営業とは、心と心で通じ合うこと
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松田公太氏
フードエックス・グローブ株式会社
代表取締役社長
1968年宮城県生まれ・東京育ち。父の転勤で73年からセネガルや米国で過ごし、86年帰国。90年筑波大学国際関係学類卒業後、三和銀行入行。退行した翌97年タリーズコーヒー1号店を銀座にオープン、98年タリーズコーヒージャパン設立。2002年より株式会社体制へ移行、フードエックス・グローブに商号変更 |
■ひとりの若き銀行マンが起業を志して27歳で退職。
「金なし、コネなし、肩書きなし」の三重苦をものともせずに体当たりの交渉を重ね、遂にはアメリカのスペシャルティコーヒーチェーンの日本での販売権を獲得した元銀行マンの名は松田公太氏。まさに立志伝中の人物である。
松田氏は父親の転勤でアフリカ、アメリカなどの海外生活を経て帰国、筑波大で学んだ後、90年三和銀行に入行。シアトル滞在中、タリーズで飲んだコーヒーの味に感激した松田氏は、日本でのチェーン展開をめざして起業準備のため退職する。タリーズ本社への熱烈なアプローチの末、大手流通業との競合を制して日本での販売権を獲得。97年のタリーズコーヒー銀座1号店オープンを皮切りに、今では全国に約300店舗を構える一大コーヒーチェーンへと成長させ、そして更に今年、日本における「Tully's」商標権を完全取得した。
無名の若者が、なぜこれほどのめざましい成功を手にできたのか。
その秘訣は彼の類まれなる営業力にある、といっても過言ではない。
■相手のことを徹底的に好きになる
そのずば抜けた営業センスは、三和銀行時代に2年連続で優秀外交賞を受賞したことからもうかがえる。だが、それも「将来起業するという目的があったからこそ」と松田氏。銀行に就職したのも、多くの経営者から経営哲学を学び、財務リテラシーと営業力を身につけるためだった。新規外交の仕事についてからは、常に営業目標の倍以上を自分の目標に設定した。あえて自分に高い目標を課したのは、「自分の給料の何倍もの利益を上げるだけの実力がなければ、大手銀行の看板をはずして独立したときに通用するはずがない」という切実な思いからだったという。
では銀行員時代に、松田氏が学んだ営業の本質とは何だったのか。それは「相手のことを徹底的に好きになること」だ、と松田氏は語る。
「相手のことを知れば知るほど、相手のことを好きになっていく。その会社の過去の歴史や業績まで知りたくなるし、いろいろな提案もできるようになる。何よりも相手を心底好きになると、その情熱が伝わるんですね。誰だって自分や自分の会社が大好きな人間を無下にできるわけがない。だんだん『こいつと取引してみようかな』という気持ちになってもらえるわけです」
たしかに松田氏は一風変わった銀行マンだったようだ。経営者に会っても融資の話など一切せず、創業当時の思いや経営理念について聞きたがった。そんな松田氏を「面白い奴」と感じ、取引してくれる経営者が増えていったという。
相手のことを知り、とことん惚れ抜いた上で、真摯かつ情熱的にアプローチする。松田氏の営業マインドは、タリーズの日本での立ち上げの際、いかんなく発揮された。
シアトルでの運命的な出会いですっかりタリーズに惚れ込んだ松田氏は、帰国後すぐにメール攻勢を開始。何度無視されてもメールを送り続け、データを添えて日本でのビジネス展開のアイデアを訴えた。同社オキーフ会長の来日情報をキャッチすると、滞在先の帝国ホテルに出かけて直談判。その熱意が実り、遂にタリーズコーヒーとの契約に漕ぎつけたのだった。
■ 明確な夢と目標を持てば夢に近づくことができる
それにしても、松田氏のチャレンジ精神には驚くほかはない。肩書きや大手資本のバックアップがあるわけでもない無名の若者が、なぜ、単身これほどの大勝負に打って出ることができたのか。
「それは私が明確な夢と目標を持っていたからだと思います。海外で育った経験から、ハイスクールの頃には『将来起業して日本の食文化を世界に広めたい』と心に決めていた。日本に帰国して筑波大学に入学したのも日本の文化を知るためだし、上下関係の厳しいアメフト部に入部したのも日本社会のしくみを学ぶため。銀行に就職したのも起業に必要な知識や経験を身につけるためでした。『食を通じて文化の架け橋になりたい』という夢のために、小さな目標を掲げて少しずつ達成していったわけです」
その意味では、タリーズの成功も夢に向かうひとつのステップでしかない、と松田氏。
「私の夢は、世界に通用する日本のフードチェーンを創り、『食を通じて文化の架け橋になる』こと。その目的はまだ達成できていませんが、タリーズが1店舗の時代よりは300店舗になった今のほうが、もしかすると少しだけ夢に近づけているのかもしれない。目標とは夢に向かって突き進む上で“道標”となるもの。それを一つひとつ積み上げていけば、いずれは目的が達成できる。だからこそ若手営業マンの皆さんには、『自分は本当はこれがやりたい』という明確な目的を持って仕事をして欲しいですね」
大きな夢に向かって常に高い目標を設定し、挑戦を続ける松田氏。その卓越した営業力を支えるのは、「人間が好き」という溢れるような思いである。
「がんばって生きてきた人たちの間には、どこかで必ず触れ合える部分がある。営業とは心と心で通じ合える部分があるかどうかにかかっている、と思いますね」
NO FUN NO GAIN
??楽しさなくして得るものなし。今の仕事を楽しみながら精一杯に取り組めば、必ずや自分の成長にとってプラスになる。営業活動から利害関係を超えた信頼が生まれたとき、感動が生まれ、夢が実現に向けて動き出す??
それが松田氏の揺るぎのない信条である。
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