプロジェクトもスタートさせた。

今回のテーマは、3つある新規事業のうち、トヨタ自動車のR&D活動を請け負うビジネスを通じて、木下美明TMG社長が感じたことだ

「TMCのR&Dを3年間やったことで、TMGが持っているもので日本側が持っていないことがかなり明確になりました。TMGとTMCの関係というより、日本とヨーロッパの違いという一般論に置き換えていいと思います」

その違いとは何か。

「計算です。TS030もそうですが、作ったことのない人が計算だけに基づいて作ったのに、そこそこ走ります」

計算だけで“グリーンに乗せられる”のがヨーロッパの技術

2012年のトヨタTS030ハイブリッドは、トヨタが13年ぶりに製作した耐久レース車両である。百戦錬磨のライバルがひしめくカテゴリーに投入し、いきなり3勝をあげた。計算が発達していない時代に製作したならば、トラブルシューティングに明け暮れてシーズンを終えたことだろう。

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From TMG
13年ものブランクを経て復帰した『WEC(FIA世界耐久選手権)』でいきなり3勝を上げた、トヨタTS030ハイブリッド

「ゴルフに例えれば、計算だけでグリーンに乗せられるのがヨーロッパの技術。人が持つのはパターだけでいい。日本の場合、ティーショットは計算でできますが、2打目、3打目は人が打っているのが実情。そこが決定的に違います」

計算とはコンピューティングパワーを指すのだろうか。

「違います。実験結果との裏付けをとった計算のことです。単純に計算するだけではフィクション作家が増えてしまう。ゴルフの例えを続けますが、計算は最初の条件の入れ方によっていかようにもなる。計算で右にボールが曲がるという結果が出たとしても、実際に打ってみたら左に曲がる場合がある。右に曲がる計算をした人が同じやりかたで2打目、3打目を計算しても合うわけがない。1打目の計算を確実に合わせた人だけが、2打目、3打目に進めるわけです」

では、大切なのは人なのだろうか。

「それだけではありません。人と実験と計算。この3つの組み合わせです。レースの世界がすごく恵まれているとのは、計算して実際にモノを作ってという開発のサイクルが早いこと。1~2か月で1サイクルが普通です。少なめに見積もって年に5サイクル回す人がいれば、10年で50サイクルになる。量産車の開発では1サイクル回すのに年単位が必要。スキルの高い低いではなく、経験の差が大きい」

使うツールに変わりはない。でも、計算結果に差が出る。リアルな現象に近い計算結果を出せるのがヨーロッパで、そうでないのが日本。経験の差だけでは、ヨーロッパと日本の違いをすべて説明したことにはならない。

「GTパワー(エンジンに特化したシミュレーションソフト)が使える、と言うのは簡単です。でもTMGがGTパワーで計算すれば実機で起きる現象と98%くらいの精度で合う。でも、普通の人がGTパワーで計算すると50%程度しか実機と合わない。合わないけれども、そんなものだと思い込んでいる。だから、計算結果は半分くらい信じて、残りは感性で計算する。それが日本」

では、ヨーロッパは。

「計算で98%合うんだから、計算どおりに設計すれば良いというのがヨーロッパの感覚です。使っている道具は同じ。やっている人の能力も同等。だけど、同定(Correlation=コリレーション:計算結果とリアルな現象との相関取り)の仕方が違うので、計算結果の精度が違う。これはGTパワーに限らずほとんどすべての計算プログラムについて言えます。

新しい事象に対する同定のやり方とプロセスが“ノウハウ”です。計算精度の差は、同定のプロセスを地道にやるかどうか。何回そのプロセスを回したか。その差がフィクション作家(計算が合わないエンジニア)とノンフィクション作家(計算が合うエンジニア)の違いを生みます」

「最後は感性がモノを言う」というモノづくりでは厳しい

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From TMG
緻密な「計算」を基にして、日々性能向上に励むTMGのR&Dの様子

そう説明を受けても、にわかに信じがたい思いをするのではないか。そもそも計算は参考程度にしかならず、最後は経験に裏打ちされた感性で補完するものだと。

「日本にいるとそういう感覚になりがちですが、まったく古い考え方です。6割くらいしか合わない計算とばかりつきあっているから、『最後は実験するんでしょ』という感覚になる。その感覚を持ったままでいると、次のステップに進めません。ヨーロッパでは、TMGに限らず計算ツールが“使える”ツールとして存在し、それを使って計算するから設計が早い。

日本の計算は、どちらかというとアカデミックな方向で進んでいます。その観点で見れば、ヨーロッパより進んでいるかもしれません。じゃあ、実際に使えるかというと、はなはだ疑問です。そのうち、ヨーロッパでは500人で10機種のエンジンが設計できるのに、日本では500人いても2機種しか設計できない、というような指標で差が出てしまうかもしれません」

合わないことを前提に計算を積み上げたところで、意味をなさない。だから最後は感覚に頼らざるをえない。

そうして導き出した答えは精度が甘く、修正に時間を要する。そうではなく、一つ一つの計算精度を高めておけば、計算をいくつ積み上げても精度は高いままだ。

3年前、実験を行わず、計算だけでF1マシンを設計すると宣言し、実行したエンジニアがいた。当時は「そんなの無理に決まっている」と、ヨーロッパでも失笑を浴びた。そのF1マシンは速さを見せることができなかったが、失敗の原因は計算に頼ったことではなく、計算結果とリアルな現象との相関取りを十分に行わないまま、計算だけに頼ったことだった。

計算を信じてモノづくりができるヨーロッパと、最後は感性に頼らざるを得ないし、それが当たり前だと思っている日本。このままでいいのだろうか。