いつの時代も、メディアでもてはやされる旬な企業、旬な技術領域ってありますよね。でも、そんな瞬間風速的な情報に踊らされて、「いい会社だ」と判断するのは大間違い。転職先を選ぶときは、応募する会社が“まっとうな組織”かどうかを確認してから動くべきなんだ。
この“まっとうな組織”の見極め方をひと言で定義するのは難しいけど、その企業に継続可能性があるかどうかがポイントになる。企業には顧客、従業員、投資家などさまざまなステークスホルダー(利害関係者)がいて、そのうちの誰かが損をしている状態だと、遅かれ早かれ必ず破綻する。だから、求人情報だけを読んで転職先を決めるのはナンセンス。有価証券取引書を読んだり、顧客に提供するサービス内容が時代にマッチしたものかを調べたりして、すべてのステークスホルダーが置かれている状況を見てから決めるべきだ。
ちなみに、僕のハイパーネットが破産したときも、組織がまっとうじゃなかった。インターネットを利用した世界初の広告ネットワークシステムを展開するというハイリスクなビジネスだったから、本来なら経営資源として投資家から得るリスクマネーに頼るべきだったのに、有利子負債(金融機関からの借入)に依存してしまったんだ。失敗とは、たいていの場合こうしたリソースの不一致が原因になるんだよ。
このリソースとの一致・不一致という視点で考えると、転職のときは事前に応募企業の成長フェーズを調べておくのも肝心だろうね。企業には「導入期」「成長期」「成熟期」「衰退期」と4つのフェーズがあって、各フェーズで従業員が得られるメリットは異なる。だから、「この技術を究めてひと山当てたい!」という人が、すでに成熟期に入っている会社に転職しても埋もれてしまうだけ。転職するときは、自分がどの成長フェーズで仕事がしたいか? を事前に決めてから動くべきなんだ。
よく、転職すべきかとどまるべきかで迷うという話を聞くけれど、そんなことで迷うこと自体が無意味。だって、もし今の勤め先がまっとうな組織ではなく、成長フェーズと自分の志向も合っていないのであれば、迷わず今のうちに転職したほうがいいでしょ。
それに、転職はやりようによって、将来への大きな投資になる。最近は、圧倒的な運動性能の自動車より、燃費がよくて走りも価格もまぁまぁなクルマが売れてるでしょ? ITの世界も同じで、特定の技術にだけ精通した“職人エンジニア”より、顧客の求める価値と価格に見合った技術が何なのかを判断し、それをうまく組み上げられるエンジニアが求められているんだ。転職は、そんなエンジニアになるために欠かせない「見識」を高める格好の機会になるわけ。もちろん、どんな見識を身につけたいのかを考えながら動くことが大切だけどね。 |
Yuichiro Itakura
1963年生まれ。高校卒業後にゲームソフト開発会社などを起業したのち、91年に株式会社ハイパーネットを設立。インターネットと広告を結び付けた無料プロバイダの仕組みを世界で初めて考案し、ニュービジネス大賞および通商産業大臣賞を受賞。ITバブルの寵児として脚光を浴びるが、97年に会社は破産。翌年、自身も負債総額26億円を抱えて自己破産する。その経緯をつづった『社長失格 ぼくの会社がつぶれた理由』は大きな反響を呼び、現在はその失敗経験を活かしてベンチャーキャピタル経営や企業コンサルティング、株式投資指南、講演、執筆活動などを行う。近著に『おりこうさんおばかさんのお金の使い方』がある |
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ITバブル期の成功から破産までの経緯をまとめた『社長失格』(日経BP社刊)と、板倉氏の新著『おりこうさんおばかさんのお金の使い方』(幻冬舎刊) |
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