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イグ・ノーベル賞受賞研究も輩出した『WISS』の革新的な学会の形とは【連載:五十嵐悠紀】

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天才プログラマー・五十嵐 悠紀のほのぼの研究生活
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筑波大学  システム情報工学研究科  コンピュータサイエンス専攻  非数値処理アルゴリズム研究室(NPAL)
五十嵐 悠紀

2004年度下期、2005年度下期とIPA未踏ソフトに採択された、『天才プログラマー/スーパークリエータ』。筑波大学 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻 非数値処理アルゴリズム研究室(NPAL)に在籍し、CG/UIの研究・開発に従事する。プライベートでは二児の母でもある

「研究者は10年後の未来を見据えて研究すべき」といった言葉をよく聞きますが、10年後の未来ではどんなデバイスが普及しているかも分かりませんし、どのように生活しているかも未知です。

そんな未来をいかに予想して、そして役に立つような技術を考案するのが研究者の仕事です。

しかし、実際には学会であっても、実用性や機能性が重視され、さらに実験によってその効果が証明されたものでなければ、採択されにくいのが現状です。

2012年度のイグノーベル賞を受賞したスピーチジャマー

『スピーチジャマー』は話者の聴覚に音声を遅延させて到達させることで、離れた場所から発話を阻害することができる

2012年度のイグ・ノーベル賞を受賞した産業総合研究所の栗原一貴氏と、現・はこだて未来大学の塚田浩二氏のおしゃべり妨害装置『スピーチジャマー』。

この研究も海外の学会に何度も英語論文を投稿したそうですが、査読に通ることはなかったそうです。

しかし唯一、この研究を「未来を変えるような可能性のある研究」と考え、採択した学会があります。それが『WISS』です。今回はわたしもかかわっているこのWISSについて、少し紹介します。

WISSは未来のユーザインタフェース技術見本市

WISSでは、誰も見たことがないような、それまでの常識では計り切れない革新的な研究が発表されてきました。

未来を予測したユーザインタフェース技術が発表されて、未来の社会の在り方について議論が行われる、そんなワークショップです。まだTEDもなかった20年も前から、「プレゼン重視!デモ命!」。その姿は20年が経った今でも続いています。

ネットワーク完全完備で、全員がノートPCを会場に持ち込み、チャットをしながら発表を聞く、という姿もWISSならではです。近年ではニコ生やUstreamを使い、ネット生中継も行っています。

そんなWISSからは、今現在、みなさんがよく使っているような技術がたくさん巣立っていきました。

■携帯電話の日本語予測変換
例えば、皆さんがお持ちの携帯電話。「あ」と押すと、「あした、朝、暑い」など、「あ」から始まる最近使った言葉が提示されますよね?

こんな日本語予測変換の先駆け、『POBox』を1996年にWISSで発表したのは、現・慶應義塾大学の増井俊之教授。ユーザインタフェース研究の第一人者として、エンジニアtypeでも紹介されています。
>> 『UI研究の第一人者・増井俊之が目指す「コロンブス指数」の高い発明とは?【連載:匠たちの視点-増井俊之】』

増井俊之のPOBox

『POBox』は使うほどにユーザの癖を覚え、極端な場合、1文字入力とカーソル操作で希望する文章の入力が完了する

『POBox』は増井氏の長年の研究テーマである「例示/予測インタフェース技術」と「テキスト検索技術」を融合したもので、ユーザから入力された文字をもとに、辞書に登録されている単語を検索したり予測したりして提示します。

1996年の発表後、PCだけではなく、携帯電話やPDA、スマートフォンなどのモバイル端末向けに広く普及していき、誰もが使う技術になりました。

マルチタッチの先駆け
今は街を歩けば、多くの人が手にしているスマートフォン。マルチタッチもめずらしくなくなりました。

SONY CSLのHoloWall

『HoloWall』は赤外線の反射を察知して手の動きに合わせた映像を投影している

そんなマルチタッチの先駆け SONY CSLの『HoloWall』も、「新しい原理の壁面型インタフェース」として、WISS 97で発表されました。

「Two-handed Interface」としてこの後普及する、地図ナビゲーションのユーザインタフェースなどもこの発表の中で提案されています。世の中の人が知るようになったのは、iPhoneが発表された2007年だと思いますが、その10年も前に提案された技術なのです。

紙に印刷したIDを利用したAugmented Realityの先駆け
『セカイカメラ』というスマートフォンアプリをご存じの方も多いでしょう。スマートフォン上で動作する拡張現実ソフトウエアですが、このような技術の先駆けと言えば、『NaviCam』が挙げられます。

暦本純一氏のNaviCam

拡張現実の先駆けとなっている『NaviCam』もWISSより輩出された発明の一つ

こちらも、Sony CSLの暦本純一氏によってWISS 94で”Augmented Interaction: 状況認識に基づく新しいインタラクションスタイルの提案 “として『NaviCam』の構想が発表されました。

当時の論文 (※PDFが開きます) を見ると、コンピュータとの新しいインタラクションスタイルを考察、そしてその概念に基づく試作システムを考案していることが分かります。

紙に印刷したIDを利用し、実空間にカメラを向けると、そこへ位置を合わせてモバイルディスプレイやヘッドマウントディスプレイ(HMD)上に文字情報を提示してくれるといった、Augmented Reality (拡張現実) の先駆けの研究です。

2次元バーコードで3次元が出現
もう一つ、Augmented Realityの先駆けをご紹介すると、同じくSonyCSLの暦本純一氏がWISS 96で発表した研究で、拡張現実のためのツールキット『AR toolkit』の元になった、“2次元マトリックスコードを利用した拡張現実感システムの構成手法”(※PDFが開きます)が挙げられます。

SonyCSLの暦本純一氏の、“2次元マトリックスコードを利用した拡張現実感システムの構成手法”

『AR toolkit』の元になった研究では2次元のバーコードをカメラが読み込む瞬間にカメラ位置なども計算され、3次元情報が合成される

カメラから見える2次元のバーコードを用いて座標系を推定し、そこへ3次元情報をオーバーレイ (合成して表示)することで、カメラ画像を見ている人にはあたかもそこに3次元物体があるかのように見える、といった拡張現実の技術です。3次元的に立体を横から見たり、上から見たりすることもできます。

この研究は、IKEAのカタログや、プレステのゲームなどに見られるように、現在広く使われている3次元拡張現実感技術の先駆けでもあります。

10年後の未来が見えるかも!?

WISSは、正式には「インタラクティブシステムとソフトウエアに関するワークショップ」と呼ばれ、毎年、地方都市で開催されています。2泊3日泊まり込みで議論する、というもので、ここで学生も若手研究者も大御所の先生方も一室に集まり、分け隔てなくさまざまな議論がされ、アイデアが出され、研ぎ澄まされていきます。

通常の学会は発表後の質疑応答のみで終わってしまいますが、発表中に並行して会場全員がチャットをすることで、辛らつな意見も含めて会場内のさまざまな意見を聞くことができます。

チャット画面を登壇発表者も見えるようにしておくことで、会場でのリアルタイムな疑問を盛り込んだプレゼンをする人も多いです。そのためのチャットシステムも、WISS独自のシステムを開発、使用してきました。

また、懇親会でも皆がPCやデモ機材を持ち歩き、議論をするのが常で、懇親会会場のそこら中でプレゼンが行われています。そこではワークショップで発表したものだけでなく、まだ構想段階のもの、少し実装を始めたものなども含めて、言葉通り「夜通し」議論されるのです。

また、新たなハードウエアが発売されると、それを用いて何かできないか、といった構想を練り出し、大人が子ども心に戻って、ハードをいじくりまわしながら、あーでもない、こーでもない、といった議論を交わします。

そして翌日には、デモシステムができあがっていたりする。そんな姿もWISSの特徴です。

今年WISSは20周年を迎え、記念イベントとしてアクセスの良い東京で、WISSのこれまでを振り返り、これからを議論する講演会イベント『WISSTokyo』が開催されることになりました。9月10日(火)と開催目前ですが、どなたでもお気軽に無料で参加できるイベントですので、ご興味のある方はぜひ足を運んでいただければと思います。

また、インターネット生中継もあるとのことですので、遠方の方はぜひそちらをチェックしていただければと思います。10年後の未来が見えるかもしれません!

>>2013年9月10日(火)開催『WISSTokyo』の開催概要・タイムテーブルなどはコチラ

ちなみに昨年『スピーチジャマー』が受賞したイグ・ノーベル賞には日本人受賞者も多く、ユニークな研究がたくさんあります。今年のイグノーベル賞受賞式は9月12日(木)。ご興味のある方はそちらも注目してくださいね。