壁を乗り越えたあの瞬間 スポーツキャリアの転機

第一線で活躍するビジネスパーソンは、自ら転機を作り、自立したキャリアを歩んでいる。さらに過酷なスポーツ界で勝ち残る選手は、どうやって壁を乗り越え、キャリアを積んできたのか。厳しい世界で生きる彼らから、そのタフさを学ぶ。 《2007年9月号より抜粋》
第5回 千葉ロッテマリーンズ 渡辺 俊介 Shunsuke Watanabe
渡辺 俊介
わたなべ・しゅんすけ 1976年生まれの30歳。千葉ロッテマリーンズに所属する投手。一般的なアンダースロー投手よりもさらにリリースポイントが低く、その低さは世界一と称される。また、最大の武器は緩急。モーション開始からリリースまでの時間を、打者に気づかれずに変化させることができる

もがいてこそ見つかる道がある だから絶対に諦めない


プロ野球は前半戦を終了し、ペナントレースは佳境を迎えた。そんななか、千葉ロッテマリーンズがパ・リーグのAクラスをキープして、2年ぶりの優勝を視界にとらえている。そのチームで注目すべきは、アンダースローを持ち味とする渡辺俊介投手である。

球速はMAX130キロだが、独自の投法で打者のタイミングを揺さぶっては「打たせて仕留める」ことを身上としている。そんな自身の武器となる“アンダースロー”と出会ったのは中学2年生のときだ。

小学生から野球を始めた渡辺は、投手では小、中学校と控え選手だった。その状況を見た父親から「野球を続けたければ、人と違うことをしろ。そうでなければ高校では通用しない」と助言を受けて、オーバースローからアンダースローに転向した。「正直、アンダースローでプロになれるとは思っていなかった」と本音を明かす。

しかし、好きな野球を続けるための「手段」だったアンダースローが、どのような転機を重ねて、「プロ野球選手・渡辺俊介の強み」へと変わっていったのだろうか。

「自分にとって主だった転機は3回ありました。それも『頭(心)・体・技』の順で訪れたんです」

最初の「頭(心)」の転機は、大学2年生のとき。高校野球界で名を馳せる、竹田利秋監督に出会ったことがきっかけとなった。

「『野球は人間がやるんだから、人間が変わらなければうまくはならない』と技術だけでなく、人として大事なことを教わりました。それまでの自分は人の動きに鈍感で、試合の流れを悪くしてしまうプレイを無意識にすることがありました。だけど、バッターの心理を意識するようになってからは、“頭を働かせて野球をする”というベースができたんです」

時を同じくして「体」の転機も訪れる。

「歩き方から立ち方まで指導してくれたスポーツトレーナーとの出会いが2回目の転機となりました。20歳を越えても、運動センスはトレーニング次第で高めることができると自信につながりました」

「頭(心)」、「体」と順に厚みをつけた渡辺は大学卒業後、新日鉄君津に入社し、社会人野球の道へと進む。そこでの活躍が認められ、2000年にはシドニー五輪代表入りを果たす。同年にロッテからドラフト指名を受けて、プロへの扉を開いた。

そして渡辺は、プロ3年目に、自身のアンダースロー確立に結びつく「技」の転機を迎えるのだった。

「いま振り返ると、本当の意味でのターニングポイントはここだったかもしれない。プロに入って3年目は、選手として分かれ目の時期なんです。僕自身はファームスタートでほとんど負けなしだった。すぐに1軍に呼んでもらったんですが、自信を持って臨んだにもかかわらず、まったく通用しなかったんですよ。いよいよ次はない状況に追い込まれました。そこまできて、最後にもう一試合だけチャンスをくれるということになったんです」

起死回生のチャンスを得た渡辺は、試合までの1週間、誰とも言葉を交わさず、自身の投球について考え続けたという。そして、人の目を引きつけることに重きを置いていた「速球で三振」というスタイルをやめた。見た目や良いボールにこだわらず、どんな手を使っても抑えることに集中。打者のタイミングをズラす投法を意識したのだ。

その考えは吉と出る。最後に挑んだ試合で見事勝利を挙げたのだ。

「大きな方向転換でしたね。そこからさらに野球が面白くなりだして、現在に至るんです」

“アンダースロー”という確立した武器を身につけてなお、決して満足せず、あらゆる側面から自身を磨き上げてきた渡辺。2006年のシーズンオフには、身体の機能をワンランク上げるために断食を慣行したという。

「自分としては、まだまだ完成の域には達していないと思っています。もっともっと上に行きたい。どうしたらキャリアアップできるかは、もがくことで見つけられるんじゃないかな」

2005年シーズンの再現を目指して、2007年、“渡辺流アンダースロー”は独自の速度で進化する。

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