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一晩でOculusアプリのデモ作成、初見の機械を制御~『トレンドコースター』を作ったSaqoosha氏の開発裏話がスゴい

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トレンドコースター』を開発したdot by dot inc.CEOの富永勇亮氏(左奥)と、CTOのSaqoosha氏(右端)

話題のHMD『Oculus Rift』とドライブシミュレーター『Motion-Sim』でジェットコースターを疑似体験できる――。そんな近未来的マシーン『トレンドコースター』が、2014年9月11日にヤフーより発表された。

“SNS連動型バーチャルジェットコースター”というキャッチネームの通り、「Yahoo! リアルタイム検索」の検索結果グラフをコースとして生成。SNSなどでのシェアが多い旬なワードを検索する程起伏が激しいコースが生まれ、トレンドを体感できるという仕組みだ。

『トレンドコースター』はYahoo! JAPANマーケティングソリューションカンパニーが2013年から取り組む、インターネット広告の未来を考える『フューチャーアドプロジェクト』の一環として考えられた企画。今回取材をしたdot by dot inc.の他に、博報堂ケトル、AID-DCC Inc.といった広告をメインとしたクリエイティブ企業が共同で参加している。

技術的にも、最先端HMDの実用や日本初導入のドライブシュミレーター、リアルタイム検索データの新しい活用法など、さまざまなチャレンジが詰まったこの作品。テクニカルディレクターであるSaqoosha氏(dot by dot inc. CTO)が、1人ですべての開発プランを提案しながら進行したという。

果たして、どのようにして最先端技術を使いこなしたのか? そして、テクノロジーを駆使したクリエイティブが急増している広告業界で戦うために必要なポリシーとは?

プロデューサーとして、Saqoosha氏と長年タッグを組んで仕事をしてきたdot by dot inc.CEOの富永勇亮氏も交え、開発裏話を聞いた。

企画実現を後押ししたデモコーディング

『トレンドコースター』の開発チームは、2013年に「検索」と「3Dプリンタ」を融合させた『さわれる検索』を開発している。富永氏によれば、そこから今回の企画が立ち上がった理由は「よりエンタメ性を重視した作品づくり」にあったという。

「エンタメと遊園地だし、検索トレンドに連動したリアルフリーフォールはどう? って会議中にメンバーの1人が言い始めたところからのスタートでしたね。リアルは無理だけど、バーチャルならできるかも? とか言ってました」(富永氏)

初回の会議では、Oculus Riftとドライブシミュレーターを使ってジェットコースターをバーチャル体験できないか、という段階まで話が進んだ。「ただ、話は盛り上がったけど、みんな本当にできるかどうかは半信半疑だった」と富永氏は振り返る。

そんな中、Saqoosha氏が驚くべき行動に出る。

Saqoosha氏のクマの被り物は友人が作ったもの。取材時などには常に着用している

「最初の企画会議の日の夜に一晩でUnityを使ってOculus Riftのアプリのデモ版を作ったんですね。やっぱりモノがないと話が進まないだろうと。この時作ったのは簡易的な背景画面とレールの3Dモデル、そしてコースターがその上を走る3Dの映像ですね」(Saqoosha氏)

「彼は会議が終わった後は『この企画、できるかなあ』なんて言ってたんですけど、次の日会社に行ったら『もうデモできてるよ』と(笑)。そのデモを次の企画会議に持って行って、みんなに見てもらいました。一気に企画が現実味を帯びたおかげで、スムーズに話が進みましたね」(富永氏)

『トレンドコースター』実現に向け、もう1つの重要な要素だったドライブシミュレーターは、いくつかの候補の中からチェコで開発された『Motion-Sim』という前後の傾斜角度を一番高く設定できるモノが第一候補となった。

「実物も見ておこうと、Saqooshaを含めた数人のスタッフでチェコまで視察に行きました。通常のMotion-Simは画面やハンドルが付いているので、外して売ってほしいと使用意図を説明しながら交渉したのです。開発側からすれば、バーチャルジェットコースターに使うのは想定外の話なので、『そんなことしてどうやって使うの?』と言われて。交渉が暗礁に乗り上げそうになってました」(富永氏)

「広告の新しい形、可能性を見せるために作った」と語る富永氏だが、それだけに企画は難航した

開発側ですら戸惑う使い方。勇み足だったかと不穏な空気が漂う中、またもやSaqoosha氏が驚くべき行動に出る。

「その場でMotion-Simを制御するプログラムを書いたんです。現地のエンジニアにどういう仕組で動いているか仕様書みたいなのをもらって、簡単そうだったからやってみました。ジェットコースターのように前後に激しく傾く動きが再現できたので、みんな安心してましたね」(Saqoosha氏)

結果、開発側も納得し、スタッフも実現性に問題なしと判断できたことで購入が決定した。

「エンジニアが交渉の場にも同席する意味っていうのは、こういうところにありますよね。前例のないことでも、その場で見せて納得させることができるので」(富永氏)

企画を熟知しプレゼンに必要なデモを素早く作る。会議や交渉などの現場に顔を出して技術的問題をその場で解決する。そうした積極的な動きで、エンジニアであってもプロジェクトに推進力を与える存在になれることが、Saqoosha氏のエピソードから垣間見える

英語による情報収集が対応力の高さの秘密

Saqoosha氏の奮闘で順調に開発が進行した『トレンドコースター』だが、開発途中では技術的なハードルはなかったのだろうか。聞いたところ、実装に至るまでに2つの難所があったという。Oculus Riftの情報量不足と必要な技術要素の多様さだ。

「Oculus Riftには最後まで泣かされました。ドライバーが不安定で、開発環境ではOKでもOculus Riftでは動かないということが多かった。まだ前例が少ないので、ちゃんとした答えもない。英語で書かれたディベロッパーフォーラムの情報を逐一追って解決策を探しました」(Saqoosha氏)

Saqoosha氏はこれまでも、エンジニアリングに関する情報は極力英語で収集してきたという。速報性と量が日本語のそれとは段違いだからだ。先ほどの驚異的なエピソードも、こうした情報のピックアップによって実現できたと言えるだろう。

もう1つのハードルである技術要素の多様さについてはどうだろうか。

「Oculus Riftだけでなく、Motion-Simやリアルタイム検索データとの連動、臨場感を上げるための風を出すファンや炭酸ガス、SNS用の映像を撮るWebカメラ……。とにかく思いつくものは全て詰め込んでいる。だから、それらの連携をスムーズにするための全体設計に一番時間を費やしました。技術的なスタッフは僕を含めて5人。彼らが迷うことなく作業できるような設計を心掛けましたね」(Saqoosha氏)

富永氏にもこのプロジェクトの難所を聞いたところ、「故障と常に隣り合わせのギリギリの開発」だったという。

「試行錯誤で作ってるので、頻繁に故障するんですよ。ファンを低速回転させてたら止まったり、設置場所を動かしたらグラフィックボードが壊れたり。そういうことがある度に、『あ、終わったな』って思いましたね(笑)。でも、Saqooshaは涼しい顔して修理しちゃう。土壇場の対応力にはいつも驚かされます」(富永氏)

「3カ月先には壊れてもいい」という気持ちでコードを書く理由

技術力を武器に斬新な広告企画を進めるSaqoosha氏には、ある「割り切り」があるという

Saqoosha氏による常人離れにも思える開発を支えるのは、ある明確なポリシーだった。

「極端な話、3カ月先には壊れてしまってもいいと思って作っています。イベントだったら1日持てばいいという感覚もある。広告とテクノロジーの領域におけるエンジニアの動きは短距離走の発想に近いんです。短い時間にどれだけのインパクトというか、最大瞬間風力を出せるかを求められますから。だから、コードの書き方も、長く続くWebサービスを作っているエンジニアとは違ってきます」(Saqoosha氏)

さらに、こうした領域の違いが働き方に及ぼす影響について、無頓着な若手エンジニアが多いと警鐘を鳴らす。

「自分が短距離ランナー型か長距離ランナー型のエンジニアかによって、習得するスキルや必要となる情報も違ってくる。でも、若い人の中で、そこまで意識的に考えている人は少なく思えます。僕自身は、以前働いていたゲーム会社で自分の飽きっぽさを知り、単発型のモノづくりが向いてることに気付きました。早い段階でどちらのルートに行くか決められれば、より自分にあったフィールドで活躍できるはずです」(Saqoosha氏)

Saqoosha氏が今回の開発のような活躍ができるのは、自分の特性を正確に把握しているからこそだろう。こうした短距離型のエンジニアが活躍できる裾野は広告業界で広がっていると富永氏は語る。

「広告とテクノロジーはこの十数年間、非常にマッチしていて、良いクリエイティブがどんどん生まれている。クライアントの悩みを解決する広告という領域でもテクノロジーの高いスキルが求められている。エンジニアにとっても魅力的なジャンルのはずですよ」(富永氏)

クライアントの問題を解決するために、前例のないテクノロジーを駆使して短期集中的に開発を行うSaqoosha氏。エンジニアは自分の特性を見極め、Webサービス開発やスタートアップとは違う選択肢の1つとして、彼のような働き方を考えてみるのも悪くはないだろう。

取材・文/長瀬光弘(東京ピストル) 撮影/竹井俊晴