営業で大切なことはすべて自衛隊で教わった~ヒラ入社から7年で社長になった男の“どこでも使える”必勝戦術
やむにやまれぬ事情での転職や異動などにより、期せずして営業職に就いているという人もいるのではないだろうか。畑違いの仕事をしていた人にとって、ひょっとしたら営業の仕事は腰掛けであり、結果が出なくても仕方がないものなのかもしれない。しかし、業種や職種の垣根を越えても通用する汎用的なスキル、「ポータブルスキル」を持っていればその現状は変わるはずだ。
「今の仕事に自衛隊で学んだことが活きている」――そう話すのは、インターネット広告事業を行っているアキナジスタの代表取締役社長・小林祐介氏だ。
陸上自衛隊を退職後、いくつかの職を経て、2008年にアキナジスタに入社した小林氏。入社の時点では、インターネット広告どころか、ExcelもPowerPointも名前だけしか知らないという状態だったにもかかわらず、わずか1年で課長に昇格した。その後も順調に出世街道を駆け上がり、ついに15年6月、代表取締役へと上りつめた。
7年という驚異的なスピードでサラリーマンとしては最高の階級章を獲得した彼の、立身出世の裏側には、自衛隊で身に付けたポータブルスキルが大きく役立っている。小林氏が自衛隊ライフで得た、熾烈な営業戦線を制圧する必勝戦術を聞いた。
自衛隊で身に付けた3つのポータブルスキル
小林氏がいち営業マンから社長の座を掴むに至った原動力には、自衛隊で身に付けた以下の3つの力がベースになっていると明かした。
【1】常に有事を想定する「先読み力」
そもそも有事の際に国の平和と安全を守るのが、自衛隊の本懐だ。当然、あらゆる訓練が常に最悪の事態を想定して実施される。その地道な訓練が有事の際にどれだけ威力を発揮するかは、先の震災などでの自衛隊の活躍ぶりで実証済みだろう。
「営業に置き換えるなら、事前準備の徹底ですね。僕の場合、プレイヤー時代、お客さまとのファーストコンタクトは電話が中心でした。ここでどうやって精度の高いアポを1件でも多く獲得するか。僕が行ったのが、10時始業のところを8時に出社して、その日電話する会社のことをくまなく調べ上げることでした」
先方の課題を仮説立てし、その解決策を準備する。相手の断り文句も先読みした上で切り返しのトークをシミュレートする。人の少ない朝のオフィスで、愚直にあらゆるケースを想定し万全の対策を練った結果が、小林氏をトップセールスへと押し上げた。
「自衛隊では常に仮想敵を想定した日々を送っていました。まあ、お客さまは“敵”ではないんですが、相手の出方に対応した動き方の訓練をするという意味では、自衛隊も営業も、同じなんですよね」
【2】決して言い訳をしない「自責力」
「上官から言われて最も記憶に残っているの『言い訳はケツの穴』という言葉です」
自衛隊では、時に上官から理不尽な叱責が飛ぶこともある。それでも、言い訳は厳禁だ。上官から叩き込まれた、「言い訳をすることは、他人に恥部を見せるのと同じくらい恥ずかしいこと」という考え方が、すっかり逃げ癖の染みついていた小林氏の性根を根本から叩き直した。
「営業をしていると言い訳をしたくなることってありますよね。例えば、営業締めで数字が足りないとき、つい『まだタイミングじゃないから』『先方サイドの稟議が通るのに時間がかかるから』など申し込みが間に合わないのを顧客のせいにしてしまったりとか。でも、本来ならそれも踏まえた上で早めにクロージングをかけるなど、いくらでも打ち手はあるはず。結局、言い訳って自分の成長機会を逃すだけなんですよね」
【3】常にできない人のことを第一に考える「連帯責任力」
自衛隊では、何かペナルティを受けるときも全て連帯責任。自分が手を抜いたりミスをすれば、周りに迷惑が掛かる。気付けば自然と個でなくチームを第一に考える習慣が小林氏に備わっていた。
「延々と続く腕立て伏せを何とかギブアップせずにやり遂げることができたのも、周りを見たら他のみんなも死にそうな顔をしながら耐え抜いていたから。営業シーンでも、気持ちが折れそうなとき、頑張っている他のメンバーの姿に励まされることはよくありますよね。あと、僕はよく“チームビルディングは大砲なんだよ”と言ってるんです」
小林氏は教育期間終了後、大砲班に配属された。よく映画やアニメで見かける大砲だが、射撃は6人がかりで行うのだという。演習で問われるのは、いかにシミュレーション通りの位置に着弾できたかだ。ひとりでもミスをすれば部隊の全滅を引き起こしかねない。だからこそ、慎重さに欠ける者、大舞台に弱い者、チームメンバーの弱点を含めた性格をしっかり把握し、それをカバーする体制をチームであらかじめ構築しておくことが重要だと小林氏は学んだという。
「特にこれが活きたのは、マネジャーになってから。チームで成果を出そうと思ったら、できない人をほっておいてもダメ。できない人をいかにフォローして全体でレベルアップを図るかがマネジャーの手腕なんです」
自衛隊は、弱い自分を変える「更生施設」だった
高校卒業後、自衛隊へ入隊した小林氏だが、意外にも体育会系人間というわけではなかった。むしろ自他共に認める怠け者体質で、高校時代も朝起きて気が向かなければ学校に行かないという体たらくだった。しかし、進路選択を前に一念発起。今までのだらしない自分と決別を果たすための「更生施設」として自衛隊を選んだのだという。
「もちろん体も逞しくなりましたが、一番鍛えられたのは精神力。ついつい楽な方向に流れてしまう甘ったれの自分が、初めて全力を出せたのが、自衛隊で過ごした2年間でした」
自衛隊の1日は朝のラッパから始まる。けたたましいその音に叩き起こされるように起床。そこからものの数分で支度をすませて、転がるように整列点呼に駆けつける。もし間に合わなければ、朝から早々上官の怒号が飛ぶ。18歳で自衛隊に入隊した小林氏を待っていたのは、そんな絵に描いたような過酷な日々だった。
「特に厳しかったのが、入隊から半年間の教育期間。何キロ走るか事前に知らされない走り込みに筋トレや匍匐前進など、基礎的な訓練を毎日繰り返していました。中でもハイポートといって、装備をした上で銃を持ってひたすら走る訓練があるのですが、あれは地獄でしたね。ヘルメットも鉄製なので、熱がこもるんですよ。中には途中で倒れたり吐いたりする人もいました」
上下関係や規律の厳しさは、並の運動部の比ではない。起床後、自分の片付けたシーツや毛布が少しでも乱れていると、ベッドごと外へ放り投げられたこともあるという。さらにブーツが汚れていたり、服にアイロンがかかってないと叱られては、ペナルティとして腕立て伏せを1時間。共に入隊した同期の中には、血を吐くような毎日に音を上げ、脱走した者もいたという。
「僕も辞めたいと思ったことは何度かありました。それでも逃げなかったのは、ここで負けたらカッコ悪いなと思ったから。僕は、今までの自分を変えるために自衛隊に入ったんです」
日々の地道な営業も、ラスボスを倒すためのレベル上げだと思えば苦にならない
自衛隊での日々を通じ、強固なメンタルを手に入れた小林氏だが、組織を率いる上で、誰もがそんな特殊な経験を積んでタフな精神を持ち合わせているわけではないことも十分に分かっている。だからこそ、まず重要なことは、モチベーションのコントロールだと指摘する。
「大事なのは、なぜ自分はこれをやっているのか、目的が腹落ちできているかなんですよね。電話営業にしても飛び込みにしても、無目的に繰り返していたら心がすり減るだけ。だからまずは会社の全体像を掴むことから始めてみるといいと思います」
今、会社はどこに向かっていて、その達成のために与えられた自分のミッションは何なのか。それが分かっていれば、自分を使い捨ての傭兵のように感じることはない。
「要は敵の本拠地を見定めることです。敵陣がどこかも分からないのに無闇に突撃をしても戦いには勝てません。狙うべき敵に標準を合わせ、トリガーを引く。そうやってひとつひとつ目標を撃破していくことで、少しずつ周囲の評価も上がっていくし自信も高まっていくんじゃないでしょうか」
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取材・文/横川良明 撮影/佐藤健太(編集部)
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