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トヨタのWEC参戦に「若手エンジニア育成」の極意を見た【連載:世良耕太】

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F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

出版社勤務後、独立し、モータリングライター&エディターとして活動。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『auto sport』(三栄書房)。近編著に『モータースポーツのテクノロジー 2013-2014』(三栄書房/1680円)、『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など

2014年のWEC(世界耐久選手権)最上位カテゴリー、LMP1-Hに参戦する自動車メーカーの最新マシンが出そろった。過去2年はアウディ対トヨタの構図だったが、今年はこれにポルシェが加わった。

LMP1-Hに参戦する車両は全車ハイブリッドシステムを搭載しなければならないが、システムの構成や組み合わせるエンジンの形式・排気量などは自由だ。例えばF1は1.6L・V6直噴シングルターボでなければならず、ほかの形式を選択することはできない。

決められた時間(シリーズのハイライトである“ル・マン”なら24時間後)でどれだけ長い距離を走ることができるかの勝負であり、そのための手段は問わないのがWECの基本スタンスだ。

4L・V6ディーゼルエンジン+フロントモーターのアウディに対し、ポルシェは2L・V4ガソリン直噴ターボにフロントモータを組み合わせ、さらに排気熱を電気エネルギーに変換する熱エネルギー回生システムを採用した。

トヨタは従来のリヤに加えてフロントにも高出力のモーター/ジェネレーターユニットを搭載し、3.7L・V8ガソリン自然吸気エンジンを組み合わせる。目的は同じだが、手段は三者三様。WECはもっとも効率に優れたパワーユニットを決める戦いでもある。

さて、昨年8月のこの連載ではトヨタ自動車でハイブリッド・プロジェクトリーダーを務める村田久武氏の説明を引用し、モータースポーツで技術を磨く意義を中心にまとめた。今回はその続編である。

レースとのかかわりが日陰での開発を支える

トヨタがル・マン24時間レースに復帰して3年目になるが、量産技術へのフィードバックを目指したレーシングハイブリッドの開発に着手したのは、2006年までさかのぼることができる。

以来、純粋にトヨタ内部だけで技術開発を続けてきたわけではなく、グループ企業をはじめ、多くの企業の協力を得ながら開発を続けている。

「普段はコストに集中してモノづくりを行っている会社はたくさんあります。そういう会社で働く人たちにとって、自分たちが手掛けている技術や部品がレース車両に入ることは、その会社で働く方たちのモチベーションをものすごい勢いで上げる効果があることを実感しています」

2年越しで日の目を浴びることになったアイシン・エイ・ダブリュ製のMGU

2年越しで日の目を浴びることになったアイシン・エイ・ダブリュ製のMGU

例えば今年のマシンにはアイシン・エイ・ダブリュ製のモータ/ジェネレーターユニット(MGU)がフロントに搭載される。本来なら2012年の車両に同社製のMGUは載るはずだったが、当時の規則ではメリットが見いだせないことが判明したため、お蔵入りとなった経緯がある。

車両への搭載はならなかったが、開発自体は継続されていた。レースに特化した技術開発に取り組むことは刺激になるからだ。

「チャンスを与えてくれたことに感謝する」旨を先方から受け取っていたというが、機会が到来して実車に載ることになった途端「目の色が変わった」という。

「研究開発しているだけなのと、実際にモノを作ってレースにかかわることの間には劇的な違いがあり、等比級数的に会社のモチベーションが上がります」と、村田氏は説明する。

そして、そうした付き合いは、表向きは企業と企業の付き合いだが、根底にあるのは人と人の付き合いだと、村田氏は強調する。

レースを支えているのは「企業」ではなく「人」

「自分たちが取り組んでいるのは、性能を現状の10%増しや20%増しにすることではなく、5倍や6倍にすることです。今目の前にあることを全部足しても足りないわけで、目標を達成するには相当の困難を伴います。そうした開発を一緒にやる時に、言葉をオブラートに包んでやりとりする余裕などありません。本音と本音をぶつけ合う関係が必要で、それには、相手とどれだけ深くつながれるかが重要です」

そうして心の底から信頼できるパートナーとなってしまえば、とことん付き合っていく。フロントのMGUを開発するアイシン・エイ・ダブリュがそうだし、リヤMGUを開発するデンソーがそう。キャパシタをともに開発する日清紡も同様で、トヨタは多くのパートナーとともに共通の目標に向かっている。

昨年は、こんな光景も目撃した。

「富士スピードウェイで行われた6時間耐久レースで優勝し、表彰台に日の丸が揚がりました。オリンピックで日の丸が揚がった様子をテレビで見たことはあるけれども、『自分がかかわったプロジェクトで日の丸が揚がると、心に響くものが違う』と言っていた若いエンジニアがいました。

自分も若いころに同じ経験をしました。それから10年以上経って、世代の違う若い子たちが同じ経験をしている。『最近の若い世代は違う』とは言うけれど、根っこの部分は変わらないんだなと思いました。

技術を磨くことも大切ですが、人を育てたり、人にインスパイアを与えたりすることも、レース活動の意義です。個人的には技術を磨くことよりも人を育てることの方が重要だと思っています。技術開発はしょせん人間がやる話。人が育たなければ技術も育ちませんから」

“日の丸”はモチベーションを上げる。ほかの言葉に置き換えれば“成功体験”だ。成功体験を味わうことで迷いがなくなり、「頑張れば成功する」自信がつく。

「成功体験」が若手を育てるカギに

成功体験を通して初めて得られるものもある

成功体験を通して初めて得られるものもある

「一度成功体験を収めると、次に困難なことがあっても、頑張れば成功するイメージが見えてくる。でも、成功したことがない人は、あと5秒頑張れば成功するのか、5年頑張らなければだめなのか、先がイメージできない」

そうなるとただツライだけで、挫折に陥りやすい。そうならないよう、若いエンジニアたちに成功を経験させることが、1月にモータースポーツユニット開発部部長に就任した村田氏の考えでもある。

部長になって組織を束ねる立場になってみると、それまで気付かなかったことに気付くこともある。

「自分にも『オレがモータースポーツ部の未来を切り開いているんだ』と思っていた時期もありました。でも部長になってみると、当時の自分は、お釈迦様の手のひらで踊らされていた孫悟空だったことがよく分かりました。

組織の運営は子供に自転車の乗り方を教えるのと同じです。自転車をこいでいる子供は、『オレは1人で自転車に乗れているぜ』と思っているんだけど、実は後ろで支えている大人がいて、子供が自転車を自立的に動かしていると感じられるように、状況を見ながらコントロールしている。

同じように、組織運営がうまい人は、部下に『オレがやっているんだ』と思わせておき、実はコケないようにフォローしている。その絶妙なバランスがマネージメントの極意なのではないかと、最近思うようになってきました」

自分も自転車に乗れない子供だったから、勘どころがよくわかり、どのタイミングで助けの手を差し伸べればいいのか、よく分かる。自分がエンジニアだからこそ、後に続く若いエンジニアを気分良く踊らせることができるのだ。

会社と会社ではなく人と人。その「人」は成功体験によってモチベーションを高め、次の成功を引き寄せる。トヨタは、世界一過酷なレースでハイブリッド技術を磨くと同時に、次の世代の人を育ててもいる。

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