キャリア Vol.431

‟めっちゃ儲けた”歴史的偉人の共通点って何? 歴史コメンテーター・金谷先生に聞いてきた

「営業になったからには、ガンガン売って成績を上げてめっちゃ稼ぎたい!」と闘志を燃やす営業マンは多いはず。では、‟めっちゃ稼ぐ”人になるためにはどうすれば良いのだろうか。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という名言に倣えば、歴史上でとにかく儲けた偉人たちに共通するマインドや仕事術は、現代の営業マンにも参考になるはず。

そこで、独特のキャラクターでお茶の間の人気を博す、歴史コメンテーターの金谷俊一郎先生に、注目すべき3人の“めっちゃ稼いだ”偉人と彼らに共通する成功セオリーを聞いてきた。

歴史コメンテーター 金谷俊一郎氏

歴史コメンテーター 金谷俊一郎氏

1967年、京都府生まれ。91年より25年間以上東進ハイスクール日本史科講師を務める。現在は歴史コメンテーターとしても多数メディアで活躍中。ビジネスマン向けなど様々なジャンルにて全国で講演会も行う。また、学習参考書のみならず、一般書も多数執筆。8月29日には新刊『マンガで攻略!はじめての織田信長』(白泉社)を発売予定。

歴史的営業マンに学ぶ、3つの成功セオリー

——金谷先生はじめまして! 日本史の中でも、「現代を生きる営業マンにとって特に参考になる偉人」を3人教えてください。

こんにちは~。まずは、とにかく儲けて成功した人の共通点をお教えしましょうか。

≪‟めっちゃ儲けた”歴史的偉人の共通点≫
1.新人時代は、「言われたことをしっかりやり抜く努力」+αの工夫で基礎を築く
2.既存の価値観を捨て、時代を先読みしてチャレンジする
3.「自分さえ良ければ良い」という発想を捨てる

それでは、“めっちゃ稼いだ”3人の話を紹介しながら、この共通点を解説していきます。

安田財閥の創設者:安田善次郎(1838年~1921年)

やすだ

画像元:wikipedia

1人目は安田善次郎さんかな。現代のみずほフィナンシャルグループへと発展していく安田財閥の礎を築いた人です。

——明治安田生命の‟安田”ですか?

そうそう。あと東大安田講堂とかね。安田は、富山の下級武士の子でした。しかも、もともとは農家だった安田の父親が、武士の階級をお金で買ったんです。

——武士ってお金で買えるんですね。じゃあその成金武士の跡継ぎで出世しちゃうわけですか?

それが違うんですよ。武士といっても下級だから、お父さんは上級武士に対して土下座とかもさせられるわけです。この時代は階級社会だから。安田はその姿を見て奮起して、20歳で江戸に出ることにしました。

——下級武士でも跡継いじゃえば、そこそこ良い感じに暮らせそうなのに。よっぽど許せなかったんですかね。

そうですね。安田は江戸の両替商で奉公人となって、金融の仕事を学びました。一日も早く独立して商人として身を立てようとしてたから、それはよく働き学んでいたそうです。そうして、後に安田銀行(現みずほ銀行)になる両替商を設立して、大成功を収めるわけです。

——父親の土下座から始まって、銀行をつくったんですか……。かの有名な銀行ドラマの土下座シーンを思い出しました。まさに倍返しですね。

でも私が注目すべきなのは、その後に北海道へと進出した点だと思います。安田は20代後半で自分の店を開いて、着実に資産を増やしていきました。その後明治へと時代が変わった1870年代に、満を持して北海道で最初の私鉄となる釧路鉄道を敷設。そして北海道の硫黄や石炭の鉱山の貿易事業で、莫大な財を成したというわけです。

現パナソニックの創業者:松下幸之助(1894年~1989年)

松下幸之助

画像元:hypno-puresolution.com

2人目はご存知、松下幸之助さんです。彼も、安田善次郎と同様に、キャリアのスタートは奉公でした。彼らは、「上から言われたことを、言われた通りにするだけ」というのが今以上に当たり前だった時代に奉公人になって、ビジネスの基礎を身に付けた上に、随所で自分なりの工夫を示していったんです。新人時代は一生懸命努力して、基礎を築くというのは営業マンにも共通する成功の秘訣じゃないかと。

それに時代を先読みしてチャレンジしているところも共通しています。「電気の時代がやってくる」という気運は当時すでにあったのでしょうけれども、路面電車を見て感銘を受けた松下は、すぐに大阪電灯(現 関西電力)に入社して、そこでも学びを重ねて起業しています。

——さすが経営の神様。行動力がありますね。

でもね、私が思う松下の着眼点の凄さは、電気と当時の主婦の生活とを結び付けたところです。第二次世界大戦が終わり、貧しい中で家事に追われてへとへとになっている日本の主婦。なんとか彼女たちを家事から解放して、幸せになってもらいたいという思いを、電気の力で実現しようとした。それがパナソニックの成功につながり、ひいては家電大国ニッポンを築く発端になったんです。

京都の豪商:角倉了以(1554年~1614年)

角倉了以

画像元:http://inoues.net/club/suminokura_ryoui.html

3人目は角倉了以(すみのくら・りょうい)。商人としては、朱印船貿易で大いに財を成した人物。ちなみに角倉も、医者の家系だったのに跡を継がず自分で努力して商人としての成功を収めています。でも、教科書にも載るような偉業は、その後で彼が行った事業です。自らの財を投げ打って、いくつもの川の開削を実施して、日本における河川の物流インフラを整えました。

——商人としては地味な感じがしちゃうんですけど、角倉をご紹介いただいたポイントは何ですか?

角倉の凄いところは、朱印船貿易で儲けていたにもかかわらず、調子に乗り過ぎることなく、じわじわと近づいていた鎖国の到来を感じ取っていたこと。「これからは国内産業の時代になる。そうすればインフラが問われるようになる」と気づいたからこそ、私財を投じて川の開削に乗り出したのです。

——あ、安田と松下と同じですね。これからは何の時代かを見極めるという。

そう、つまり歴史上では「時代の流れを早期につかみ、チャレンジングな行動に打って出る」ことが成功の秘訣というわけです。「既存の価値観や、既得権益にしがみつかない潔さ」が重要ということ。

それと3人に通ずるのは、「目先の私利私欲ではなく、社会への貢献につながる利を追い求めた」ということでしょう。自分だけ良い思いをしたいっていうのは二流の人がすることです。3人ともバブルな私利私欲を追いかけたって不思議じゃなかったのに、きれいさっぱり新しい時代の社会に目を向けた。

——現代で言う社会起業家的な感じですね?

そうですね。でも、これも教訓になるけど、3人とも「その成功を後世に伝える取り組みをした」ことも大事なポイントです。安田は大成功を収めた後も、他の財閥への支援や投資をしていったし、松下は出版社を起ち上げたり松下政経塾を開いたりして、多くの教訓を伝える仕組みをつくった。角倉は河川での流通をオープンにして水運業全体の繁栄を築き、後に続く世代にも利益が生まれるような仕組みを整えました。

——全体の利益を考えた結果、自分にも利益が返ってきて、さらに全体が潤って、というサイクルをつくり上げたわけですね。

成功のセオリーには‟お国柄”がある。日本人に独占利益は向かない。

実はこういう姿勢って、日本独自のものなんです。西洋では「激しい競争下でライバルを押し退けて成功しました」的なストーリーが目立つでしょ。

金谷俊一郎

——まさにアメリカン・ドリームですよね。

他者との競争に勝つことは素晴らしいのかもしれないけれど、日本の歴史を紐解いてみると、案外そういう事例よりも安田や松下、角倉のような人が世の中を大きく変えてきました。

——そう聞くと、なんだか日本人らしい感じがしてきます。集団の利益を重視するんですね。

逆に日本らしからぬ繁栄の代表例が1986〜91年ごろのバブル景気。誰もが「自分さえ良い思いができればいい」と考えていた結果、あっと言う間にはじけて消えちゃったでしょ? やっぱり、成功のセオリーにお国柄というのはあると思います。

——確かに、近年で見ても自分の利益を最優先している経営者は破たんしているイメージがありますね。営業マンも日ごろの仕事で必要なマインドになりそうです。

そうですね。若手時代に一生懸命ビジネスの下地をつくりましょう。そして既存の価値観にとらわれることなく、自分なりの工夫を重ねながら成長していって、チャンスを掴んでいくこと。その後も目先の数字や自分の利益だけを目指すのではなく、お客さまだったり、同僚だったり、大きく言うなら社会に貢献していくという気持ちを持つことが大事だと思います。

——自分が良ければそれで良いと思わずに、皆で成功していこうよという気持ちですね。

うん、歴史はそう言っていますね。

——なるほど。ありがとうございました!

取材・文/森川直樹‏


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