壁を乗り越えたあの瞬間 スポーツキャリアの転機

第一線で活躍するビジネスパーソンは、自ら転機を作り、自立したキャリアを歩んでいる。さらに過酷なスポーツ界で勝ち残る選手は、どうやって壁を乗り越え、キャリアを積んできたのか。厳しい世界で生きる彼らから、そのタフさを学ぶ。 《2007年10月号より抜粋》
第6回 プロフリークライマー 小山田 大 Dai Koyamada
小山田 大
こやまだ・だい 1976年生まれ、31歳。高校卒業後にプロを目指して上京。1996年に全日本選手権有明大会優勝。しかし2000年、自然の岩場のみでの活動へと転向。難易度の高いルートを軒並み制し、名実ともに世界のトップクライマーに

大きな選択を目の前にしたときこそ 自分の原点に立ち返る


「僕、指輪のサイズが35号なんですよ。岩をつかむように筋肉がついているから、平らなところで手を広げると、まっすぐに広がらない。これは職業病ですね(笑)」

プロフリークライマーの小山田大は、笑みを交えながら自身の手を広げて見せた。その指はどっしりとした厚みがあり、人並み外れた腱や筋肉の発達が見て取れる。まさに世界をつかんできたことを物語る貫禄ある指だ。

小山田がクライミングを始めたのは15歳のとき。

「家から自転車で2時間くらい離れた山場で、地元の山岳会の方と遭遇したんです。彼らが岩登りを始めたのをじっと見ていたら、道具を貸してくれて。見様見真似でやってみたものの、これが全然登れない。とにかく登りたい一心で、何回もその岩場に通いました。それから岩登りの魅力に取り付かれて、独学で登り始めたんです」

当時、クライミングの認知度は低く、練習施設は皆無に等しかった。それでも小山田は石や木材を使って、オリジナルの壁やホールドを作製し、1人で岩登りの感覚をつかんでいった。そうするうちに「やるからには一流にならないと意味がない」と、高校卒業と同時にクライミングが盛んな欧州へ渡って経験を積んだ。

そして、帰国後に臨んだ1996年の全日本選手権・東京有明大会で、トッププロとして独走していた平山ユージ相手に優勝を果たす。これをきっかけに、「小山田大」の名は一気に世間の知るところとなる。その後、出場するコンペで次々と優勝を飾り、スポンサーも獲得。一見、順風満帆に思えるが、小山田は当時の気持ちをこう振り返る。

「クライミングが好きなことに変わりはありませんでしたが、『自分からクライミングを取ったら何が残るのか』、そう考え始めたら焦燥感を覚えたんです。世界的な大会で勝つとか、有名なルートに挑戦するとか、とにかくプロのクライマーとして食べていくためにどうすればいいのか必至で考えました」

己のなかにある不安を払拭するために、自分の未来像を描きながら、そこに辿り着く方法を何度もイメージしては実行に移す。これを繰り返すことで、小山田は「クライマー」としてのキャリアを磨き、プロとして着実に歩みを進めていったのだった。

しかし、コンペに出場すればするほど、小山田はある違和感を覚え始めた。

「コンペは人工の壁を登って、人と順位を競い合うのですが、自然と対峙する岩登り≠ナはないんですよ。プロとして活動するならコンペはとても大事なんですが、何となく自分がやりたいクライミングは違うんじゃないか、と思い始めたんです」

技を極めるうちに、15歳のときに必死で登った岩場の感触が遠ざかっていくのを感じていた。

そして2000年、自分の原点に気づいた小山田は、コンペから自然の岩場のみでの活動へ転向するという大きな決断を下す。それは、コンペで優勝するよりはるかに険しい道のり。誰かが新たなルートを開拓したら、それを超えなければならない。世界中に岩が存在する限り、その挑戦は終わらない。

だが、小山田は緻密な現場分析とトレーニングを重ね、まずは国内のハードルートを次々と開拓。2004年には、オーストラリアで世界最難課題ルートを世界で唯一完登。「The Wheel  of life・V16」とルートを命名するまでに至った。

この出来事は世界各国のクライミング誌に取り上げられ、いくつかの企業も興味を示した。転向後もスポンサーが付くなど名実ともに世界のトップクライマーの仲間入りを果たした小山田。

「あのとき、周囲の反対を押し切って、自分の原点である自然の岩場でのクライミングを選択して本当によかった。何かを長く続けるには、純粋なモチベーションを持ち続けることが一番大事だから。確かに『慣れ』が生じてくると、達成感を味わうためのハードルが高くなる。『嬉しい』という気持ちが滅多なことでは味わえなくなることもあるんです。だから険しければ険しい道のりほど挑戦したくなる。その気持ちが、さらなる高みへと自分を押し上げてくれるんです」

「岩登り」という原点にこだわり続ける31歳は、これからも前人未到の世界の難所へ挑み続ける。

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