レップ株式会社
代表取締役 間野健介さん
早稲田大学第一文学部卒。舞台俳優を経てソフトウェア開発者に転身。レップ株式会社代表取締役/株式会社ケイカ代表。業務システムやインタラクティブ展示の開発を中心に、「使いづらい」をなくす設計と開発に取り組むほか、大学非常勤講師や技能五輪競技委員として人材育成にも携わる
姉妹媒体『エンジニアtype』に掲載中のレップ株式会社のインタビュー記事を転載しています。
企業のカルチャーや働く社員のイメージを知るためにご活用ください。
なお、募集職種とは異なる職種やテーマのインタビュー記事が掲載されている可能性もございますので、ご了承ください。
「PHPが書けます」「Pythonなら負けません」
これまでエンジニアがアイデンティティーとして掲げてきたその言葉が、数年後にはスキルの証明として意味をなさなくなるかもしれない。
そう語るのは、舞台や映画に出演した実績を持つ元俳優で、現在はDX支援を展開するレップ株式会社の代表かつ現役エンジニアとして活躍する間野健介さんだ。
「そもそもプログラミング言語とは、人間がコンピューターを扱いやすくするために生み出された翻訳機のようなものです。ビットという0か1かの世界を、人間にも扱いやすい形に表現したものです。
しかし今、AIがその翻訳を代行し、人間は従来のようにプログラミング言語を介さなくてもコンピューターと直接対話できる時代が来ています。そうなれば、人間に最適化されたプログラミング言語という『型』に固執する理由は薄れます。極端に言えば、言語そのものの違いは本質ではなくなっていきます」
エンジニアが必死に磨いてきた実装力という価値が崩れ去る今、私たちは何をもってエンジニアと名乗ればいいのか。
間野さんは、その答えを「役作り」という言葉に凝縮した。
レップ株式会社
代表取締役 間野健介さん
早稲田大学第一文学部卒。舞台俳優を経てソフトウェア開発者に転身。レップ株式会社代表取締役/株式会社ケイカ代表。業務システムやインタラクティブ展示の開発を中心に、「使いづらい」をなくす設計と開発に取り組むほか、大学非常勤講師や技能五輪競技委員として人材育成にも携わる
「想像力を働かせろ」
システム開発の現場だけでなく、あらゆるビジネスシーンでよく聞かれるこの言葉。私たちはどこか抽象的な、あるいは単なる「気配り」のような精神論として受け流してきたかもしれない。
だが、間野さんの言う「想像力」の定義は少し違う。その源流は、彼が俳優時代に叩き込まれた「役作り」のプロセスにある。例えば、俳優時代に戦時中の人間を演じる舞台が控えていた時のことだ。
「台本を読み込み、歴史を調べる。そうした準備はもちろん行います。それでもなお、何かが足りないと感じて、実際に都内に残る防空壕へ足を運びました。暗く、湿り気を帯びた閉ざされた空間。そこで当時の人々と同じ時間を過ごし、思いを馳せてみる。すると、ただ知識として理解していたものとは違う、身体感覚を伴ったリアリティーが立ち上がってきます」
この、自身の感覚にまで落とし込み、対象を「自分事」として血肉化するプロセスこそが、間野さんの言う想像力の正体である。
「今の開発現場では、PC画面上でのリサーチをもとに『ペルソナ』を設計するケースが多く見られます。しかし、現場にはデジタル化されにくい細かな違和感や『ノイズ』が無数に転がっている。
俳優が役の人生を生きるように、エンジニアもまた、ユーザーの置かれた環境や物理的な不都合に踏み込んで理解していくことが重要です。そうしたプロセスを経ることで、より実感に根ざした体験設計につながっていくからです」
エンジニアは本質的に「効率」を愛する生き物だ。
わざわざ遠方の現場へ足を運び、泥臭いヒアリングを重ねる。そんな「非効率な移動」を冷ややかに見る向きもあるだろう。しかし間野さんは、その非効率な行動こそが、人間エンジニアにとって替えの利かない最強の武器になると断言する。
「AIが進化すれば、情報の組み立てや正確性は人間を遥かに凌駕するでしょう。しかし、今のAIと人間の決定的な差は、インプットできる情報の種類にあると考えています。AIはデジタル化されたデータは得意ですが、現場の眩しさや、防空壕の湿った空気のような『アナログな情報』までは拾いきれません。でも、世の中の仕事の多くは、そうしたデータにならない実感で支えられています」
間野さんが現場を重視するのには、もう一つ理由がある。それは、自分の中にある思い込みを「キャリブレーション(補正)」するためだ。
「どんなに優れたエンジニアでも、経験を積むほど『きっとこうだろう』というバイアスがかかります。それは言ってしまえば『学習データが偏ったAI』と同じで、放置すれば設計に致命的なバグを生みます。だからこそ、物理的な検証を現場で行うことが欠かせません。そうした積み重ねによって、より確かな理解に近づいていくのだと思います」
実際、現場に足を運ぶことでしか得られない「情報の解像度」がある。画面越しに眺めているだけでは、どうしてもこぼれ落ちてしまう本音があるのだ。
「以前、あるBtoCのシステム現場を視察した際、屋外の直射日光下でタッチパネルがほとんど見えないことに気付きました。開発チームは最新のUIを実装したつもりでも、現場の『物理的な不都合』を想像できていなかったんです。
分かりやすく明確な声はデジタルですぐ届きますが、本当に困っている人の微細な信号やちょっとした困りごとは、現場で隣にいないと気付けなかったりするんですよね」
現場の本音を拾い、相手の懐に入る。その泥臭い「経験」の蓄積こそが、AIには決して真似できない価値となるのだ。
現場の本音を拾い上げるために、レップが採用や育成で何より重視しているものがある。それは、一見エンジニアリングとは無縁に思える「社会人基礎力」だ。
挨拶ができるか、元気が良いか。そんな当たり前のことが、実はエンジニアにとっても最大の武器になる。現場でシステムを使う人々もまた、感情を持つ人間だからである。
「ムスッとしている人より、気持ちよく挨拶をしてくれる人の方に、ユーザーは『実はここが使いにくくて……』と本音を漏らしたくなるものです。結局、相手の懐に入れない限り、設計のヒントになる生きた情報は回ってこないと思うんです」
それは、マナーとしての礼儀作法というよりも、もっと生身の、泥臭い人間同士の信頼関係を築くための「土台」のようなものだ。
「俳優の世界でも、どれほど芸が優れていても、周囲と折り合いがつかない人は舞台に立ち続けることができませんでした。エンジニアの仕事も同じです。どれだけコードが書けても、相手を知ろうとせず、独りよがりなものを作れば、それは誰にも使われないシステムになってしまう。技術だけではなく、相手に向き合う姿勢があってこそ、本当に求められているものに近づいていけるのだと思います」
現場の懐に入る「没入」の一方で、間野さんは俳優が舞台上で体現する「二重の視点」の重要性も説く。
「俳優は、役の感情に深く入り込みながらも、舞台袖の動きや残り時間を冷静に見渡すもう一つの視線を走らせています。エンジニアも同じです。コードの美しさやロジックに没頭しつつも、もう一つのスレッドでは『この機能は本当に顧客の利益に直結するか?』という全体図を常に監視しなければなりません」
実装(没頭)だけに逃げず、ビジネスやユーザーの幸福(俯瞰)を同時に走らせる。この現場に入り込む熱量と、全体を俯瞰する冷静さの切り替えこそが、人間特有の能力となる。
この二重の視点を極めた先に、プロとしての真骨頂がある。俳優時代、間野さんは数カ月間にわたり、毎日同じシーンで涙を流し続ける舞台を経験した。
「演技の世界では、ただ感情に任せるだけでは、毎日決まった時間に同じ場面を再現することはできません。同じシーンで安定して涙を流すためには、自分の体の動かし方や間の取り方など、『どうすればその状態に入れるか』を徹底的に分析し、型として身につけておく必要があります。つまり、感情という不確かなものに委ねるのではなく、再現可能な「手順」として自分の中に持っておくということです。
エンジニアの仕事もそれに通じるものがあります。その場の熱意だけに頼るのではなく、誰がいつ使っても価値を感じられるシステムを作るには、再現性への強い意識が欠かせないと考えています」
AIは「正解」を出す。過去の膨大なデータから、最も効率的でバグのないコードを導き出す。しかし、システム開発の本質は、正解を提示することだけではない。
間野さんは、エンジニアの仕事を「お客さまに満足いただくためのサービス」であり、経験を形にする「表現」に近いものだと考えている。
「言われた通りに作ったシステムが、現場で一度も使われずにお蔵入りになる。そんな悲劇を、私はプログラマー時代に何度も見てきました。予算をかけ、仕様通りに作ったはずなのに、十分に活用されていない。それはエンジニアにとって、一番虚しいことではないでしょうか」
その虚しさを越えるために必要なのが、相手の想像を超えた先に生まれる「感動」だ。
「対話を通じて相手を深く知り、現場で得たアナログな感触をもとに、想像力を研ぎ澄ます。そうして出来上がったものが、お客さまの期待を少しだけ上回ったとき、初めて『感動』が生まれます。
AIは机上の情報を処理することに長けていますが、今私がこうしてインタビューを受けている最中に、相手の持ち物やこだわりを見て『あ、この人はこういう美意識を大事にしているんだな』と感じ取るような、偶発的な気付きと結びつきは、まだ人間にしかできません」
俳優時代、間野さんが師匠に言われたという「犯罪以外のことは何でも経験しろ」という言葉が、今、AI時代を生きるエンジニアへの最高の処方箋として響く。
「あらゆる経験が『芸の肥やし』になり、その経験の上に想像力が乗ったときに、強い表現が生まれます。エンジニアも、画面の外へ出て、多くの人と会い、多くの失敗や成功を経験してほしい。その蓄積が、その人ならではの設計思想を形づくっていくのだと思います」
レップは、まさにその「役作り」を共に楽しむ場所でありたいと考えている。技術と言語がコモディティ化していく未来。そこで最後に勝つのは、誰よりも深く「人間」を知ろうとする、血の通ったエンジニアたちなのである。
文/福永太郎 撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)