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一人でも多くの命を救うために~ヤフー『防災速報』サービス開発陣が行き着いた「速報だけでは足りない」ワケ

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ヤフー株式会社が2011年7月から開始した『防災速報』は、地震・津波の発生状況や気象警報などの情報を配信するサービス。

開始直後はメールとメッセンジャーでの配信のみだったが、2011年12月にiOS版アプリ、2012年3月にAndroid版アプリがリリースされた。これらのアプリにより、端末毎の通知機能を使った速報の配信、GPSによるユーザーの現在地の速報配信などが可能になっている。

さらに、地震情報と節電・停電情報だけだったスタート時から、現在までの間に放射線量・熱中症・豪雨・噴火情報などを順次追加。2013年8月22日には避難情報が追加され、避難勧告や避難指示などの発令・解除が通知されるようになった。

開発を担うのは、東日本大震災の復興支援活動などを行ってきた社会貢献ユニットに所属する『防災速報』開発チームだ。彼らは、どのようなポリシーを持って開発を行っているのか? チームの一員である、エンジニアの北村央斗氏と杉本康裕氏に聞いた。

スピーディーな開発が人を救う

アクセスが集中した時に落ちないために、不必要な通信が発生しないようなUI設計

東日本大震災を機に開始された『防災速報』の開発チームが目指すのは、「一秒でも早く」災害の発生状況を配信することだ。

そのため、開発チームが最も注力しているのが、情報の速報性を維持することだという。

「配信がある度、どれくらいの時間が掛かったのかを計測。時間が掛かっている場合はすぐにアーキテクチャを見直し、バックエンドを構築し直しています。調整を繰り返し、万が一に備える毎日です」(杉本氏)

速報性と同様に重要なのが、情報の正確性だ。

気象庁のデータを元に、地域ごとの災害発生リスクの予測データを独自に作成する専門会社と提携し、情報を収集している『防災速報』。複数あるデータ作成会社の中から信頼できるパートナーを見つけるためには、自らの知識武装が必要不可欠だという。

「気象や地震に対する知識の習得は常に行っています。わたしは外部の会社との調整も行うのですが、地震や豪雨の発生の仕組み、熱中症が起きやすい環境などの知識がなければ会議もスムーズに進まない。技術的なアプローチはもちろん、災害に関する知識も意識的に持つことで、よりスピーディーで正確性のある開発ができるように心掛けています」(杉本氏)

「エンジニアに必要な知識とはまったく異なる分野の知識も習得しなければいけないのは正直大変」と語る杉本氏。そうまでしても、開発に臨むのはなぜだろうか?

「わたしたちの開発している『防災速報』には、災害発生時に一人でも多くの人を救うというポリシーがあります。大げさかもしれませんが、専門知識を蓄え、開発をできるだけ早く行うことで救える命があるかもしれない。自分の努力で命を救えるのだと思えば、技術はもちろん、必死で気象や地震の勉強もします」(北村氏)

正式にチームとして結成されたタイミングで、改めて『防災速報』の存在意義をメンバー全員で考え、共有されたというこの開発ポリシー。こうした旗印を常に掲げ、意識することは、通常の開発現場で起こりがちな「手段の目的化」防止にもつながる。

「サービスの開発に注力し過ぎると、どうしても『サービスを作ること』自体が目的化してきてしまう。しかし、われわれにとって『防災速報』の開発はあくまでも手段なんです」(杉本氏)

アプリ+啓発活動の二段構えで狙う、ポリシーの達成

『防災速報』の開発は手段に過ぎない――。

その言葉を裏付けるのが、『防災速報』のWebページにある『今すぐできる防災対策』という特設ページだ。

特設ページでは適切な避難情報などを掲載。日頃から防災に対する意識を高めて欲しいという願いがある。

このページでは、開発チームメンバー自らモデルとして撮影に参加し、アプリの有効的な使い方、緊急時の対処法などをまとめている。

「『防災速報』は災害発生地域の状況の伝達に特化していますが、それだけでは自分の命を救うための行動にはつながりにくい。ポリシーの達成のためには、どんな状況下でどのような行動を取れば自らの命を守ることにつながるのか、という事前知識についての啓発活動を行うことも、われわれの役目だと思っています」(杉本氏)

配信スピード向上のための日々の努力、災害に対する知識の習得、さらには自ら前面に立ちながら防災の意識を高めるための啓発活動。

彼らは、『防災速報』と『今すぐできる防災対策』には、それぞれ明確に違う役割分担があるととらえている。

「『今すぐできる防災対策』で、災害が起きた時にどのような行動をすべきか、ということを知ってほしいと思います。また『防災速報』で、何が起きたかを把握してほしい。速報だけでは人は何をしていいかわからず、知識だけでは災害発生時に正確な状況把握ができない。2つの情報が相互に補完しあうことで、いざという時に初めて役に立つ情報となると考えています」(北村氏)

2つの手段で人の命を救う目的を達成しようと努力を続ける開発チーム。彼らの今後の課題を聞いてみた。

ヤフーという組織の垣根も越えた活動も行いたいと最後に語った杉本氏(左)と北村氏(右)

「それはいかに多くの人に速報を配信するかです。『防災速報』のユーザーを増やすことも、そのための重要な手段の一つですが、方法はそれだけではないと思っています。スマートフォン版『Yahoo! JAPAN』のトップ画面への速報表示や、サービスを超えた速報表示も考えています。そうした、大手ポータルサイトとしての強みを活かした方法も今後実現していくつもりです」(北村氏)

ユーザーの思いに応えるため、自ら「アプリの開発者」という枠を飛び越えることもいとわない『防災速報』開発チーム。

そんな彼らの姿勢こそ、これからの時代を生き抜くエンジニアに必要なスタンスなのかもしれない。

取材・文/長瀬光弘(東京ピストル