お金のために仕事をするのは、お金と結婚するのと同じでむなしい」
近年、もっとも成功した株式投資家である“世界の富豪”ウォーレン・バフェットが記した言葉だ。渋谷・道玄坂の貸し教室から始めたビジネス・スクールのグロービスを、およそ10年でベンチャーキャピタルや人材紹介なども擁する成長ベンチャーにした堀義人氏は、今なおこの言葉を反芻する。
「僕が経営者としてもっとも大事にしてきたのは、お金を稼ぐことでも、組織を大きくすることでもなく、志をともにする仲間たちといい仕事をしていくこと。どうせ仕事をするなら、お互い尊重しあえる仲間と、明るく楽しくやっていきたいじゃないですか」
堀氏がそう思うようになったのは、祖父たちの影響が大きい。父方の祖父は、科学者として大成した人物で、25歳の時に、「吾人の任務」という己の使命を書き上げたエッセイを残していた。米国ハーバード大学へのMBA留学を終え、将来について悩んでいた堀氏は、幼少の頃に読んだこのエッセイを思い出す。それが、「起業家として創造と変革の志士を育てる」という自身の使命を考えるきっかけとなった。 一方、四国の政治家で、熱血漢だった母方の祖父からは、「勉強はしなくてもよい。ただ、友達だけは大切にしろ」と口酸っぱく言われていた。こうした教えが、グロービスを創る時の礎となったのだ。
「グロービスは16名の友人でお金を出し合って設立したのですが、実は彼らはみな、私が作った社会人サークルの仲間だったんです。友達の紹介や遊び場で出会い、意気投合した何人かとビジネスについて語り合い、何か面白いことをやってみたいとずっと話していました。そうこうしているうちにだんだん同調してくれる仲間が増え、だったら会社を起こしてみようとなった。夢を語り合えるいい仲間に恵まれなかったら、今のグロービスはなかったかもしれませんね」
「志」でつながった人間関係は強い
グロービスには、今も堀氏の志に惹かれて集まってくる仲間が絶えない。
「たとえば、ベンチャーキャピタル事業の立ち上げを一緒にやって以来、ずっと弊社のマネジメントチームに参画している仮屋薗は、元・グロービスの受講生です。最初は講師と生徒の間柄で親交を深めていくうちに、書籍の共同執筆などをするようになり、僕がベンチャーキャピタル事業をやると決めた時に、留学を終えて駆けつけてくれたんです」
マネジメントチームに名を連ねる人たちは、ほとんどがこうして堀氏の目指すビジョンに共感して集まっているという。会社が大きくなるまでには、事業がうまく回らず、追い詰められたことが何度もあった。それでも、創業当時からのメンバーがいまだに数多く残っているのは、単なるビジネス上のつながりだけではない連帯感があるからだろう。
ともすれば「利害関係」だけで終わってしまうビジネスでの人間関係を、こうも強固な信頼関係にして自らの同志を増やしていく堀氏の魅力とは何なのか。それは、誠実さと気持ちを前面に打ち出して人と接するというポリシーにあった。
誠実な気持ちを、時間をかけて示してきた
「会う人それぞれの尊敬できる部分を見つけ、その点をきちんと相手に伝えて敬意を表すこと。若い頃から、これだけは意識してやってきました。それと、損得勘定で短期的な人間関係を作ろうとしないこと。会ってすぐに意気投合して、性急に何かを始めるというのは好きじゃないんです。1年、2年と真摯に付き合い、徐々に信頼を深めていくのが、僕のやり方ですね」
このポリシーは、社外のメンター(ビジネス師匠)との関係作りにも表れている。米国コンサルティングファーム、ブーズ・アレン・ハミルトンの在日代表である澤田宏之氏には、時に「経営者としてうぬぼれるな。“一過性の派手なだけの若手起業家”にはなるな」と叱られながら、10年以上も教えを請うている。99年にグロービスがベンチャーキャピタル会社を立ち上げた際、パートナーシップを築いた“伝説のベンチャーキャピタリスト”アラン・パトリコフ氏とは、提携関係を終えた今でも、家族ぐるみで付き合っているという。
「本当の信頼は、論理的なコミュニケーションだけでは生まれない」
日本社会を変革する理論を世に広めようと起業した堀氏の人生は、理屈ではない心のつながりに支えられている。 |