「悩み相談のスキルがない人は消えていく」エコノミスト崔真淑が考える営業生存戦略
少子高齢化による国内市場の縮小、非正規雇用の拡大、GDPの低下など、今の日本経済を語る際は常に暗い話題がついてまわる。では、こうした世の中の経済動向は、営業職の未来にどう影響するのか。そしてそんな時代にも価値ある営業マンでいるために、私たちが今考えるべきことは何だろう。気鋭の若手エコノミスト、崔真淑さんに分析してもらった。
営業の未来に影響を与えるのは、私たちにも身近な「所得格差」の問題
「経済の動きが営業職の未来に関わる」と言われても、ピンと来ない人が多いかもしれない。だが崔さんは、国内全体の「所得格差」の問題が、営業職の今後に影響を与えると考えている。
「今、日本の経済社会では『中間層の所得の縮小』『貧困層の拡大』が起こっています。つまり、一部のお金持ちが経済の影響を受けるのではなく、私たちのごく身近なところで格差が拡大しているのが特徴。そしてその格差を生んでいる最大の原因は、『情報通信技術の発展』と『教育格差』にあると言われています」
まず「情報通信技術の発展」が起こると、ITやAIで処理できる仕事が増え、会社がコストをかけてまで正規社員を雇う必要がなくなり、非正規社員が増加する。そのため、ルーティンワークしかできない営業職はキャリアダウンしてしまう。
そして「教育格差」では、売り手が持つ教養やスキルによって格差が生まれるという問題が起こる。現在日本のGDPの7割を占めるサービスや小売業などの非製造業では、目に見えないソフトな商品を販売するため、売り手の教養がダイレクトに売上に跳ね返ってしまうのだ。すなわち、無形の商材を顧客に対して魅力的に説明できる教養を持たない営業職は、職を失う可能性が高い。
営業職が所得を確保し、生き残っていくためには、情報技術の発展よりも大きなバリューを生み出し、ソフトを販売するための教養を持つ必要が出てくるというわけだ。
AIが営業職の代わりにならないことを示した衝撃的な事件
こうした前提を踏まえると、営業の仕事はますますテクノロジーに奪われていくのではないか。しかし崔さんは、「むしろ営業のニーズは増えるはず」と予測する。
「人工知能は、人間の営業職の代わりにならない。私が断言できるのは、それを証明する出来事が起こったからです。アメリカの金融機関では、早くからAIを融資担当者にする取り組みが進んでいました。AIが過去のデータを分析し、融資の審査をすれば、人間を雇う必要はなくなると考えたからです。ところが2014年に、その期待を覆す衝撃的な事件が起こりました。公務員を定年退職した男性が住宅ローンの借り換えを銀行に申請したところ、却下されたのです。確かにこの情報だけ見れば、『仕事を辞めた高齢者が融資を断られるのは仕方ない』と思うかもしれません。しかし実はこの男性、アメリカの中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)の議長を2014年まで務めたベン・バーナンキ氏だったのです」
FRBはアメリカの金融業界を統括する組織であり、バーナンキ元議長はその頂点に立った人物だ。それが現場の一担当者に融資を断られるなんて笑い話のようだが、これは現実に起こったことだ。
「この出来事で明らかになったのは、AIには大きな弱点があるということ。その弱点とは、機械的にしか判断できないことと、イレギュラーに対応できないことです。人間だったら常識的に考えて柔軟に判断できることも、AIには難しい。だからこそ、人間の営業職が絶対に必要なのです」
加えて、「人間の感情を理解できる」というのも、AIにない人間の強みだ。最近は日本の証券会社でも、窓口業務を「ロボアドバイザー」に切り替える動きが積極的に進められている。だが、「すべての業務をロボットが担えるとは思わない」というのが崔さんの意見だ。
「顧客の資産状況を分析することなら、ロボットにもできます。しかし、これから投資をしようとする人が、どんな不安や悩みを抱えているかまでは理解できない。不安や悩みが分からなければ、顧客のニーズを把握できません。でも人間の営業なら、『この話をすると、表情が暗くなるな』といったちょっとした変化に気付くことができる。顧客の側も、自分の気持ちを理解してくれる相手だから、信頼してその商品を買いたくなるわけです。よって私は、これからの時代の営業の仕事は、すべて“悩み相談”になると考えています。そして悩み相談は、人間にしかできない。あらゆる仕事が人工知能に置き換わっても、最後の最後まで残るのが営業ではないでしょうか」
生き残るために必要なのは、グローバル人材になること。
語学力よりも大事な「数字力」を身に付けよ
とはいえ、すべての営業が今のまま生き残れるわけではない。裏を返せば、“悩み相談”のスキルがない営業は不要になるからだ。単に「顧客と自社をつなぐだけ」「顧客に言われるままに御用聞きをするだけ」といった営業は、もうすぐ消えていくだろう。これまで以上に営業個人の実力が問われる中、若手営業マンは生き残りに向けて何をすべきか。
「私のお勧めは、職務経歴書を書いて、現在の自分の強みや弱み、経験やスキルを洗い出してみること。自分がやってきたことを紙に書き出して整理すると、『今の自分はこのスキルが足りないから、こんな勉強をしてみよう』といった未来予想図を描きやすくなります」
冒頭でも指摘があった通り、現在は教育水準の格差が自分の収入に大きく影響する。稼げる営業になりたいなら、社会人になってもみずから学び、自分の知的レベルを上げる努力が不可欠になる。なかでも崔さんが強く勧めるのが、「数字を読む力」を磨くことだ。
「20代の若手でも、会社の財務諸表は読めるようになるべき。自分が取引するクライアント企業の経営状態が分かれば、営業戦略を立てやすいからです。財務諸表を見て、クライアントの売上や利益が右肩下がりだと分かれば、『このままだと来期は予算が縮小されそうだな。だったらこの会社よりも、もっと大きな予算がとれそうな会社の新規開拓に力を入れた方が、自分の受注額も伸ばせそうだ』といった戦略を描けます。景気が良さそうに見えても、財務諸表を見ると膨大な借金をしている企業も少なくないので、“危ない会社”を見分けることもできます。財務諸表というと難しく感じるかもしれませんが、『財務3表一体理解法』(朝日新書)という本だけでも読んでみてください。財務諸表の読み方についてこれ以上ないくらい分かりやすく書かれているので、初心者にもお勧めです」
また、数字力を磨くことは、グローバルで戦う力を身に付けることにもつながる。
「日本の人口が減少する中、今後はますます多くの企業が海外に拠点を増やし、世界で稼ごうと考えるでしょう。外国の法人や個人が顧客となり、そのシェアが拡大すれば、日本の企業も英語や中国語などを話せる外国人の営業を増やしていくはずです。ただし、語学力に自信がない人でも、外国の人たちと渡り合う方法が一つだけあります。それが、数字で語ること。英語が多少つたなくても、数字を使ってグラフや表で視覚化すれば、ひと目で相手に伝わる。数字は言語の壁を越えるのです。グローバル化の時代に通用する営業になるためにも、ぜひ数字力を磨いてほしいですね」
世界経済がテクノロジーの進化と共に、目まぐるしく発展していく中、今の時代だからこそ必要とされるスキルや能力を見極め、自分で努力しながら磨いていけるか。それが2020年以降も営業職が生き残るためのカギを握っている。
取材・文/塚田有香 撮影/大室倫子(編集部)
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