芸人 / 若林正恭さん
1978年生まれ。2000年に高校の同級生である春日俊彰さんとお笑いコンビ『オードリー』を結成。08年『M-1グランプリ』2位。24年2月『オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム』 を開催。約16万人が視聴し、世界一観られたお笑いライブとしてギネス世界記録に認定。バラエティ番組を中心に活躍する他、『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(文春文庫)『ナナメの夕暮れ』(文藝春秋)などの書籍を執筆
「好きで向いてること」を
伸ばしていった先に、
未踏の場所があるのかも
僕、お笑いの仕事がなかった20代の頃の記憶が今でも強く残っているんですよ。
社会に参加できていない感覚が本当にしんどくて、自分の輪郭みたいなものがどんどん曖昧になっていく。僕は人見知りだったり一人行動が多かったりするけど、結局のところ人間は社会的動物で、自分もそこからは逃れられないんだなと思ったんです。
30代でテレビに出るようになってからは、いろんな種類の仕事をしました。10年くらいかけて向き・不向き、好き・嫌いが分かってきて、絞られていき、「相方の春日(俊彰)としゃべる」に集約された結果が今。
振り返ると、「好きで向いていること」「好きだけど不向きなこと」「嫌いだけど向いていること」「嫌いで不向きなこと」の中で、「嫌いで不向きなこと」だけはマジで上達しなかった。この間部屋の掃除をしたら、13年前の日記が出てきて「クイズを外したときのリアクションができない」って悩みが長々書いてあったんですよ。同じ悩みをついさっきも考えていて、マジかと思いました(笑)
ただ、残りの三つは緩やかながらも成長を続けている。次第に仕事の合う・合わないが分かってきて、その先で出会ったのが、僕たちがパーソナリティーをしているラジオ『オードリーのオールナイトニッポン』のリスナーやスタッフ、番組に協力してくれている企業の方たちで。リスナーが東京ドームで働いている縁もあって実現したのが、2024年2月に東京ドームで行ったライブでした。
この先も「好きで向いてること」を伸ばしていった先に、未踏の場所があるのかもしれない。そこを見てみたいっていう気持ちはありますね。
「ただ、たまには合わないこともやらないとなって思うんですよ。時にはスベらないと、わがままになっていく気がして。だから『どうやんだっけな〜』って思いながら『スクール革命!』(日本テレビ)に出続けています」(若林さん)
”「仕事が自分に合っている」って、とても幸せなことだと思うんです。
幸せって元々「仕合わせ」って書いたらしいんですよ。アドレナリンがドバドバ出る仕事も気持ち良いけど、僕は「自分に合っていることを丁寧にやったな」っていう帰り道が一番好きで。
いい仕事をしたってはっきり思わなくても、自分にぴったり合っていて無理なくやれるのは「いい仕事」なんじゃないかな。
向いていないことをやるのは、無理をしているからか疲れちゃう。例えば、興味のないVTRを笑顔で見ているときとか(笑)
そう考えると、今の僕はだいぶ幸せ。人の話を聞くのが好きなので、仕事でそれができるのが面白いんです。
最近ではお笑いだけでなく、企業が持っているヒット商品の開発秘話や最新技術など、いろんなテーマで話を聞く機会がありますけど、普段はお笑い芸人にしているような質問をトレースしているんですよ。自分に合ってる仕事だと幅が横に広がっていくんだなと思います
ただ、自分が人に興味があるタイプだって自覚したのは、ここ5年くらいのこと。テレビプロデューサーの佐久間(宣行)さんが「若林君が繰り出す質問って面白いよね」と言ってくれて、『あちこちオードリー』(テレビ東京)という番組が始まりました。
思えば10年以上前にウッチャンナンチャンの内村(光良)さんと食事をした時も、「お笑い雑誌のライターみたいだな」って言われたことがあって。聞きたいことだらけでめっちゃ質問したんですけど、それが自分の特性だとは気付いてませんでした。
要は、強みって自分に合い過ぎていて自覚できないんですよ。だから僕は今でも先輩や後輩と話すのが好きですね。「お前ってこういうやつだよな」って教えてもらうことで、自分で考えるより広範囲のことが分かります。
誰と出会うかが人生を彩り、仕事はその入り口になると考えれば、根源的に「働く=人間」であるような気がしますね。
「仕事の大小ではなく、働くこと自体が僕は好きです。春日は『子どもが成人するまで休みたい』って言ってたみたいですけど、僕は『働くっていうのはいいもんだよ』っていうのを娘に見せたいですね」(若林さん)
”夢っていうのは、
描く範囲が決まってないことが
大事だと思う
今は自分に合ってる仕事を見つけるまでチャレンジできるムードがありますよね。
一つの会社で死ぬまで働く時代でもないし、嫌なことに歯を食いしばって耐えなくてもいいのかなって思うところもあって。
そういう世の中で、経験を積む過程で見えてくる向き・不向き、好き・嫌い、そして合う・合わないに応じて転職できるのは、楽しいことだと思うんですよ。
僕にとっては、アイドルグループの番組でMCを経験したのが、ある種転職に近かった気がします。
自分よりだいぶ若い人たちと接する仕事も、「この子はこれが得意そうだから振ってみよう」みたいに自分が采配する仕事も初めてだったんですよね。40歳を過ぎたっていう年次もあって与えられた仕事だと思いますけど、そこでまた新たな発見がありました。
この歳になると良くも悪くも、最大限と最低限が見えてくるんですよ。
20代の頃は時間も夢もめちゃくちゃあって、可能性に蓋がないから、「地上波のゴールデンで冠番組が持てるんじゃないか」「憧れのレジェンドみたいになれるのかな」みたいに、そこに向かって傷つきながらも夢を膨らませている状態でした。
テレビに出始めてからも、「独自のセンスがあると思われたい」って考えにとらわれて、上ばかりを見ている時期があった。
でも今は現実が見えてきちゃったんですよ。夜見る夢みたいなもんで、夢っていうのは現実から離れていて、範囲が決まってないことが大事だと思うんです。だからおじさんは夢が見られなくなる。
だから、東京ドームライブは久々に未知のところに足を踏み入れた感覚でしたね。「まだこんな場所があったんだな」って久々に思いました。自分で言うのもなんですけど、前人未到ですから。
「怖い」と感じるのは、
「真面目」な状態だと思う
転職には不安や怖さもあると思うんですけど、その気持ちって大事だと思います。
僕の同期に30歳過ぎで芸人を辞めたコンビがいるんですけど、一人はめちゃくちゃ英語の勉強をして今ではヨーロッパを駆け巡り、もう一人は塾の講師になって校舎数を増やしています。聞いたら、お笑いはキャリアとして認められないことが多いから、その状況が怖くて英語を勉強したり、講師の仕事を頑張ったりしたらしいんですよ。
僕らが東京ドームライブをやった時も、怖かったです。結果として成功したけど、お客さんが入らなかったり、「面白くなかった」って叩かれたりする未来も全然あった。それがとにかく怖かったから、みんなでめっちゃ話し合いました。
要は、怖いって「真面目」な状態だと思うんです。逆に、仕事を変えることに恐怖がないとしたら、そっちの方が大丈夫かなって思っちゃう。怯えるからこそ、努力できるんじゃないでしょうか。
転職が不安なのは
”健全なこと。
その気持ちがあれば
努力できるはず