【椎木里佳】20代になった元女子高生社長が“悪い子”を貫くワケ「監視社会でも炎上上等。私は人生に忖度しない」
いつからだろう。20代のうちは寝食を忘れて働くことも大事、という考えが前時代的だと叩かれるようになったのは。がむしゃらに上を目指すのではなく、プライベートを大事に無理せずマイペースが一番。気付いたら、世の中はどこもそんな耳心地の良いフレーズを繰り返すようになった。
でも、彼女は揺らがない。時代が何と言おうと、自分の生き方を貫き通す。アジアを代表する女性になる――心ない人が聞けば「身の程知らず」だと鼻で笑うようなビジョンに向けて、がむしゃらに今を生きている。人生に忖度しない。大言壮語も上等。そう言い切って、前を向く彼女は20歳になったばかり。椎木里佳、「女子高生社長」の肩書で世を騒がせた彼女の“20’s”が、いよいよ始まった。
ストレスは大歓迎。皆が良い子過ぎる世の中じゃイノベーションは生まれない
15歳で起業。女子高生社長としてスポットを浴び、慶應義塾大学進学後も10代をターゲットとしたマーケティングで独自のプレゼンスを誇ってきた椎木里佳さん。彼女の1日は忙しい。日中は大学生活を送り、講義の合間や夕方以降の時間を使って、社長業務に励む。“社長・椎木里佳”のスイッチをオフし、プライベートに戻れるのは毎日0時を過ぎてから。だけど、そんな多忙な毎日も決して苦行ではない。
「むしろそれが好きというか、家でダラダラしているのが本当に嫌いで。半日くらい家にいると何も価値を生み出していないことにイライラして、用がなくても外に出ちゃう。何もしていない時間とか本当無理です(笑)。何でそんなに仕事が好きかって言うと、私、よく自分の死んだ後のことを考えるんですよ。ただ何もせず何となく生きていたら、自分のことを覚えていてくれるのなんて周りの十数人だけ。それがすごく嫌なんです」
一方で、自分を駆り立てるような彼女の生き方は、昨今の風潮とは逆行している印象だ。貪欲なまでに上を目指す椎木さんは異端に見える。
「私たちの世代は『つくし世代』って言われていて、人のために仕事をすることを美しいと思っている世代。それを否定はしないけど、皆が良い子過ぎるとは思います。人を蹴落としてまで上に上がろうという子が少ないし、皆が皆地に足の着いた生活というか、身の丈に合った幸せを求め過ぎ。そういう思想からは、世の中を一新させるようなイノベーションは生まれない。どんどん世の中がつまらなくなるだけだと思います」
彼女は言う、負の感情は大事だと。椎木里佳という女性は、敢えて自分の中にイライラを呼び込むことで、それを爆発力に変換させている。
「プラスの感情で動けないんですよ。むしろストレスの高い環境の方が絶対成長できるタイプ。ストレスがない環境なんて、私、枯れちゃう。無理です、無理無理(笑)。私はあえて今流行っているような、『あんまり背伸びしないで、今自分の手元にある幸せを噛みしめよう』って書いてある本を読んで、自分で自分を苦しめたりします。私は全然そんなふうになれないから、敢えて真逆のメッセージを読むことで、自分は絶対成功するぞって奮い立たせる感じですね」
おかしそうに笑う彼女は、とてもチャーミングだ。決して突っ張っているわけでも気取っているわけでもなく、戦うことこそが彼女のナチュラルなのだろう。
20代はもっと調子に乗っていい。「私なんか」じゃつまらない
時代はそういう気概を持った人たちを笑ったり叩く傾向にある。その中で、どうして彼女はこんなにもまっすぐ自分を貫けるのだろう。
「人と違うことを恐れちゃダメ。皆もっと悪い子になった方がいいと思いますよ。私がもともといい子じゃないからっていうのもあるけど(笑)、悪い子でいた方が断然楽。何かあったらすぐに炎上だって騒がれる監視社会の今だからこそ、人生に忖度しないこと。それが大事だと思います」
人生に忖度しない。その潔い言葉が、彼女の生き方にぴたりと重なる。
「日本って謙虚が美徳の社会。この間、日本のアカデミー賞を見てびっくりしました。どの女優さんもみんな『私なんて全然』『こんなところに立たせていただいて恐縮です』みたいなコメントばっかり。どう考えてもすごい人たちなんだから、もっと調子に乗ったらいいのにと思いました。たぶん世の中はそういう謙虚なところを可愛いと褒めるんでしょうけど、私からしたらつまらない。謙虚さは、私も社名の由来にしているくらい大切だと思っています。でももっと大きいことを言わないと。『私なんて』って言ってたら、いつまで経っても自信なんて付くわけないですから」
ライバルはマララ。“椎木里佳”という存在を後世に残したいから、私は本気で仕事する
椎木さんはなぜこんなにも強気で、そして全力でいられるのだろう。その理由を「社長業をしていれば、いろんな人に自分の生き方や発信するメッセージを送ることができる」からだと話す。
「私を見て『視野が広がった』『社長になろうと思った』って言ってくれてたり、実際に行動を起こしてくれたり。そんなふうに誰かの人生を変えることができたら、間違いなく彼ら彼女らの記憶に私は残るわけじゃないですか。それって最高だなって。私は自分が死んだ後も、“椎木里佳”っていう名前や存在を世の中に残したい。だから仕事をするんです。だって、そうじゃないと本当にご飯を食べて出しているだけの人間になっちゃう (笑)」
彼女はいつも大きい目標を狙っている。それも、とてつもなく大きい目標を、15歳で起業したときからずっと。
「2020年の上場が今の直近の目標です。日本の社長の上場最年少記録は25歳1カ月。それを塗り替えたいんです。あとはアジア進出を成功させて、20代のうちにアジアを代表する女性になりたい。結婚も出産も社会貢献も全部やります。ライバルは、マララ(・ユスフザイ)。あれくらい影響力のある存在になりたいですね」
マララ・ユスフザイとは、史上最年少17歳でノーベル平和賞を受賞したパキスタン出身の女性だ。2017年には史上最年少の19歳で国連平和大使に任命された。椎木さんとは同い年。ベンチマークしている相手が、彼女は違う。
「そのために足りないのは圧倒的成功。だから全然、自分の人生に満足したことはないですね」
予防線を張るより、大きい目標を口にする方が絶対カッコいい
鮮烈な制服の印象が根強い彼女も20歳を迎え、正真正銘大人の仲間入り。あと2年もすれば、いよいよ大学生の肩書も外れ、彼女は“ただの社会人”になる。
特に10代のうちはその若さゆえに注目を浴びてきた面も少なからずあるはず。そう思えば、彼女は最大の“看板”を程なく自ら降ろさなければいけなくなる。20代の代表として取材をお願いした彼女に、そんな少し意地悪な質問をしてみた。が、彼女はまるで意に介す様子はない。
「最初の頃は肩書自体に価値を感じて“女子高生社長”って名乗っていましたけど、ある種そうすることでビジネスの領域が同世代に限られていたり、どこか自分を縛っていた部分もあって。むしろこれからは年齢っていう縛りがなくなる分、もっといろんな層にチャレンジできるようになる。その楽しみの方が全然大きいですね。強みがなくなるという不安はあんまりないです」
彼女を見ていると、すごく羨ましくなる。何にも縛られていないし、恐れてもいない。いつだって自分に正直だ。その分、想像もつかないプレッシャーやストレスに晒されているのかもしれないけれど、それも承知した上で思う、もっとこういう風に生きてみてもいいんじゃないかと。
「大きいこと言っている人の方が絶対にカッコいいですよ。私が2020年までに上場するっていろんなメディアで公言しているのも、それを口にすることで自分を鼓舞するため。控えめに振る舞って、できなかったときの予防線を張るなんてカッコ悪い。大口だと叩かれたって、私はちゃんと大きい目標を口にしていきたい。そして絶対に叶えます」
2020年の上場まで残された時間は、あと2年。「今のままだと難しいですけどね」と小さく本音をこぼした後、だからこそ頑張るんだと気合いを入れるような顔で、もう一度笑った。短いインタビューの中で彼女は何度も笑ったけれど、その笑顔が一番素敵な笑顔に見えた。
彼女を叩く人は、きっといるだろう。彼女の生き方は、時代錯誤なのかもしれない。でも、こんな20代がいるなら、日本はもっと面白くなるような気がした。20’sは、健全な“悪い子”になろう。世の中を、そして自分の人生をより良く変えていくために。
取材・文/横川良明 撮影/竹井俊晴
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