山崎元の5分で分かる  

金融マン生態事情

知っているようで知らない、金融マンの仕事。また、そこで生きる人の実態。ギョーカイの様々な内情を知る山崎元氏が、その正体の一端をココに公開する! 《2006年6月号より抜粋》
第2回 コンプライアンス
山崎 元(やまざき はじめ) 氏
楽天証券経済研究所 客員研究員。三菱商事に入社後、転職歴は12回。野村投信委託、住友信託銀行、メリルリンチ証券など、名だたる金融機関で活躍したギョーカイの事情通

「法令遵守」と訳されるコンプライアンス。関係法令や企業倫理にのっとった業務の遂行をチェックし、徹底させる仕事です。欧米では、比較的古くから確立された仕事であり、コンプライアンスのトップともなれば、経営のナンバー2くらいのポジションで、CEOにもノーと言える権限を持っています。  

ビジネスがますます複雑化し、また不正や不祥事によるダメージの大きさが、企業経営の面からも広く認識されるようになったことから、近年、改めてコンプライアンスが重要視されるようになってきました。日本の金融機関でも、経営者が「自分がトップのときに問題が起きたら大変だ」とばかりに、コンプライアンス強化を打ち出すところが増えています。  

コンプライアンス担当者は、法律に強く、業界事情にも通じていることが重要です。理想をいえばキリはないのですが、金融機関での勤務経験があり、弁護士の資格でも持っているような人材で、かつ外資系なら英語力も必須。もっともそんな人材はそうそういませんから、例えば司法試験くずれで、銀行で行政担当のような仕事をしていた人を外から採用してきたり、社内で適当な人材を「今日から君がコンプライアンス部長だ」とまつりあげたりするわけです。  

ひとつ困ったことに、このご時世、「会社としてコンプライアンスが必要だ」と言われれば誰も否定はできません。その意味で、コンプライアンスは、それ自体が自己増殖する危険性もはらんでいるのです。

会社の風紀委員的存在 嫌われるのも仕事のうち

いまや「法令遵守」の訳語が定着したコンプライアンスという言葉は、本来、「一致」「統一」といった意味を持っています。私が外資系証券に勤務していた頃、東洋経済新報社の高橋亀吉賞に論文を応募し、優秀賞を受賞したことがありました。まあ、会社としても名誉なことだろうと普通なら思うところですが、当時のコンプライアンスの判断は「社名を出すな」。

論文で官僚問題に触れていたことから、「その分野の専門家は当社には存在しない。当社の統一見解と誤解されかねないものを外部にリリースすることはNoだ」というわけです。
 
最初は「部下は適当に選んでいいから」と親分ひとりで始まったコンプライアンス部門でも、「外部に出るものは全部チェックが必要だ」などと言い出して、どんどん領土を広げていくと、アナリストのレポートひとつも、チェックを通らなければ公表できなくなります。
 
こうなると、社内での彼らは、口うるさい風紀委員以外の何者でもありません。何をするにも、「リーガルリスクがある」といちいちケチをつけられて、しかもそれが正論といえば正論だけに、「だったら、もういいよ。本当に面倒なヤツだな」と多くの金融マンから嫌われるのが落ちです。
 
もちろん本人は、もっとみんなに愛されたいと思っている。しかし、チェックする側とされる側なら、やはりするほうが気分もいいし、偉い人にも物申せる立場でもあります(そんな度胸があるかは別として)。フロントのように数字に責任を持つ必要はなく、とはいえ専門職としてバックオフィスより高い給料がもらえる。概して、ローリスク・ミドルリターンの仕事といえるでしょう。
 
特に、堅物といわれる勉強好きの人にはおすすめの職種です。自分のなかに集積していく知識に職人的な満足感を覚えながら、プロとしての立場を確立できる。そんな志向を持つ人なら「会社のレピュテーションは自分が背負っているんだ」という自負を大いに感じることができるはずです。
 
しかも、どの企業でもまだまだ人数も少ないだけに、コンプライアンスの経験があれば、求人市場での商品価値も上がります。各種研究会や業界団体などの場で他社と交流する機会が多く、こうした横のつながりが転職に結びつく例もある。まさにいま、コンプライアンスは、業界内の注目職種のひとつなのです。


コンプライアンスの正体はこれだ!!
 
法律に強い
業法に通じていることが必須条件。新しい政令や法律改正を絶えずウォッチし、官庁の動向については業界内での情報交換を欠かさない。仕事上の最大のイベントは、金融庁の検査。これをいかに問題なく乗り切れるかが、コンプライアンスとしての腕のみせどころ
職人気質で勉強好き
「大いに稼ぐ!」「出世して社長になる!」といった野心には乏しいが、専門分野の知識を深めることに情熱を燃やす。「他の人にはわからないが、プロである自分だけは知っている」状態にひそかな満足を感じつつ、専門職としての道を邁進している
社内で嫌われる
対外的な文書やコメントに関して、「この文言はいい、悪い」と細かな点までいちいち訂正しようとしては、他部門の人間に嫌がられる。抵抗する相手につきつける殺し文句は、「リーガルリスクがある」「レピュテーションリスクがある」など

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