経営トップが語る  

「一流になれる人の条件」

IBMの凄腕営業マンとして名を馳せ、その後アスキー、セガ、アットネットホームとコンピューター・通信業界のトップを走り続けてきた廣瀬禎彦社長。一転して、音楽業界に飛び込んだ今も「現場主義・顧客本位の視点」を実践し続ける廣瀬社長に、次世代の若手ビジネスマンのキャリア形成についてメッセージをもらった。 《2006年2月号より抜粋》

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コロムビアミュージックエンタテインメント株式会社
代表執行役社長兼CEO
廣瀬禎彦
69年、慶応義塾大学大学院工学研究科修士課程修了後、日本IBMに入社、82年、金融機関開発本部都市銀行担当営業所長に。86年から米 国IBMへ出向。89年、日本IBMの広報・宣伝部長に就任。その後、96年1月コンシューマ事業部長に。そして、同年6月アスキー専務 取締役就任。98年セガ代表取締役副社長就任。99年10月、アットネットホーム代表取締役社長兼CEO就任。04年より現職


「日本IBMに入社したことが自分自身のキャリア形成のスタートになったことは間違いありませんが、かなり早い時期から、いずれは転職するだろうと考えていたのも事実なんですね。転職をするなら30代くらいじゃないか、と思い浮かべていました」

廣瀬氏が描いた30代の転職は、やがて修正されることになるが、キャリアプランは明確だった。
「大学でコンピュータを勉強しましたので、日本IBMに入って最先端のコンピュータ技術を身につけたかった。しっかりした技術があれば、外に出るとき“売り物”になるだろうといった感じで」

廣瀬氏にとってコンピュータ技術の習得は、自分自身の市場価値を高める手段でもあった。しかし、日本IBMでの廣瀬氏の“育ち方”は、同僚や先輩と比べて、かなり異色だった。通常、職種別採用になっている日本IBMでは、入社時に選択した職種のプロフェッショナルとしてキャリアを積む人が多いが、廣瀬氏は職種横断的な異動を繰り返しながら、例外的なキャリアコースを歩いていった。ソフトウエアの開発エンジニアとして入社後、自ら志願して営業部門のSEに転身したことでキャリアコースが変わった。営業担当への異動辞令が発令され、IBM本社の海外勤務を経て帰国。広報宣伝部門を経験したのち、地方営業の最前線に飛び出していったのである。

「技術屋が営業にでると、毎日がカルチャーショックの連続ですよ。技術者はシステムの仕様をきちんと説明できればOKですが、営業はそれじゃ仕事にならない。商品やシステムをご提案して、最後に必ず“ご購入ください”と言わなければ、商談が成立しません。その一言が、なかなか言えないで苦労しましたよ」

異なる専門性が要求されるタフな日々を、どのようにして乗り越えていったのか。

「技術者は技術を通じて会社に貢献しますが、営業は営業活動を通じて成果を上げなければならない。会社に貢献するという点で考えれば、技術も営業も同じなんです。大切なことは、いつどのようなときでも組織における自分の立場を客観的に理解し、自分の果たすべき役割を実践すること」

そして、こう加えた。

「組織は組織の論理で人を動かしますが、まずは自分から組織に合わせる努力をすべきです。意に沿わない異動などは、どうしても否定的に受け止めがちですが、そうしたときこそ、自分の新たな可能性を試すチャンスと捉えて、肯定的にキャリアを積み上げていくことが大事なんです」

廣瀬氏は若い頃から、自分自身の置かれた立場を客観的に認識しようと、心がけてきたのだ。

「自分が自己採点した主観的な自己認識と周りが客観的に評価する自分にはギャップが存在し、そのギャップを克服しようと努力するところに成長があるからです。また、自分を客観視すれば仕事におけるコミュニケーションの仕方が見えてきますので、良好な人間関係が構築できるようになる」

駆け足でビジネス人生を突っ走ってきた廣瀬氏は、やがて大きな転機を迎える。43歳のときだった。

「米国のIBM本社で仕事をしていたとき、自分の人生を主体的に自己決定するアメリカ人を見て、衝撃を受けました。一緒に仕事をしていた幹部社員が、ある日会社を退職して、プロサーファーになってしまった。いくら1回きりの人生といっても、会社人間になりきっていた自分には、到底考えられない人生設計に思えました。それを契機に、自分も主体的に人生を決める生き方をしたいと考えるようになったのです」

大切なことは、組織における自分の立場を客観的に理解し、果たすべき役割を実践すること

主体的に自分の人生やキャリアを選択するためには、手に職をつけなければダメだと反省し、「一流の職人になろう」と決意する。

「職人としての自分を成長させるために、与えられたチャンスから学べるものは何でも貪欲に学ぶことにした。本当はこんなことやっているはずじゃなかったなんて、絶対に思わないし、言わない。仕事は何でも受け入れて、どんな経験でも何かを学びたいと願いました。ポジティブな考えと行動で生きるほうが、ネガティブに生きるより何倍も得られるものは多く、自分を成長させてくれます」

与えられたチャンスから貪欲に吸収するポジティブな生き方は、廣瀬氏に「仕事を徹底させる重要性」を教えた。アメリカ本社から戻って、まったく未知の業務である広報に異動になったときも廣瀬氏は徹頭徹尾、現場仕事と格闘した。

「広報なんて何をしたらいいのかわからないから、知り合いの広告代理店の人に聞くと、“とにかく雑誌をどんどん読みなさい”とアドバイスされました。それからは毎日毎日、雑誌を読みまくり、毎月200誌くらいは通読しました。初めての仕事に挑戦するということは新入社員と同じ立場に立つことと同じ。短期集中で猛烈に現場を叩き込んで、仕事の判断力を養ったのです」

コンピュータ業界の関連誌はもちろん、ジャンルを一切問わずファッション誌から芸能誌まで手当たり次第、雑誌メディアを読破。このときの経験が、「アスキーに転職して出版事業をマネジメントするときに役立った」と、廣瀬氏は述懐する。

200誌を通読する現場主義は、コンピュータ・通信業界から一転して音楽業界に飛び込んだいまも、廣瀬氏の行動規範となっている。

「音楽業界やアーティストのことを知るために、毎月50枚以上はCDを聴いています。徹底的にボリュームを把握することで、自分のなかに音楽の標準認識を創るんですよ。ビジネススクールあがりの経営者は数値分析で経営できるかもしれませんが、私は自分で現場を認識できないと経営の意思決定が不安になる。そういう意味で職人なんです」

最後に、廣瀬氏はキャリアアップと転職について言及した。 「自分がこれまで選択した転職は、自分が明確なイメージを持って転職したケースと第三者から求められて転職したケースの2つがある。自分が明確なイメージを持てる場合は得意技で勝負できるから転職のリスクは少ないし、請われて移るケースも相手が認めてくれた自分の価値を信じて挑戦すれば成功できる」

自己を客観的に分析し、自分で自分を成長させ続ける意志が、廣瀬氏のビジネスキャリアを創り上げてきたのである。

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