仕事の達人

株式会社インテリジェンス
代表取締役社長
鎌田 和彦氏
profile
1965年生まれ。慶應義塾大学文学部在学中から学生ベンチャー企業に参加。卒業後はリクルートコスモスを経て、1989年、インテリジェンスの設立に参画、取締役に就任。1999年4月より現職。2000年4月、上場を果たす。
「インフラとしての人材サービス」を提供する
真のパブリックカンパニーを目指して
「社会に貢献できる事業を」という志を抱いて、4人の若者が作った会社。 インテリジェンスと名付けられた未知なる箱は、総合人材サービスの大手へと成長した。 積極果敢な挑戦を経て、次なる高みへ。会社の成長と共に歩んできた鎌田和彦社長の足跡を追う。
柔軟な発想とスピーディーな実行力で、積極果敢なチャレンジをしかけ続ける若い会社。インテリジェンスという会社に、多くの人はそんなイメージを抱いているのではないだろうか。
今や総合人材サービスの大手として、確かな評価を得ている同社も、もともとは20代の若者4人が立ち上げたベンチャー企業。社長の鎌田和彦氏も創業メンバーの一人だった。
自分たちの理想を実現しようと、知恵をしぼり、仲間と議論し、前へ前へと走り続けた氏の足跡は、そのままインテリジェンスという会社の成長とシンクロしている。 「インテリジェンスを、本当に世の中から尊敬される企業にする。それが自分の使命だと考えており、それは自分の人生にとっても有意義なこと。そのなかで、経営者として学ぶことは多く、まだまだやるべきことがたくさんあると思っています」
何をやるかも決めぬまま24歳で仲間たちと企業
もともとは、「ビジネス志向なんて全然なかった」という鎌田氏。大学は文学部に進学し、社会学を専攻。将来は社会学者になろう、と考えていたからだ。 「といっても、学者なら束縛されずに自由にやれるんじゃないか、という勝手な思い込みからで、入学してすぐに無理だとわかりました(笑)。とにかく、自分がビジネスをやるなんて、考えてもいなかった。それがたまたま友人にそそのかされて、学生が立ち上げたベンチャー企業で働き始めたんです」
アルバイト気分で始めたイベント企画の仕事。これがハードだった。当時はまだめずらしかったポケベルを持たされ、昼となく夜となく呼び出される。あまりの厳しさに、新たに入ってきた学生たちが居着かず、鎌田氏は「ずっと一番下っ端」だったという。 「やってられないよと思ったり、授業中でもポケベルで呼び出される自分をちょっと格好良く感じたり(笑)。でも、大学3年生の頃には、自分で仕事をとってくるまでになっていました」
インテリジェンスの創業メンバーの一人であり、現在同社の会長を務め、USENの代表取締役社長である宇野康秀氏と知り合ったのもそのベンチャー企業だった。そして、鎌田氏にとって、基本的な商売の仕組みや仕事の厳しさを身をもって学ぶ原体験となった。
学生時代からビジネスの世界に足を踏み入れた鎌田氏だったが、「一度きちんとビジネスプロセスを学びたい」と就職を選択。1988年、リクルートコスモスに入社し、資産運用部に配属となった。 「入社当時から、いずれは経営を、と何となく考えていました。同じ会社に入っていた宇野を中心に、そんな仲間が4人集まって、『将来チャンスがあれば、この4人で何かやるのもいいよね』なんて話をしていたんです」
そのチャンスは突然やってきた。メンバーの知人である美容師が外苑前に出店するにあたり、余剰スペースの借り手を探しているという話がとびこんできたのだ。「じゃあ、4人で何かやろう」。89年、こうしてインテリジェンスが誕生したのである。 「インテリジェンスという社名にしたのは、何をやっても使えそうだから(笑)。当時、何をやるかは重要じゃない、なんて言っていましたね。どうあるかが重要なんだ、と。何をやるともなくスタートして、唯一あったのが、『社会に価値ある何かを残す』という思いだけでした」

