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劇場じゃない場所を劇場に変える、システム開発の話。【連載:川田十夢】

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lion king

劇団四季 ライオンキングを、拡張して欲しい。

拡張現実オーケストラ以来の、阪急百貨店からのオファーだった。劇団四季 ライオンキングといえば、1998年の初演以来、13年連続の無期限ロングラン記録を更新している大人気ミュージカル。国内通算上演回数は8000回を数えている。

百貨店という空間に、本来劇場でかけるべきライオンキングという演目を、劇団四季という超強力サポートの元で上演する前人未踏の拡張現実ミュージカル。シナリオを作るにも、何を手本にしたらいいのか、さっぱりわからない。前例がなさすぎる。おもしろいではないか。快諾した。

快諾したものの、いざ進めてみると、ディズニーの厳しいライセンス管理、劇場と百貨店の光の解釈の違い、前例のないものをどう観客に説明するのかなど、問題がわりと出てきた。いつもの僕なら、自分自身の手で最初に引いた線の通りにビシっと仕事を進めている。今回はそれがベストじゃないと、場面場面で感じた。悩んだ末に導いた問題解決の中にこそ、AR三兄弟の新しい本領があるような気もする。

あんまりかっこいい話ではないが、前例なきものを前例にするために、記録しておく。

「劇場があって劇が演じられるのではない。劇が演じられると、劇場になるのである。」

この言葉が、いつも脳裏に在る。演劇実験室 天井桟敷 主宰であり、詩人であり、歌人であり、映画監督でもあった、寺山修司の言葉だ。職業を聞かれても「僕の職業は、寺山修司です。」と答えるのが常だったというトリッキーな人物だが、彼が何者であったとしても、この言葉は引っ掛かっていたと思う。

空間には、自ずと役割が与えられている。バスが停まるのは停留所だし、新幹線が停まるのは駅だし、飛行機が発着するのは空港だ。新幹線とジャンボジェット機の顔は似ているから、東京駅にジャンボジェット機が到着することがあるのかも知れない。

寺山の言葉は、場所に甘んじているものたちへの、警句でもある。劇場で演じられるもの全てが、自動的に劇であるとは限らない。エンジニアという場所によって与えられた肩書きが、自動的にエンジニアである証明にはならない。

「心配ないさ」と、シンバは歌った。不安だった。

システム設計をはじめるまえに、ライオンキングを観劇した。圧倒的な声量、鍛え上げられた肉体、雄大な大地、どこまでも続く地平、迫り来るムーの群れ、自然よりも自然らしく、動物よりも動物らしい。勇敢さとは何か、父と子で交わされる会話とは何か。家族とは何か。愛とは何か。ロングランの理由がわかった。

ひとしきり感動したあと、とても難しいことを引き受けたと、自覚した。「心配ないさ」とシンバは劇中で励ましてくれたけど、やっぱり不安だった。いつも自信と才能に満ちている僕にしては、ほんとに珍しいことだった。

前例がないのは、いつものことだった。大阪フィルとやって大成功した拡張現実オーケストラでは、これらの制約を軽々と凌駕して、客席でも指揮者も、楽しめる構造を発明することができた。では、何が難しいと感じているのか。自分でもまだ理解できていなかった。

ミュージカルを生演奏で支える、打楽器奏者の存在。

観劇のあいだ、ずっと気になっていたのが、打楽器奏者の存在だ。舞台と客席の間で、打楽器のセット剥き出しのまま、その場で演奏している。ミュージカルの臨場感は、役者の訓練された歌声だけでなく、打楽器の生演奏でも担保されているのだなと、理解した。

この構造を、拡張現実ミュージカルに移植するのがいいだろう。僕は、打楽器の内側にセンサーを仕込んで、それが叩かれる振動を伝わって、画面の向こう側の動物達の動力にする仕組みを考えた。

劇中で繰り返し試される勇敢さと、百貨店で打楽器を鳴らすという勇気。動物たちが軽やかに奏でるステップが、感覚的につながった。

百貨店という場所に内在するイベント性、そしてゲームを待つ時間。

生物(なまもの)という意味では、ミュージカルもイベントも同じだ。ただ、ひとつだけ大きく違うことがある。百貨店の場合、虚と実の境界線がはっきりしていない。暗幕もない。光の捉え方が、そもそも違う。

ミュージカルの場合、役者にスポットを当てて歌い上げていれば、その人が重要な役割を負っているということがわかる。でも、イベントの場合は、それを明確に説明するものがない。説明ではなく、先に状況を作っておく必要がある。僕はふと、友人の家でファミコンの順番を待つ時間のことを思い出した。

当たり前の話だが、ゲームの順番を待つのは、それがゲームだと分かっているからである。プレイヤーも、順番を待つ人間も、同じエンディングを待っている。待つ必然がある。だから、自分がプレイしてなくとも、同じ画面を見続けることができる。この必然を、百貨店に移植できれば、30分近くある拡張現実ミュージカルをさくっと楽しく見てもらえるのではないかと、考えた。

そこで叩かれる打楽器は、コントローラーの代わりでもある。ルールに従って上手に叩くことができれば、景品がもらえる。各プレイヤーが叩いた総合点が一定基準を達しないと、拡張現実ミュージカルは上演されない。まずは、そういう状況をつくった。

エンディングからはじまる、サークル・オブ・ライフ。

ゲームのエンディングであるところの特別映像は、やはり特別なものがいい。ライオンキングのはじまりのシーンであるところのサークル・オブ・ライフを、阪急百貨店うめだ本店祝祭広場その場所で再現してもらうことにした。

4tトラックにして4台分の舞台装置や衣装が運ばれ、百貨店の営業がない深夜から朝方にかけて、収録は行われた。僕のトリッキーな要望に、劇団四季の役者さん、照明さん、舞台監督さん、広報さんが、100%で応えてくれた。自分でもカメラを回した。いいものが撮れた。

あと、百貨店の広場に、唐突にライオンキングに登場する動物たちが現れる様子は、それだけで楽しいものだった。ようやく、成功のイメージが湧いてきた。

初演にかけた時の、圧倒的な物足りなさ。

umeda hankyu

楽器に仕込んだセンサーの事前動作確認、現場でのシステムテストを経て、ようやく先日、阪急百貨店での本番を迎えることができた。AR三兄弟のイベントでは、初日にAR三兄弟自身がデモとイベント司会を行うのが、通例となっている。

現場でシステムの動作とお客さんの反応を見ていて、シンバに「心配ないさ」と言われた時の不安がまた蘇った。何かが圧倒的に足りない。実際に劇場で観た劇団四季のミュージカルの足元にも及んでない。

僕は悔しい気持ちを押し殺しながら、そのイベントが運営されている様子を最後まで観察した。そして、何が足りないのかが、わかった。

説明されなくてもわかること、説明されてもわからないこと。

まず、説明が多すぎた。それは、誰もやったことがない演目を、誰にでもわかるようにするために必要な言葉だったのだが、あまりにも野暮が過ぎた。イベントを成立させるための台詞というより、システムを成立させるための台詞だった。これは、物語を進行するうえで、絶対にやってはいけないことだ。すぐに、台本に手を加えた。

あと、いつ誰が何を叩いて、何の動物が出てくるのか。その意外性についてまで、説明してしまっていた。予定調和であっても、予定調和でなく見せるのが、演劇の一回性の素晴らしいところじゃないか。これも、直した。

イベントドリブンではなく、イベント取り分を優先させる。

これは、自分がプログラマであること、そしてプログラム担当であった三男が抜けたことによる露骨な弊害なのだが、現実世界のイベントではなく、プログラム言語上のイベントドリブンを無意識に優先させてしまうことがある。

イベントドリブンというのは、何らかのアクションが行われた時のメソッドやコンテクストの切り替えを行う方式のことだが、条件が複雑になるにつれ、排他処理などの余計なコードを足すことになる。結果的に、ソースコードが煩雑で美しくなくなる。プログラマとしては、そっちを優先させて然るべきなのだが、現実の空気に触れる方のイベントでは、予め用意できる分岐とは全く違うことが起こりうる。

むしろ、現実に於ける意外性というのは、システム仕様の外側で生まれることの方が多い。要するに、プログラムソースの美しさなんて、現実の取り分にはならないのである。

次男が遊びで作った映像から、システム内に生物多様性が生まれた。

プログラムと現実のイベントの間を行き来して頭を悩ませていた僕に、次男であるところの髙木伸二がおもむろに映像を見せてきた。映像素材のバリエーションを作ってみたという。

そういう問題じゃないんだけどなと画面を覗き込むと、これが大層おもしろい。今までストックしてきた素材が、完全に息を吹き返した。大自然の多様性のパターンが、画面の中で堂々と展開していた。

何の説明もなくおもしろいことって、こういうことだ。お前も一緒に、悩んでくれていたんだな。三男が抜けた穴を、必死に埋めようとしてくれていたんだな。ありがとう。この映像のおもしろさを際立たせる構成を考え、システム仕様書に落とした。

考え過ぎた夜には、解決の糸口となる悪夢を見る

ああじゃない、こうじゃない。プログラムと現実の間を行き来しながら考え事としていると、悪夢を見ることが多い。悪夢といっても、そこには解決策が潜んでいたりするから、油断ならない。ライオンキングの仕様について考えていた夜、僕は巨大モモンガの夢を見た。

朝になっても太陽が昇らない。どうやら、巨大モモンガが地球を覆っているようだった。しばらく長い夜を楽しんだあと、やはり太陽が恋しいってことで、巨大モモンガを地球から引き離すための国際会議が何度も持たれた。目にサハラ砂漠を投げつけるべき、股間にテポドンを撃ち込むべし。姑息な手段しか挙らないので、国際会議の演出家である僕からひとこと。

「ロシアとカナダから、同時に脇腹をくすぐればいいんじゃね?」

会議で爆笑が起こった。いままで眉間に皺を寄せていた各国代表も、起立と笑顔と拍手で理解を示した。ロシアとカナダは国力をあげて、ロシアとカナダほどの大きなマジックハンドを作り、ロシアとカナダほどの大きな成果をあげた。巨大モモンガは別の惑星に飛んでいった。めでたしめでたし。

目が覚めた僕は、夢の中であれ国際会議という場所で爆笑をとって世界を救った自分を、天才だと思った。そして、なぜロシアとカナダだったのかを考えた。そうだ、僕の周りには、次男のほかにもう一人、客観的な目と手を持つ重要人物がいた。

あんまり表に出たがらないから、あんまり表に出してない話。

ar3bros_lionking

次男髙木とは別に、もっと古くから僕を支えてくれている重要人物。仮に、名前をハットリさんとしておこう。サーバサイドからiPhoneアプリ開発まで一人でこなす凄腕プログラマである。

彼女とは、もう十二年の付き合いになる。つまり、僕がAR三兄弟の長男になる前から、ミシンメーカーで働いていた時から、ずっと一緒に働いている。彼女というからには女性だし、プログラマを辞めたかったという面接時の希望もあったから、いままでAR三兄弟のような無理はさせないようにしてきた。そこで交わされる会話も、設計者とプログラマ間で行われる範囲に留めてきた。

イベントドリブンとイベント取り分の罠にはまり、巨大モモンガの脇腹をくすぐるような夢のある打開策が現実に出せなくなっていた僕。これ以上プログラムの側に立って考えるのはよくない。ここは、夢の中でロシアとカナダに巨大マジックハンドを作ってもらったように、実装の前段階の設計に至るまで、ハットリさんに頼ってみることにした。これが、圧倒的に足りなかった最後のピースだった。完全にうまくいった。

彼女とは、僕の中で特別な共通の苦い思い出がある。それは、メーカーの特許発案が成立した時の話だ。

ようやく僕が代表をつとめるクリエイティブチームが、メーカー企業の中で真っ当な評価を得るかも知れないと浮かれていたときの話。一年以上、その発明のためにチームをあげて従事してきた。当然のごとく、報奨金やら表彰状やらが、大々的に手渡されるものだと予想していた。

が、そんな浮かれたムードを尻目に、会社が用意したのは500円の図書券1枚だった。なんて、人を馬鹿にした評価なんだろう。僕のアイデアを形にするために支えてくれたスタッフ、特にハットリさんに、なんて伝えればいいんだろう。悔しい思いをした。自分が情けなくなった。スタッフが待つ部屋に戻って、図書券を頭上に掲げてこう言った。

「会社内での立ち回りがマズくて、こんな評価しか勝ち取れなかった。ごめんな。でも、そのうち、このチームでちゃんと凄いことして、この会社よりも大きな場所で、多くの人から評価されるものを必ず作るから、今後ともよろしくお願いします。」

あれから8年くらい経ったけど、図書券以上の何かを、僕らは勝ち取ることができたのだろうか。劇場でない場所を劇場に変えるシステム開発は、始まったばかり。今夜また、新しくなったシステムを携えて、新幹線で大阪へ向かう。世界をアップデートする旅は、続く。

AR三兄弟の微分積分、いい気分。

AR三兄弟・長男 川田十夢(@cmrr_xxx

公私ともに長男。日経BPより、「AR三兄弟の企画書」絶賛発売中。TVBros.で「魚にチクビはあるのだろうか?」を隔号で、ワラパッパで「シンガーソング・タグクラウド」を、好評連載中。WIREDとかBRUTUSでも隔号で何かしら書いています。劇団四季 ライオンキング 拡張現実ミュージカルは、8月20日まで、阪急うめだ本店にて絶賛上演中です。

 

追伸

エンジニアtype編集担当の小禄くん。この連載は、あなたからの熱いラブコールがなければ生まれていません。今となっては、自分の活動と頭の中を整理する、重要な場所です。とりあえず、レッドストライプでも飲んで、次の展開に備えてください。また近いうちに、小禄くんからの「心配ないさ」が届くこと、楽しみにしています。おつかれさまでした。