トレンド Vol.832

イロモノで終わらない“うどんアーティスト”の情熱「人生もうどんも、どうなるか分からないから面白い」

プロゲーマー、ヴァーチャルアイドル、オンラインサロン主など、これまでになかった新しい仕事で活躍している人にフォーカス! どんな仕事で、どうやって稼いで、どんなやりがいがあるのか。そして、この先に描いている未来とは? 新時代の新しい仕事をのぞいてみよう!

音楽に合わせリズミカルに、舞うようにうどんを打つ。小野ウどんさんは、全国に出張しながらうどん打ちをパフォーマンスとして披露する「うどんアーティスト」として活動している。

社会人デビューは人材業界の営業職。もともとやりたいことがあったわけでも、うどんに特別な想いがあったわけでもない。そんな彼がうどん職人の新しい在り方を見つけるまでの軌跡を聞いた。

うどんアーティスト/プロ出張専門讃岐うどん職人 小野ウどんさん
うどんアーティスト/プロ出張専門讃岐うどん職人
小野ウどんさん
1990年生まれ愛媛県出身。国内イベントでは『FUJIROCK FES』『TEUCHIうどん総合格闘技』、海外ではNYエンパイヤステートビルでの手打ちパフォーマンスを成功させるなど、伝統技継承の新しい形を創出しているうどん界の異端児。現在浅草メルフクラフトを拠点に、外国人向けうどん体験や特技習得プログラム「浅草手打ち塾」などで手打文化普及を目指している。NHK、テレ朝などメディア出演実績多数
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うどんアーティストの仕事内容

出張のうどんサービスと手打ちのライブパフォーマンスがメイン。出張は多くて月10回程度。2019年9月からはワークショップも開始。他に週1で店舗「ウどんバー」にも立つ。

「どんなうどんをどのくらい作るのか考えて、季節や天気を踏まえた上でうどん生地の熟成時間を逆算し、スケジュールを立てます。稼働日数は少なくて、ライフスタイルはかなり自由。うどんを打っていない時間の方が圧倒的に長いので、その間に今後の展開を考えています。うどん一杯ではなく、パフォーマンスでお金を取っているからできるスタイルですね」(小野さん)

うどんアーティストの収入

月収:新卒1年目と同じくらい
メインの出張うどんサービスはパフォーマンスなしのプランで2万円から。時には1件15万円の案件が入ることもあり、案件により収入は変動する。

「お金に興味がなくて収入はあまり気にしていなかったんですけど、この3年間を振り返ったら全然伸びてないんですよ。プラスにしていかないと今と同じままなので、今年は経済面を考える1年にしたいと思っています」(小野さん)

なお、活動拠点にしている浅草の手打ち体験特化型スペース「メルフクラフト」は一軒家の1階。賃料は2階に複数の友人と住むことで補っているそう。「維持費の心配がなくなって、そのぶん本業で勝負できる。生活も楽しいし、オススメです」と小野さん。

うどん職人を目指したのは偶然。ダメなら次は蕎麦を試すつもりだった

うどんアーティストという耳慣れない肩書きを持つ小野さん。社会人デビューはうどんともアーティストとも全く関係のない、人材業界の営業だった。

小野さん

当時はやりたいことがなかったから、とりあえず力をつけるために厳しい環境に身を置こうと思いました。そしたら超ブラックな上に暴力的なパワハラもひどくて。3カ月くらいで辞めました。厳しさのジャンルが違いましたね。

退職後はいろいろ挑戦してみようとバイトを開始。同時に自己分析をするうち、「何かを極めたい」という想いが出てきたという。その時に頭に浮かんだのが「職人」というワードだ。

小野さん

もともと麺類が好きだったので、麺類の職人を目指してみようかなと。その中でうどんを選んだのはたまたまです。強いて言えば保守的な職人さんが多いから、フロンティアで戦うチャンスがありそうだとは思いました。ただ、「やってみて嫌だったら次は蕎麦を試そう」くらいのテンションでしたね。

会社を辞めたおよそ半年後には新宿の有名うどん店『慎』で修行を開始。特別な理由もなく、偶然選んだうどんが小野さんの人生を変えた。

小野さん

うどん作りは暗闇を歩いているような感覚なんです。最初にゴールを見て、よーいドンで目をつぶって、ゴールの瞬間に目を開けるような。茹で上がった最後の瞬間まで味がわからないから、想像し続けるしかない。

うどんアーティスト/プロ出張専門讃岐うどん職人 小野ウどんさん
小野さん

それに、同じうどんは二度と作れない。自分は「うどんは人」だと思っていて。同じ生地でも、2つに分けて打ち始める瞬間が変われば、一卵性の双子みたいに「似てるけど違ううどん」になるんです。うまくいってもいかなくても、それぞれの楽しさがあります。

『慎』で1年間、その後水天宮の『谷や』で修行を重ね、お店に下ろす製麺所で手打ちを学びながら、同時に『谷や』の師匠から出資を受けて店舗をオープン。一時期はさらに掛け持ちで『丸亀うどん』や『はなまるうどん』といったチェーン店でも働いた。

小野さん

早い時は製麺所で朝2時から生地を仕込み始めて、自分で配送し、そこからお店に立っていました。別の日は朝4時から仕込み始めてお店に出つつ、チェーン店でバイトもしていて。当時の生活はかなりエグかったですね。1社目でひどい環境への耐性がついていたので、死にかける経験って大事だなと思いました。

こうして2016年4月に3年間の修業期間に区切りをつける。今後について考える時間を確保しつつ資金を貯めるために始めたのが、うどんの出張サービスだった。

小野さん

うどんはスポーツと一緒で、やらないと鈍るんです。だから家で作ってたんですけど、どんどんできるからとても消費できなくて。練習ができて、かつ誰かにうどんを振る舞える方法はないか考えた結果、出張に至りました。

そしてこの時、「うどん×音楽」のアイデアが生まれた。

小野さん

家で音楽を流しながらうどんを打っていた時、途中で曲が終わるのが気持ち悪くて。それに「すかし打ち」という製法はリズムで打つので、どうせなら音楽のリズムも合わせた方が気持ち良い。

それで一曲の中でうどんを打ち終えられる“うどん楽譜”を作ったんです。尺や間奏の取り方、最後の盛り上がりなど、うどんを打つのに適した曲になっていて、これがパフォーマンスの始まりになりました。

もともと学生時代にバンドをやっていた小野さん。最初は遊びで始めたうどんパフォーマンスだったが、音楽関係の知り合いからアドバイスをもらいながら、今のスタイルが確立されていった。

小野さん

このPVは2017年に撮ったんですけど、「髪の毛が落ちるのでは?」という声があって、今は結んでいます。食品だから清潔感や衛生面は担保しないといけないけど、かといってパフォーマンスは妥協したくない。尖りながらも、世の中に合わせるところは合わせていきたいという姿勢でやってます。

唯一無二ゆえに学ぶ先がない。ただ、大抵のことはなんとかなる

パフォーマンスは「斬新」「面白い」と始めた当初から好評を博し、すぐにうどんの出張サービスだけで生活ができるようになった。原付バイクで大量の荷物を持って出張に行くことに限界を感じ、間もなく車を購入。荷物の積み入れの手間と経費を削減するため、車に住む生活を半年続けたこともある。

小野さん

誰もやっていないからこそ面白いけど、その代わり学ぶところがない。自分でアイデアをかき集めてつくっていくしかないので、そういう点では苦労しましたね。例えば、うどんを切るデカイ包丁は持ち運び用のケースがなくて。試行錯誤の結果、今はキーボードケースを使っています。

『FUJIROCK FES』などの大きなステージでパフォーマンスをする機会にも恵まれたが、ここでも初めてだからこその問題に直面した。

小野さん

衛生の関係で、肝心のうどんをお客さんに振る舞えないことも多いんです。FUJIROCKでやった時も、できたうどんは裏方のスタッフに配るしかありませんでした。それはちょっとやるせなかったですね。

うどんアーティスト/プロ出張専門讃岐うどん職人 小野ウどんさん

これまでで最も印象に残っているのが、クラウドファンディングで資金を募って実現したニューヨークのトランプタワー前でのパフォーマンスだ。その日は奇しくも各国首脳が集まるタイミングで、超厳重体制。人が少なく警備が手薄な早朝に、ゲリラ的にうどん打ちを決行した。

小野さん

後ろには銃を持った警備員がいて、射殺されても何も言えない状況でした。「麺の乱れは心の乱れ」って言うんですけど、完成した麺はめちゃくちゃ乱れてて。それぐらい緊張してましたね。うどんで死の危険を感じる、貴重な経験ができました。

うどんアーティスト/プロ出張専門讃岐うどん職人 小野ウどんさん
ニューヨーク遠征で行ったゲリラうどん打ちの様子(トランプタワーとは別の日)
小野さん

これはうどんを通じて気付いたことですが、踏み込む勇気を出してやれば、大抵のことはなんとかなるんですよ。今は情報量が多すぎてやらない理由がすぐに見つかってしまいますけど、結局はやらないと何も分からないことを実感しています。

「うどん打ち=かっこいい」を広めるのは、自分だからできること

うどんアーティストの活動に対して「仕事という感覚はない」と小野さん。これまでにやってきたうどん打ちを面白く見せている感覚なのだという。

小野さん

気持ち良くうどんを打って、気持ち良く食べてもらえて、おいしいって言ってもらえて、良いことずくめですね。うどん一杯ではなく出張パフォーマンスでお金をもらっているので、ロスが出づらく、かつ常に最高の状態のうどんを出せる。完全にストレスフリーです。

近い未来、職人と同じ味のうどんが打てる“うどんロボット”が誕生する可能性は高いだろう。小野さん自身、「機械の方が味は安定すると思う」と話す。それでも彼が手打ちを重視するのは、自分自身が手打ちのすごさを信じているからに他ならない。

小野さん

今後も機械にない手打ちの良さを考え続けて、手打ち文化を日本に残し続けたい。それはもう、理由があるものではないですね。人間が気を入れながらうどんを打つ姿は、機械にはない面白さがある。見て楽しむという部分では負けないと思っています。

うどんアーティスト/プロ出張専門讃岐うどん職人 小野ウどんさん
「もっとうどん打ちをエンタメ化したい」と小野さん。今年は2018年に行った「TEUCHI-うどん総合格闘技-」の2度目の開催を予定している。

小野さんにとってパフォーマンスは「唯一無二を体感できる気持ち良さがあって、めちゃめちゃ楽しい」もの。だけど一番好きな瞬間は、やっぱりお客さんが「おいしい」と言ってくれる瞬間だ。

小野さん

パフォーマンスは相手の「おいしい」って反応があってのものです。仕事には「やりたくないけど需要はあって、お客さんが喜ぶこと」と「自分が面白くて、お客さんも喜ぶこと」の2通りがあって、目指すべきは後者。自分がドヤ顔できて相手も喜んでくれるような関係性が一番良いと思っています。

うどんを打ち始めて今年で6年目。やりたいことも、うどんへの思い入れもなく、出身は香川の隣の愛媛で、特別な縁があったわけでもない。そんな小野さんが今の道にたどり着けたのは、「うどんでやっていくと決め付けたことが大きい」と振り返る。

小野さん

うどんじゃない理由はいくらでも考えられるし、なんならラーメン好きですけど、うどんが面白いと思ったんだからそれでいこう。そう決めて他の選択肢を捨てたら、より面白くなっていったんですよね。これからもうどんでやり続ける限りは全ての経験が積み重なっていくと信じています。

うどんアーティスト/プロ出張専門讃岐うどん職人 小野ウどんさん
小野さん

今は何かを身に付ける時に手軽さが求められていると思うんですけど、手軽であるほど付け焼刃になる。職人の修行って無駄な積み重ねもありますけど、本当にやるべきことだけを積み重ねていくのが、何かを身に付ける上で一番良いやり方なんだと思います。

うどんアーティストを名乗り、一風変わったことをしていても、やっぱり芯は「うどん職人」だ。小野さんがただのイロモノで終わらず、うどんアーティストとして認められているのは、職人としてのプライドがあってこそなのだろう。

小野さん

これまで仕事を一通り覚えると飽きてしまうタイプでしたが、うどんは際限なく新しい発見がある。人生はどうなるか分からないからこそ面白いと常々思っていて、だから茹で上がる瞬間までどうなるか分からないうどんに面白さを見出したような気がします。

これから先も「うどん以外のことをやるつもりはない」と小野さん。目指したいのは、うどん職人の価値を上げること。「ラーメン店みたいに、うどん職人にスポットを当てたい」という。

小野さん

最近はパフォーマンスを見て「かっこいい」と言ってもらえることも増えてきて、うれしいですね。「うどん打ちがかっこいい」という新しいイメージをつくって、それを世の中に広める。それは自分にしかできない価値のつくり方なのかなと思っています。

うどんアーティスト/プロ出張専門讃岐うどん職人 小野ウどんさん
小野さん

同時にうどん打ちを教える「手打ち塾」を開いて、うどん職人を増やしていきたいです。そうしたら自分は海外をぶらぶらしながら、うどんを打ちたいですね。少年ジャンプで育ったし歴史上の人物も好きなので、ヒーロー願望というか、かっこいい人に憧れがあって。困ってる人にうどんを振る舞うような「うどんヒーロー」になれたら気持ち良いだろうなと思っています。

取材・文/天野夏海 写真/本人提供

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