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24歳のエンジニアが考える、教育イノベーションの未来(後編)【連載:上杉周作③】

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上杉周作の「From Silicon Valley」 ~IT最先端の”今”に学ぶ~

エンジニア / デザイナー

1988年生まれ。小学校卒業と同時に渡米し、カーネギーメロン大学でコンピューターサイエンスを学ぶ。米Apple、米Facebookにて、エンジニアとしてインターンを経験した後、実名Q&Aサイト『Quora』のプロダクトデザイナーに。2011年7月に慶應義塾大学で行われた講演が好評を博し、日本のIT・Web業界でも名を知られるように。2012年3月にQuoraを退職。現在はシリコンバレーの教育ベンチャー・EdSurgeでGrowth Hackerとして活躍

(前半をお読みでない方はコチラから)


「ジョンソン、市場調査を金曜までに仕上げてくれ。おっと、だがその前に、君の子どものころの思い出を書き起こしてほしい」

ニューヨークで昨年行われた学校教師向けのイベントで、彼はそう言った

「アメリカの国語教育は、こんなあり得ない職場や大学を想定している。物語や感想文は書かせても、実用文を書かせない学校だらけだ」

彼の名前はデビット・コールマン。エール大、オックスフォード大、ケンブリッジ大を卒業し、マッキンゼーで5年働いたのち、教育会社を創業。それが買収されると、今度はNPOを立ち上げ、Common Core State Standards(以下、コモン・コア)という基準の設計者となった。

先回りして論点を示しておこう。日本でエンジニアをしていて、将来アメリカで起業したいと思う読者に伝えたい。次の数年間、あなたはコールマン氏とコモン・コアに注目すべきである。なぜならコモン・コアは、アメリカの教育界にひそむ既得権益を破壊し、よそ者にも成功するチャンスを与えてくれるからだ。

コモン・コアとは、学校で学ぶべきことのガイドライン

コモン・コアとは「全米共通学力基準」である。早い話が、「アメリカの学校に通うすべての子どもが、高校卒業までに学ぶべきこと」を示したものだ。日本の学習指導要領と通じるものがある。例えば、コモン・コアの「中2数学・項8.EE.1」を端折って書くと、「指数のある整数の計算ができる。例: 3^2 × 3^-5 = 3^-3 = 1/3^3 = 1/27」となる。

どの国でもありそうなこの基準が何だというのか。じつは、コモン・コアのような全米規模の学力標準は、アメリカにはまだ存在しない。2009年に「やりましょう」とコールマン氏らが発足、2014年に「できました」となる予定だ。

アメリカでは現在、「子どもが、高校卒業までに学ぶべきこと」の多くはそれぞれの州が決めている。連邦政府の権限は少ない。「教育を何とかせい」とは言えても、「こうやって何とかせい」と具体的に示せないのだ。中央集権を嫌うアメリカらしい。日本の文科省とは大違いである。

だが、地方分権はうまく機能していない。連載当初にも紹介したように、アメリカの義務教育は目を覆いたくなる有様だ。読解力は世界17位、数学は世界31位。これでは元も子もない。

うまく機能しない理由は明快だ。「学校で教えるべきこと」がバラバラだと、地方分権お得意の自由競争が成立しないからである。極端な例だが、A州が「生徒は中3数学で、ピタゴラスの定理を証明する。州の学力テストによると、7割の生徒が正解する」と主張し、B州は「中3生徒はピタゴラスの定理を使うが証明はしない。正解率は8割」と主張したとしよう。

定理は証明する方が難しいから、どちらの教育の質が良いかは不透明だ。ボクシングで、ヘビー級とライト級が勝負して、「どちらがプロでどちらがアマか」を判断するようなものである。競争とは顧客を奪うことだが、顧客である親、子ども、そして助成金を出す政府にとっては混乱のタネだ。

したがって、コモン・コアにより「学校で教えるべきこと」を統一し、「どう教えるか」で競争させるモデルが必要なのだ。アメリカもやっとそれに気付いたようで、50州中46州の政府が執筆時点でコモン・コアの採用を決めている。コモン・コアに乗り気でなかったロムニー氏が今月行われた大統領選挙で落選し、もう誰も止める者はいない。

コモン・コアが一大事なのは、従来の基準より厳しいから

コモン・コアに沿ったカリキュラムが開始されるのは2014年。だが、学校側は蜂の巣をつついたような騒ぎである。なぜなら、どこの州の学力基準と比べてみても、コールマン氏らが設計したコモン・コアの方がはるかに厳しいからである。

例えば国語。次の文章を一読してほしい。

先生へ。われわれには解決すべき問題がある。この地域には自然が非常に少ない。われわれが環境問題を学ぶのに適していない。だが、◯動物園に遠足に行けばこれは解決する。わたしとほかの3人のチームに、クラスのみんなを引率させてほしい。

◯動物園に行けば、世界中の野生の生き物がそこで繁栄している理由を知り、生物学の大切さを学ぶことができる。遠足費用を計算するのに数学も学べるし、お金にも強くなる。これは将来役立つスキルだろう。スケジュールを組む力もつく。

われわれは、まず下調べから始める。次に先生の許可を得た方法で集金を実行する。足りなければ、それぞれの親に頼む。最後にスケジュールを組む。これにはディズニーランドのガイドブックが詳しくて参考になる。

それでは、先生がこの遠足を許可すべき理由をおさらいしよう。◯動物園に行くことにより、生徒は何を学べるのか?その答えは、計画の立て方、集金と資金運用、そして何よりも環境保護の大切さである。(一部略)

引用元の公式サイトには「コモン・コアを採用する州のすべての『小学四年生』が、上記以上の文章力を備えるべき」とある。10歳児にこのレベルを求めるのなら、高校を卒業するころには、コールマン氏出身のマッキンゼーに皆入れそうである。

とはいえ、ほとんどの学校にとっては夢のような話だ。先月、ニューヨークのNew Dorp高校が、The Atlantic誌で話題になった。なんと2009年まで、多くの高校生が「にもかかわらず(Although)」という言葉を理解できなかったという。これでは実用文など書けやしない。「New Dorp高校の学生が抱える問題は、この国の多くの生徒にも当てはまる」と同誌は指摘する。

コモン・コアで落第者続出

「コモン・コア自体は良いアイデアだと思うわ。でも、最初のテストにわたしたちが間に合うわけがない」

わたしの地域の学校職員たちが交流するディナーで、こんなセリフを耳にした。

学校側は「最初のテスト」を恐れている。コモン・コアが適用されると、コモン・コアに則った全米統一学力テストが実施される。

むろん、そのテストは現状のよりもはるかに厳しいテストとなる。実施は2014年だが、効果は予想できる。ケンタッキー州は2011年、コモン・コア対策のテストを実験的に作成した。今月上旬に発表されたデータによると、小学生の読解テストでは、以前は4人に1人が落第したのに対し、コモン・コアの実験では2人に1人が落第した。本物のテストはもっと難しいと噂されている。

けれども、仮にコモン・コアで全米が泣いても構わないのではないか? 要するに、平均点が80点だったのが60点になるだけではないか。いや、そうは問屋が卸さない。なぜなら、教育業界は親、政府、そしてメディアから批判の集中砲火を浴びることになるからだ。

教師の肩身が今まで以上に狭くなる。落第生が増えることは補修が増えることを意味するが、そのための予算は組まれていない。

かろうじて進級した生徒や、教育界の既得権益者は、「落第」の烙印を押されるのを知らぬ存ぜぬで避けてきた。2014年こそが、彼らの年貢の納め時になるだろう。

民間や起業家にとっては、コモン・コアは有利に働く

一方、民間や起業家は手ぐすねを引いて2014年を待っている。
「先生方へ。うちのソフトウェアを使えば、コモン・コアに誰よりも早く対応できます」が売り文句である。コモン・コアに立ち向かう武器が、学校側にとっては喉から手が出るほど欲しいはずだ。

この分野で、今一番脂が乗っているのが『NoRedInk』である。『NoRedInk』は、インタラクティブに英文法を学べるサービス。ピリオドやコンマをドラッグ&ドロップするなど芸が細かいUIが特徴だ。コモン・コアで強化される実用文教育にもってこいである。今年2月にローンチしてから、すでに全米の4%の学校で使われているという。

起業家にとってコモン・コアのもう一つの利点は、「子どもが学ぶべきこと」が全米統一されたことだ。HTML5はWeb, iOS, Android, Windows Phoneという4つのプラットフォームをまとめたが、コモン・コアは46州のカリキュラムをまとめたのだ。

教材は46種類でなく、1種類で事足りるようになる。リソースが少ない起業家にとってはまたとないチャンスだ。

これは『Educreations』のようなサービスには追い風になる。『Educreations』は『Khan Academy』のようなビデオレッスンをiPadで作れるサービスだ。誰でもネット上で家庭教師になれる。今までは違う州にいる人に教えることは、カリキュラムの違いもあり難しかった。それがコモン・コアのおかげで、「中2数学・項8.EE.1のビデオレッスン」というように、全米共通のコンテンツを作ることができるようになったのだ。

また21世紀らしく、コモン・コアの学力テストは、教室でITを使って行われる予定だ。つまり、どの学校も、大急ぎで無線LANと格安タブレットを用意することになる。企業の視点で言えば、アプリを教室に流通させる手段も同時にできるわけだ。

コモン・コア対策にあたって、学校側が絶対的に不足しているのは時間である。教師のトレーニングや、生徒の補修の時間などだ。この時間を何らかの方法で短縮できるアプリは売れ筋になるだろう。いずれにしろ、技術力がある民間に学校側は頼る必要がある。

こういった「教育の民営化」は賛否両論を呼んでいる。だが、利益のみを追求し、子どもと先生をないがしろにする企業は、自然淘汰されるとわたしは信じている。

日本の起業家・エンジニアも、アメリカの教育ベンチャーに参加するべき

『NoRedInk』、『Educreations』はともに、ImagineK12という教育専門のベンチャー育成プログラムの卒業生である。彼らが投資家にプレゼンするイベントに、先月参加してきた。そこでふと気が付いた。アメリカの起業家にとってのチャンスは、日本の起業家にとってもまたチャンスなのだ。

例えば、わたしが尊敬するエンジニア兼社長のYangyang氏が運営する『Lang-8』。文章をネイティブに添削してもらうことで語学を学ぶサービスだが、機能が豊富なので、単純に文章添削ツールとしても、『NoRedInk』らと対抗できるはずだ。

ほかにも、KDDI Mugen Laboの三期生で、同じく尊敬するエンジニア兼社長の三橋(克仁)氏が運営する『Mana.bo』にも注目したい。『Educreations』と似たような家庭教師の遠隔指導サービスで、アメリカに進出すればコモン・コアのスケールメリットを活かせるだろう。

技術一筋の人にとっても、コモン・コアはまたとない機会だ。アメリカの教育ベンチャーのファウンダーは「元学校の先生」が多く、エンジニアの共同創業者を探すのが苦手だ。例えば、『NoRedInk』の社長は8年間、国語の先生をしていた。そして執筆時点では、CTOを絶賛募集中らしい。海の向こうの教育業界で、日本人エンジニアがもっと暴れてもいいはずだ。

日本の教育を良くするためにも、コモン・コアから目を離さないで

前編のテーマは、ソーシャルやAPIの革新がもたらす「教育の革新」だった。それに対し、今回紹介したコモン・コアはHTML5のような「基準の革新」である。これが新しい教育につながるのは、少なくとも2014年以降だろう。われわれが奪える椅子はまだ残っている。これを逃したら、次の大きな変化はしばらく現れないかもしれない。

コモン・コアのカリキュラムは公式サイトからダウンロードできる。アメリカで名乗りを上げたいエンジニアは、ぜひコモン・コアを研究するべきだ。暇な時間に「中2数学・項8.EE.1だけに特化したアプリ」を作れば、いずれ高くつくかもしれない。

長くなってしまったが、最後に一言。わたしは日本で6年、アメリカで6年、公共の教育を受けて育った。したがって、アメリカの教育と同じくらい、日本の教育の未来も気に掛けている。

だが今のところ、教育界で起こっている変化は、日本よりアメリカの方が大きい。変化は機会を作り機会は経験を作り経験は大陸を越える

だから、もしあなたが日本の教育を良くしたいと思うなら、日本を飛び出して、アメリカで教育革命の一員となり、その経験を日本に逆輸入するべきだ。コモン・コアが、そんな考えのシンボルになることを、シリコンバレーからひっそりと願っている。

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