ひと足先に選ぶ次世代のMVE : 小牟田啓博
携帯キャリア間の顧客囲い込み競争が激しさを増す中、その趨勢を決める大きな要素となってきたのが「端末のデザイン性」。機能を重視した“定型”の時代を経て、携帯はデザインを楽しむ時代になったといっても過言ではない。そんな業界の流れに先鞭をつけたのが今回のMVEである小牟田啓博だ。 「質の高いデザインのモノを使うと、間違いなくポジティブなマインドが発生して楽しくなります。デザインとは、つまるところ人の満足を引き出してあげるものであり、それこそモノ作りの原点。僕の使命は、デザインで人の生活向上に貢献していくことだと思っています」 デザインは人の満足を引き出すもの――。そんな小牟田のデザイナーとしての信条が萌芽したのは、美大のプロダクトデザイン科の学生時代まで遡る。 ボンタン姿の高校球児から現役で美大生へ 「高校3年の春まで野球漬けで絵も描いていなかった僕が多摩美の難関、プロダクトデザイン科に現役で入れた理由は、気合と勢いだけ(笑)。大学でも成績は振るわなかったけど、1回だけデザイン界の重鎮の教授からダントツの評価を得た課題があった。それはリラクゼーション風呂。バスタブをドームで覆い、ヒーリング音楽に合わせてグラデーションの照明が光るものです。また、アメリカのアートセンターに短期留学し、ここではデザインはコンセプト次第、つまりデザインが人に何をもたらすかを言葉にすることの重要さを学びました」 プロダクトデザイン科の学生は家電か自動車のメーカーに就職するのが慣例である。小牟田は家電ハイテクメーカーのカシオ計算機を選んだ。プロデザイナーとしての一歩を踏み出したのだが、同社で大きなカルチャーショックに遭遇した。 「エンジニアの父からは、デザイナーと設計者は敵同士と聞いていました。自分も最初は、“デザイナーとしての表現にこだわる”、“自分のペースで仕事をしたい”と思っていました。しかし、そういった“個”にこだわると、実際設計者だけでなく、企画マンや営業マンとの衝突ばかり。そして、衝突からは何も生まれないと気づきました。一方、いい仕事をしている先輩デザイナーは、まず設計 者に自分のデザインを気に入ってもらうことに注力し、それによって設計者が持っている切り札を出してもらう。それで成果を出していたのです。そうなるためには、デザインの力量だけではなく、人に自分というキャラクターを好きになってもらうこと。またチームプレーマインドが不可欠です。カシオで学んだこれらのことが、自分の働くスタイルの礎になりました」 社内でスーパーエンジニアと呼ばれる人も、技術力だけではなく、人として魅力的であった。好奇心が旺盛で、使う言葉がポジティブ、そして人を巻き込む空気や、信頼し切れる空気を持っている。これこそ自分が見習うべき姿だと確信した小牟田の興味は、単にデザインを超えて、もっと幅広いプロデュースに移ったという。 「僕は極真空手を学んでいて、当時流行りだしたK-1グランプリを見ていて思ったんです。個々の卓越した選手よりも、スターを集める場を提供した石井館長のほうが、世の中的には価値が大きいのではないか。人を発掘する、育てる、束ねる仕事に大きな魅力を感じるようになりました」 そんな思いを抱いたのはデザイナーになって7年目のことだ。同時に「自分は井の中の蛙になっていないか、もっと自分を活かすフィールドがあるかもしれない」と、人材紹介会社に登録した。様々な会社を紹介されるも、意に沿うものはなく断り続けていた。だが、登録から3年後に「どうしても」と頼まれて面接に行ったのがKDDIだった。 「メーカーじゃないから最初は冗談かと思った。当時は通信キャリアにデザイナーはいない時代ですから。しかし、KDDIはデザインの面でほかのキャリアに遅れをとっている点を挽回するために、デザイナーを直接雇うという決断をした。『小牟田さんに全部任せるから自由にやって欲しい』とまで言われ、僕も転職をやっと決断することができました」 こうして世界で第1号の通信キャリア内デザイナーとボンタン姿の高校球児から現役で美大生へ「デザインでケータイを選ぶ」潮流の先駆者デザイナーなったが、「自由にやれ」と言われても何をしていいか見当もつかない。当時の通信キャリアには、メーカー側が企画開発した端末を買い取ることしか選択肢がなかったからだ。 「最初は“auキャリアの携帯端末は自分ですべてデザインしてしまえ!”と思ったんですが、それはラインナップが多すぎて不可能。そこでメーカーのデザイナーさんたちに、『あなたがたのやりたいことができるよう僕に何でも言ってください』、と宣言しました」 しかし、個別にメーカーの意向に口を出すだけではデザインは良くならないと分かってきた。そこで小牟田は一計を案じる。それが「auデザインプロジェクト」だ。auがまずデザイナーを社内外からピックアップしてデザインを作り、そのデザインを商品化するメーカーを募る、という画期的なプロジェクトである。 |