一橋大学社会学部時代は、民族論の研究と英会話のサークルに没頭したという牧野剛氏。就職活動では戦略コンサルタントになった先輩から話を聞き、「民族学の世界にどっぷりでビジネスのことは何も知らなかった。ビジネスの世界をもっと勉強したい」と思い、アクセンチュアに入社。以来、おもにSAP関連のプロジェクトに関わっている。
マネジャー直前には、「頑張りすぎたのが裏目に出て、行き詰ってしまった」という危機的状況も経験した。
コンサルタントになって8年目。マネジャーとなった現在は、ERPの次に取り組むべき営業や製品開発の領域での改革の提案、その実現を支援するITソリューションの紹介・導入を行っている。 |
1. 私の修行時代
◆理屈よりもまず先に手と体を動かすことを学んだ
「ビジネスのことを知ろうと思って入社しただけに、最初は傍観者のようになってしまった」。最初のプロジェクトはメーカーへSAPを導入する案件。「いろいろな疑問をもって、“これをやる意味はないですよね”などと屁理屈ばかり言っていた」。間もなく体育会系の厳しい上司に呼び出され、叱られた。「怒られて、とにかく目の前の仕事に全力投球しようという気持ちになった。でも、上司からは毎日、叱られてばかり」。あるとき、クライアントにとって重要な要件をSAPで実現できるかどうか、判断する仕事に上司と取り組んだ。その要件を実現するには当時「やってはいけない」という不文律があったプログラムの書き換えが必要だった。しかし、なんとか上司の信頼を得たいと連日深夜まで働いた。「我々の提案は結局クライアントには受け入れてもらえなかった。でも、上司は終わってから“おつかれさま”と。はじめて“認められた”と思った」 |
2. 修羅場経験
◆責任感と行動力の強さが裏目に出て精神的に行き詰まる…
手と体をまず動かすことを学んだ修行時代だったが、マネジャーになる直前、働きすぎてうつ状態に。「合併案件で、ベンダーも両社側がいる。こっちの言い分、あっちの言い分と、走りまわり、もうダメだと上司に休養を申請した」。休養申請後、少し休み、現場復帰したが、体調が万全でない状態で復帰したため、ミスを連発。それをリカバーしようと懸命になってしまった結果、二度目のダウン。「しかし、休養の時間を使って勉強した。横並びでの比較をやめ、できること、次の課題に集中すること。なかなか回復しなくても、あせらず回復を待つことで、徐々に自信がつき、復活できました」。 |
3. 私の師匠
◆辛いときアドバイスをくれるひとつ上の先輩との出会い
師匠と呼べる人は複数いるが、「私が辛かった時に、“苦手なことを克服することばかり考えないで、もっと自信をもっていいんだよ”」とアドバイスをしてくれた入社2年目の上司、白石健太郎さんは特別な存在。白石氏は間もなく他社に転身したが、それだけに何でも相談できるという。また、大学のゼミの担当教官だった渡辺雅男教授は今でも牧野氏の師匠。「父親を早く亡くしているので、渡辺先生はまさに親代わりのような人。定期的に連絡を取っていますが、ビジネスマンとは違った視点からアドバイスをしてくれる。たまに、ふらっと国立の教官室に酒をもって訪問しています」 |
4. 私の得意ワザ
◆人と人を結びつけること そのためパーティーを開催
毎年、社内の人、社外の人、学生時代の友人などを50人くらい呼び、自分の誕生パーティーを開催している。「目的は、人と人をつなぐこと。ボランティアをしている弁護士の人には、その宣伝の場を提供したり。これはあるパートナーが開いている忘年会に倣ったもの。人と人とのマッチングはとても重要ですからね」。学生時代は英会話サークルに所属し、国際弁論大会で優勝した実績もある。「この大会で優勝したことで、人前で話すのが怖くなくなった。英語の弁論も得意ワザといえますね」
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5. 私のオンとオフ
◆休日はCDショップでクラシックCDを買いあさる
小学校・中学校時代はピアノ、高校ではコントラバスをやっていた。「昔はクラシックの指揮者になりたかった。小澤征爾に憧れて。作曲家でお気に入りはマーラーやブラームス。クラシックのCDは300枚以上。一通り持っていますね」。また、昨年おこなわれた自身の結婚式では、新郎新婦2人でピアノの連弾を披露したという。 |
5. 私の夢
◆困っている人、差別されている人々の問題を改善させる支援をしたい
学生時代は社会学部で、在日問題など差別されている人々の問題を研究していた。「そういう差別されている人々の暮らしを改善する上で役に立つことをしたい。たとえば、海外から生活ができなくて来日したのに、ビザがなく強制送還になっている不法滞在の外国人がたくさんいる。しかし、通訳の仕事など、彼らが生活していく上でのサポートができれば……。課題解力やドキュメントの作成能力など、コンサルタントのスキルが活用できると思います」。将来的に、このような活動を職業として行なうのが夢だという。 |