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[連載:Web業界「先駆者」の履歴書 paperboy&co.・福田大介 1/2] 38歳遅咲きの『ザ・インタビューズ』開発者、転機は4年周期に

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トレンドが目まぐるしく変わるWeb業界において、時流に乗りながらも自らの理想のキャリアを築いているエンジニアにフォーカスし、ステップアップまでの道筋を辿るこの連載。転職のプロであるキャリアアドバイザーとの対談を通じて、なぜ彼らがヒットプロダクトを生み出すようになったのか、「先駆者」ならではの生き方、考え方を読み解く!

面白法人カヤックの堤修一氏に続いて連載第2回目に登場するのは、paperboy&co.の福田大介氏(@daiskip)。

彼が38歳にして、誰でも匿名で気になる人にインタビューができる人気Webサービス『ザ・インタビューズ』開発者として注目を集めるようになった裏側に、どんなキャリアヒストリーがあったのだろうか。

IT業界の求人動向に精通し、現在は『typeの人材紹介』の看板キャリアアドバイザーを務める後藤和弥との対談を通してあらわになった福田氏の「履歴書」から、時流に乗ったキャリアの築き方のヒントを解明してみよう。

自分の居場所じゃないと感じて、ひと思いに辞めました

今年のお産合宿5で生まれた『ザ・インタビューズ』は、社内でも想定外のスマッシュヒットサービスとなった

今年の「お産合宿5」で生まれた『ザ・インタビューズ』は、社内でも想定外のスマッシュヒットサービスとなった

後藤 この度は、『ザ・インタビューズ』の事業化、おめでとうございます。ちなみに、このアイデアはずっと温めていたんですか?

福田 いえ、今年の「お産合宿」に向けて、即席でひらめいたアイデアなんです。

株式会社キャリアデザインセンター
人材紹介事業部
キャリアアドバイザー部
部長
後藤和弥

後藤 そうだったんですか(笑)。今日は、今Web業界でも注目度の高い『ザ・インタビューズ』のお話からお伺いしようと思ったのですが、福田さんご自身のご経歴も大変興味深いですね。広告代理店でセールスをやって、地元に帰ってフリーのWebデザイナーをやって、それからpaperboy&co.に入り、サービス企画から、場合によってはデザインやプログラミングまでご自身でこなしている。現在の、Webサービス開発者としての仕事に至るルーツみたいなものって、どこにあったんでしょうか? やはり学生時代とかですか?

福田 バイトばかりしていました。就活も真剣味が欠けていたので、バイト探しの感覚(笑)。情報誌でたまたま見つけた求人記事に、東京の広告代理店が「広島支社オープンに先立ち人材募集」と出していて、それで入社したんです。結局、東京勤務になりましたけど。

後藤 では中高生のころは? 何かモノづくりに夢中になったとか?

福田 とりたててエピソードはないんですよ。ただ、実家が電気店を営んでいたので、子どものころからマイコンとかイジれる環境があって。ひょっとしたら、そういう経験がルーツになったのかもしれません。

後藤 面白いなあと思ったのが、広告業界にいたとはいえ、セールスをしていた人がフリーのWebデザイナーになった、という展開。例えば営業職の傍ら、デザインの勉強をしていたんでしょうか?

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代理店営業から突然のWebデザイナー転身。一見つながりのないキャリアチェンジだが、この経験が後の福田氏に大きな影響を与える

福田 違います。当時は営業の仕事も充実はしていましたし。広告業界は、いわゆるモノづくり会社と違って、営業マンが商品づくりに関与できる面白さがあるんです。お客さまのニーズを考えながら、複数ある広告手法のプランからいくつかを選び、組み合わせ方を変えたりすることで、お客さまに買ってもらえたりする。そこが面白かったんです。

後藤 それって今のお仕事にも通じる部分ですよね? ユーザーの気持ちをイメージして、受け入れられるかどうか検討していくという部分が。

福田 確かにそこは共通していますね。

後藤 それでも退職をしたのは、家業を継ぐ必要があったとか?

福田 いいえ、そういうわけではありません。当時、わたしは26歳でしたけれど、結婚して子どももいました。東京での生活に疲れを感じていたこともあって、一度故郷に戻って電気店を手伝いながら仕事のことを考えようかな、と。代理店は入社から4年が経って、そろそろ先を考え始めるタイミングでしたが、「企画をやりたい」とか「デザインがしたい」とか、そういうモチベーションが湧いてこなかったんです。ということは、「オレの居場所はここじゃないんだろうな」と感じて辞めました。

後にBtoCサービスで開花する福田さんの強み、ユーザー視点で商品を作っていく、という部分の基礎を代理店時代にしっかり形成したのだと思います。

いきなりの帰郷、そしてフリーへの転身というのは、無謀とも言えますが、「納得できない時に思い切った英断を下せる」点が、福田さんの長所として映りました。

ペパボ入社後も続いた「4年周期転機」説

後藤 未経験者が自営でWebデザインを始める、というのは大胆な気もしますけど、どんなきっかけで?

福田 2000年ごろの話ですから、WebといってもhtmlやCSS、JavaScript程度が扱えれば作ることはできたんですよ。やっているうちにFlashも覚えましたし。

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「ITが進化するまさに初期の段階でフリーランスのWebデザイナーになったことも、福田さんが『先駆者』たるゆえんかもしれませんね」(後藤)

後藤 確かに2000年といえば、ようやく企業が本気で自前のホームページを重視し始めた時代ですね。今のように複雑な機能を盛り込んで、あれもこれもというよりも、サイトを作ること自体に意義があった。

福田 そうなんです。実家に帰って、何となく自分や親父の店のサイトを作ったり、改善をするうちに面白くなっていきました。それで、Web上に「サイト制作請け負います」的なアナウンスをしたら依頼が来て、営業活動しなくても仕事が続いていったんです。

後藤 でも、このお仕事も4年で辞められてますね?

福田 paperboy&co.の先代社長、創業者の家入(一真氏)と出会ったんです。当時、福岡にいた家入からWebデザインの仕事を頼まれ、それが転機になりました。

後藤 どんな依頼だったんですか? やはり企業サイトの制作?

福田 いいえ、paperboy&co.のエンドユーザー向けのブログデザイン制作です。わたしにとっては初めてのBtoC案件だったんですけれど、これが本当に面白くて、BtoCのWebサービスに気持ちが傾いていった。そんなタイミングで、家入から突然「東京で一緒にやらない?」と誘われて、それで入社することになりました。

後藤 それはヘッドハントということですかね?

福田 いや、そういう大げさな感じじゃないですよ。ブログのコメント欄に「一緒に東京行こうよ」と何の前触れもなく家入が書いてきたのがきっかけでしたし。それに驚いたわたしが「それって入社する感じですかね?」って返事を書きこんだら、「あ、そういうことになるねえ」と(笑)。

後藤 なんか、とても感覚的というか、直感的というか。

福田 そういう人なんですよ、あの人は。でも、こんな呑気な会話の流れで「はい、良いですよ」とOKしたわたしも、直感的かもしれませんが(笑)。

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