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過去と地続きの未来。情熱大陸で描いた地図。【連載:川田十夢】

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©MBS

2013年9月29日、半年に渡る密着と開発の末、ようやく僕の回の情熱大陸が放映された。AKB48を巻き込んで行われたスマホ連動の実験パートと、いつものドキュメンタリーパートと、生中継パートとで盛りだくさん。多少の不具合はあったものの、未来へ向かって高精細の光が差し込む内容であった。

三ヶ月ぶりの連載再開となる今回は、大陸へ渡るキッカケについて、番組に収まりきらなかった数々のエピソードについて、光に隠れた影のパートについて、大陸から見えた地続きのフューチャーについて、包み隠さずお届けします。

最初は、兄弟違いの取材だった。うっかり風向きが変わってきた。

いまから7ヶ月前。ある雑誌の対談で、某漫画家と某ミュージシャンとAR三兄弟が、同じ席に並んでいた。そこに、情熱大陸のカメラマンがいた。席に並んだうちの1人を、密着していると言う。へー、凄いな。○○さんも、いよいよ情熱大陸か。絶対に録画しよう。知り合いから出演者が出るのは、とても誇らしい。浮かれた感じで対談を進めていると、情熱大陸のカメラがチラチラと僕の方を向くようになった。対談が終わって、カメラマンはおもむろに近付いて、こう言った。

「あの、すいません。ちょっとだけインタビューさせてもらっていいですか?川田さん、どう考えてもおもしろいし、天才なので。」

情熱大陸のカメラマンにおもしろいと言われて、悪い気はしない。僕は、○○さんについて答えて、オマケと称してAR三兄弟のネタをひと通り披露して、チラっとでも情熱大陸に映り込めたらいいなと、期待した。後日、カメラマンが所属する東北新社という会社のディレクター(仮に古田さんとしておく)から連絡が来た。情熱大陸のプロデューサーを紹介したいという。うっかり風向きが変わってきた。

情熱大陸が、川田十夢を選んだ理由。

プロデューサーを紹介してもらったからといって、自動的に番組に出演できる訳ではない。会ってみて、カメラを回してみて、編集してみて、最終的に価値がある人物だと判断されないと、番組は放映されない。

情熱大陸といえば、ドキュメンタリー番組の中でもトップクラスの質と影響力を誇っている。だから、誰もが一度は出てみたいし、撮ってみたい。多くの候補者が、多くの制作会社によって推薦されては、番組プロデューサーに却下されている。具体的な倍率を聞いたわけではないが、かなりの確率で落とされるらしい。なぜ、この厳しい選定基準を、僕が一点突破できたのか。後日、プロデューサー(仮に福岡さんとしておく)が、記者会見の場でしれっと明かしてくれた。

「最初に川田さんを紹介してもらったとき、自分のことを天才だって断言して、そのあと少し照れたんですよ。それで、決めました。」

世の中、何が正解なのか、分からないものである。こうして、情熱大陸への出演が決まり、密着の日々が始まろうとしていた。

枠に囚われない発想を続けるために、枠に収まるのを諦めた。

本格的な密着が始まる前夜、番組ディレクターの古田さんと、約束したことがある。テレビ業界が、規制規制でがんじがらめ過ぎて、何も新しいことができない状況に陥っている。このまま、テレビの枠に収まる番組を作っても仕方がない。ギリギリ怒られることを一緒にやろう。テレビの枠組みごと、拡張しよう。杯を酌み交わし、翌日から本格的な密着取材が始まった。

密着取材は、4月から9月末まで、約半年間続いた。最初は、嬉しくて仕方がなかった。壁にたくさんアイデアを貼って悩んだり、タクシーで意外な横顔を見せたり、故郷に釘を探しに行ったりすれば、自動的にかっこよく仕上げてくれる。そんな魔法のような番組という印象があったからだ。

正直、魔法にかけられたい欲求があった。しかし、僕の仕事は、現実を拡張すること。枠に囚われない突拍子もない発想を、新しい枠組みごと開発して、実現させること。情熱大陸が作った過去の魔法にかけられても、仕方がない。何か、僕じゃないと出来ないことを、自ら仕掛けなければならない。要するに、自分で呪文を作って、自ら唱える。それくらいのことを、軽々とやり遂げなくてはならない。

そう考えていたところ、番組プロデューサーの福岡さんから「未来のテレビを見せてくれませんか?」というメールが来た。よく聞いてみると、情熱大陸は情熱大陸で、由緒あるドキュメンタリー番組から、また更に次へ進みたいという意識があった。ディレクターも、プロデューサーも、なんて素晴らしい人たちなんだ。次元を越えてしまった人よりも、次元を越えようとする人が、僕は大好きだ。未来のテレビを見せるという難しいオファーを、引き受けることにした。

AKB48に当て書きするように、システム仕様書をイメージした。

未来のテレビを見せるためにクリアしなければならない条件がいくつかあったのだが、一番難しいと思われたのが、AKB48の協力と理解だった。あの秋元康さんと直接会って、自分が考える未来のテレビについて説明して、認めてもらわなければならない。生半可な企画、技術をなぞっただけのアイデアでは、到底通用しないだろう。

AKB48に関する知識がゼロに近かった。いまやモンスター級の人気を誇るアイドルグループが、どのように設計されて、社会現象を生み出し、数字に結びついたのか。彼女たちは、誰の方を向いて、何を歌っているのか。手に入る全ての資料に目を凝らし、耳をすまし、思考を傾けた。結果、秋元康という人は、そんなに恐い人じゃないということが分かった。

僕が恐いと思うのは、話が通じない人だ。明らかにおもしろいことを言っても、虫の居所が悪いというだけで、簡単につまらないと断言する。自分が分からないというだけなのに、逆上して怒ったりする。秋元康さんは、そういうことを絶対にしない人だ。むしろ、まだ分からないことのなかに、アイデアの鉱脈があると、経験から分かっている。この人がつまらないと判断するときは、本当につまらないときだけ。安心して、未来のテレビの設計に没頭することができた。

秋元さんは、AKB48をドキュメンタリーだと捉えていた。彼女たちの楽曲の歌詞は、そこで流れる劇伴をイメージして書かれている。僕もこれにならって、AKB48の舞台装置を考えるように、システム設計書をイメージすることにした。いわば、システム仕様書の当て書きだ。

ファンの視線の先にあるもの。視点そのものを、拡張したくなった。

今回の仕組みを設計するにあたって、AKB48のドーム公演に3回ほど足を運んだ。毎回、案内されるのが中央ステージのすぐ脇で、そこはカメラマンの戦場みたいになってて、ステージが頻繁にドーンと真っ二つに割れたり高くなったり動いたりするので、轢き殺されないようにするのに最初は必死だった。が、じきに慣れた。そして、詰めかけた大勢の観客を見渡した。

AKB48のファンは、華やかなセンターばかりを見守っているのかと思いきや、全然そんなことはなかった。自分が好きなメンバー(推しメンと呼ぶらしい)が近付くと、直接話しかけたり、答えてもらったり、遠くに離れてもずっと目で追っていたり、寂しそうだったり、していた。そうか。ファンは、いつまでも好きな人を見続けていたいのか。僕も同じだ。好きな子は、ずっと見ていたい。できれば、同じ夢を見たい。あの人の夢ごと、連れて帰りたい。そして、多視点放送というアイデアを思いついた。

未来の総選挙は、どうなっているのか?

インターネット選挙という言葉を最初に耳にしたとき、ネットで投票まで出来るようになったのだと、誤解した。そう思ったのは、僕だけじゃなかったはずだ。政治を取り巻く社会システムは、一朝一夕では変わらない。でも、エンターテインメントの土俵で、先に形にしてしまうことなら、出来るはずだ。

AKB48のファンは、いつまでも自分が好きな人を見ていたい。一方、テレビ番組は、そういう気持ちを無視して、局と事務所の都合で、パッパパッパと無感情に画面を切り替えてゆく。その時間、誰が一番テレビの前で見たいと思われているのか。これをリアルタイムでフィードバックすることができれば、これまでの無感情とはまるで違う体験を、テレビで供給することができる。多視点放送 ver.1の設計が固まった。

もうひとつ。ファンの視点を拡張するアイデアもあった。客席から遠くに行ってしまった好きな人を、視点を変えてもう一度見ることができたら、どんなに嬉しいだろう。これも、オマケで実現させた。

テレビを下から見上げると、パンツが見えるみたいな少年時代の夢も、ちゃっかり叶えようとした。事務所からNGが出た。当たり前と言えば当たり前だが、寂しいと言えば寂しい現実であった。

秋元康さんと交わした会話。ガープの世界のこと。

AKB48とのコラボ、多視点放送ver.1とver.2の構造が、ようやく固まった。秋元さんからも、「おもしろい。楽しみにしている。」と、言ってもらえた。

番組では、会話の一部しか切り取られなかったが、実は色々な会話を交わした。中でも印象に残っているのが、次の会話だ。秋元さんは、こう切り出した。

「川田くんは、ガープの世界が好きなんでしょ。アーヴィング好きな人が、こんな小さな枠に収まってはいけないよ。あなたの才能は、こんなもんじゃないはずでしょう。もっと、滅茶苦茶やってください。そして、AKB48がARを使ってどうなるかじゃなくて、川田さんがAKB48を使ったらどうなるのかを、次はイメージしてください。いつでもアイデア、待っています。」

ありがとうございます。僕は、お礼を言って、部屋から退室した。少し経って、さっきかけてくれた言葉を頭の中で復唱しているうち、ある疑問が浮かんだ。なぜ、秋元さんは、僕がアーヴィングを好きなことを、知っていたんだろう。ディレクターに、秋元さんにどんな資料を手渡したのか、確認した。そこには、ガープの世界はおろか、簡単なプロフィールと番組紹介文しか、書いてなかった。秋元さんは僕について、事前に調べてくれていたのだ。そのうえで、僕からのオファーを受けてくれていた。なんて、懐が深い人なんだ。秋元さんが、芸能界でトップに君臨し続けている理由が、露骨に分かった。鳥肌が立った。

はじめて明かした、リストラの事実について。

秋元さんの許可も無事に下りて、あとは本番を迎えるのみ。という段階になって、ディレクターが自宅を取材したいと言い始めた。もう6度目くらいの打診だった。そもそも多忙な身の上、家には生活の痕跡が全くない。そんな場所にカメラを迎え入れても、番組が盛り上がるとは思えない。僕のイメージアップにもつながらない。その都度、断っていた。取材も終盤にさしかかり、考えが変わった。あの話をしようと思った。

メーカーに10年くらい勤めて、特許を発案して、世界を飛び回って、AR三兄弟を立ち上げ、その人気が爆発して、順風満帆な感じで独立したという雰囲気で、僕は活動してきた。けして、嘘ではなかった。でも、ほんとは、明るいだけの毎日ではなかった。メーカーから、リストラされた暗い過去。チーム全員解雇。機材や備品の全てを、わずかな退職金で補償しろという、悪魔のような条件付きだった。

この話は、一緒に独立した他の兄弟にも、スタッフにも、したことがなかった。独立後、金銭的に厳しい時もあったし、リストラの主因となった銀行から莫大な借金をしなければならないという屈辱の場面もあった。でも、ごく一部の近親者を除いて、誰にも明かさなかった。相談もしなかった。明るい未来を開発するAR三兄弟に、相応しいエピソードではなかったからだ。

借金をすべて返済し、年収もメーカー勤務時代の10倍近くになり、情熱大陸の放映も決まった。通帳の残高は、人生最高金額を叩き出した。銀行の態度が、露骨に変わった。この辺で、1周目のネタばらしをしてもいいのではないか。今までひた隠しにしてきた弱い部分をテレビの前で晒すことで、いま境地に立たされている人たちに、エールを送れるではないか。きっと、自分にとっても、誰かにとっても、新しい地図になるはず。胸を張って、過去について答えた。

エンドロールの呪文を唱えた。時間を止めた。未来が地続きになった。

番組効果の可視化(9月29日23:15放送開始時点)

番組最後の場面。放送中の視聴者の反応を、ロールプレイングゲームの経験値に置き換えて、番組効果として可視化した。効果は、思ったほど芳しいものではなかった。よくよく考えてみたら、今回の実験に参加してくれた人々は、番組中ずっと情熱大陸アプリを立ち上げている。他のアプリを立ち上げて、つぶやいたりする余裕はない。本当の番組効果は、番組放送後にあった。

番組効果の可視化(9月29日23:45放送終了から6日間の合計)

実際、物凄い数の反響があった。生中継パートで僕が解説した未来の仕組みが、具体的なオファーとなって押し寄せた。来年のワールドカップ、そして7年後のオリンピック。そして、そこに至るまでのイメージの補助輪を作って欲しいという声が、いくつも届いた。

僕は、情熱大陸で、エンドロールの呪文を覚えた。時間を止めることも、遡ることも、できるようになった。過去と現在と未来が、地続きでつながった。枠に囚われなくて、本当によかった。挑戦させてくれたプロデューサー福岡さん、一緒にギリギリ怒られることをしようと言ってくれたディレクター古田さん、そして、過去の著作と今回の会話越しに色々なことを教えてくれた秋元康さん、遠くから近くから見守ってくれた全ての人たちに、心から感謝している。

まだまだ書き残したこともあるが、情熱大陸の話はここまで。そろそろ2周目の旅に出なければならない。時を同じくして、僕は新しい舟と仲間を手に入れた。産業と文明を拡張する、新しい章が始まる。

AR三兄弟の微分積分、いい気分。

AR三兄弟・長男 川田十夢(@cmrr_xxx

公私ともに長男。日経BPより、「AR三兄弟の企画書」絶賛発売中。TVBros.で「魚にチクビはあるのだろうか?」を隔号で、ワラパッパで「シンガーソング・タグクラウド」を、好評連載中。WIREDとBRUTUSでも、隔号で何かしら書いています。