携帯電話、デジタルカメラ、炊飯器、自動車など、今や私たちの生活に欠かせない電化製品のほとんどは、組込みシステムによって動いている。すでに一大産業としての地位を確立している組込みシステムだが、一体いつごろから注目され出したのか。早稲田大学の中島達夫教授は、次のように話す。
「組込み機器そのものは、電化製品が誕生した当時から存在していました。しかし、具体的に『組込み』という言葉が使われるようになったのは、1990年代の半ばから。家電などが高機能化するに伴い、それまでハードウエアによる電子回路で制御していた仕組みを、コンピュータで代替するようになった。その過程で、『組込み』という分野が新しく確立されたのです」 高機能化はもちろん、電化製品をより小さく、省エネで稼動させたいというニーズは、家電にとどまらず、あらゆる分野で生まれている。そのため、ネクスト・ディメンション取締役社長の中根隆康氏は、組込みという分野を一括して定義することは難しいと言う。 「蛍光灯のインバーター制御から月を周回する衛星まで、すべては組込みシステムで機能しています。何をどこまで『組込み』という言葉でまとめていいのか、そもそも『組込み』という分野があるのかどうかが議論されるほど、組込みシステムは非常に新しい、そして巨大な分野だといえるでしょう」
急成長を遂げる組込みシステムだが、携帯電話などを見て分かるように、最近では、限られたスペースでいかに多くの機能を制御するかが課題となっている。また、商品開発のサイクルが劇的に短くなる一方、コスト削減や技術者の不足が進むことで、組込みシステムの開発環境そのものにも大きな変化が生じていると中島氏は指摘する。
「組込みシステムの上層部に当たる純粋なアプリケーション部分を、外部の企業にアウトソースするケースが非常に多くなっている。今後、こうした動きはますます拡大すると思います」 市場のニーズに応えるため、ソフトウエア開発の効率化やファームウエアの共通化などをいかに進めるか、メーカー各社は頭を悩ませている。 「今までは、『この技術で何ができるだろう?』という技術主導の考え方が多かった。しかし今後は、『こんなことを実現したいから、それを可能にする新しい技術を開発しよう』という段階に進むはず。日々の生活がより快適になるという可能性がある限り、組込みシステムは今後あらゆる分野でさらなる発展を遂げるでしょう」(中島氏) 著名な日本人SF作家の小説に、こんな話がある。未来の人間は、電子機器が高度に発達し続けることで、それらを操作する指一本と頭だけの体に「進化」した、という話だ。組込みシステムが進化し続けることで、このような世界は実現するのだろうか。 「そうはならないと思います。組込みシステムによって利便性や安全性を追求し続けてきた私たちの根底には、『今より楽になって、その分違うことをやりたい』という、『その先』の気持ちがあるはず。人が人である限り、このような欲求は生まれ続けますし、それを実現し得る組込みシステムも、常に形を変えていく。今後も私たちは、組込みシステムを生み出し、その恩恵を受けていくのだと思います」(中根氏)
2008 年5 月14 日から3日間、東京ビッグサイトにおいて、国内最大規模の組込み関連展示会『第11 回 組込みシステム開発技術展』(以下、ESEC/リード エグジビション ジャパン主催)が開催された。同時に催されたほかのイベントも合わせると、今年は過去最多の1551社が出展。来場者は3日間で11万8876名に上り、過去最大規模の開催となった。ここではESECで見かけた製品・技術を5つピックアップ。組込みシステムの最先端をのぞいてみよう。
最初に紹介するのは、小型の筐体にPC互換機の機能を搭載している、超小型のPC(右図・1)。しかし、そもそも何をPCと定義するかが難しいため、こうした小型PCに対する認識も人それぞれだと中根氏は話す。 「あらゆる機能を搭載した携帯電話も、ある意味PCと言うことができます。この商品を見て感じるのは、組込み業界の昨今の風潮。以前はメーカーがこうした製品を作っていたのですが、現在はアウトソースすることで、コスト削減を図ることが多いですね」 続いて、組込みソフトウエア自動検査システム(右図・2)。従来は人手で行っていたカーナビなどの組込みソフトウエアのテストを、ロボットによる操作とカメラを使った画像判定で、すべて自動化。これにより、大幅な品質向上、コスト削減、時間短縮が実現できる。メカニカルな部分の精密な制御能力と、品質保証に関する高度な診断能力が求められる、複雑な装置だ。 次に紹介するのは、靴底に仕込まれた組込みシステム(右図・3)。展示されていたものとは別だが、既に大手スポーツメーカーにて実用化されており、走った時間や距離、消費カロリー、ペースなどの情報を算出し、ほかの機器に無線で飛ばすことが可能になっている。今後、健康管理やエコなどの注目を浴びている分野においても、組込みシステムは多用されるはずだと中島氏は話す。例えば、人の動きを感知して、使われていない部屋の電気を自動的に消す照明器具なども実現可能だ。 最後に紹介するのは、日本システムウエアと慶應義塾大学の共同研究によって誕生したジェスチャー認識技術(右図・4)と、世界中のさまざまな規格に対応している非接触ICカードリーダー(右図・5)。 前者は、事前にカメラの前で「グー=スイッチオン」、「パー=スイッチオフ」という登録をしておけば、その後、カメラの前で同じ動作をすると、スイッチが切り替わるという仕組み。中島氏によると、これと同様の技術は以前からあったものの、情報を処理するハードウエアとアルゴリズムの進化によって、昨今はそのモーションを認識する精度が非常に高くなっているのではないかと話す。 「どちらの技術も、人と機械のコミュニケーションを変え得るという、組込みシステムの特徴を表しています。日進月歩の進化を続ける電化製品ですが、依然、テレビのリモコン操作は複雑ですし、携帯の電話帳は検索しにくい。組込みシステムによって、これらユーザーインターフェースはより改善できるはずです。これまでのゲーム機の常識を覆した任天堂『Wii』の大ヒットなどは、まさにその典型だといえるでしょう」(中島氏) |
「業務系エンジニアも転身可能」
電化製品の多機能化や開発サイクルの短縮化が進むことで、組込み系エンジニアの人手不足が深刻化している。経済産業省の調査(※注)によると、約9万9000人のエンジニアが不足しているという。『typeの人材紹介』を運営するキャリアデザインセンターの鬼頭紀雄氏は、組込み分野の転職事情について次のように話す。
「通常、組込みシステムは、マイコンの上にリアルタイムOS、その上にミドルウエア、アプリケーションが載る構造になっており(右図参照)、ハードウエアに関する知識は少なからず必要とされてきました。しかし最近では、ファームウエアの高度化・共通化が進むことで、アプリケーション開発をハードウエアと完全に切り離し、アウトソースする傾向が強くなっている。そのため、電子回路設計やマイクロプロセッサに関する知識がなくとも、C言語系のプログラミング経験があれば、アプリケーション部分の開発を手掛けることが可能になっています」
しかし、大手メーカーの組込みシステムに関しては、依然ハード部分の知識や組込みソフト開発の実務経験が求められる場合が多い。業務系システムのエンジニアが直接メーカーに転職することは、簡単ではないという。
「業務系システムから組込みシステムへの転身を考えているエンジニアにとって、アプリケーション部分の委託先であるソフトウエアハウスに転職するという手段が、最もスタンダードだといえるでしょう」(鬼頭氏) (※)出展:2007年版組込みソフトウエア産業実態調査報告書 |