アイドルプロデュースは新規事業の教科書だ! 路上スカウトで生まれた『ゆるめるモ!』がZeppでワンマンライブを行うまで
AKB48や、ももクロ、モーニング娘。などを例に挙げるまでもなく、日本のアイドル業界は群雄割拠の様相を呈している。現在、全国で活動するアイドルは500組以上と言われる中、にわかに注目度が高まっているのが、2012年に結成された6人グループ『ゆるめるモ!』だ。
アイドルといえば、スカウトやオーディションで集められた女の子たちが芸能事務所からデビューするのが通例だが、『ゆるめるモ!』は結成時から無所属。プロデューサーである田家大知氏も、プロデュースの経験はゼロという異色のスタートを切っている。田家氏によれば、「アイドルのことすらロクに知らなかったボクが、勢いでゼロから作ってしまったグループ」(田家氏)だと言う。
だが、結成から3年目の今年5月、赤坂BLITZのワンマンライブでは1200人を動員し、12月20日にもZepp Diver Cityでワンマンライブを開催するまでに飛躍を遂げた。
いったい、ド素人のプロデューサーがド素人のアイドルを、いかに育て上げたのか――。その過程を取材したところ、まさに新規ビジネスを興す時に直面する課題の映し鏡だった。
吐きそうになってもやめなかった路上でのスカウト活動
まずは、田家大知氏の経歴をざっと紹介しよう。
彼は『ゆるめるモ!』のプロデューサーになるまで、音楽系のフリーライターとして活動していた。主な執筆ジャンルは、国内外のロック音楽。プライベートでもバンド活動を行ったり、好きなバンドの追っかけも兼ねて世界を放浪したりと、筋金入りのロック好き。アイドルなんてまったく興味がなかった。
そんな田家氏がアイドルプロデュースを思い立った理由とは何だったのだろう。
「ある日、ももクロの『ピンキージョーンズ』という曲を聴いた瞬間、衝撃を受けました。アイドルでもこんなに面白い音楽をやっているんだ!と。それからはももクロにハマり、ライブに通い出すようになって、そのうち、『自分ならこういう曲をやるのに』『自分ならこう見せるのに』と、ファンでいることに飽き足らなくなっていったんです」
そう感じていたのが、『ゆるめるモ!』結成3カ月前の頃。当時の田家氏が「自分ならこうするのに」と思い描いていたアイドル像はこれだった。
「ニューウェーブ(ロック音楽のジャンルの一つ)やインディーロックといった、あまり日の目を見ない音楽ジャンルをやるアイドル。どのアイドルもやる気配がなかった音楽で、これをやれば面白いことになるんじゃないかと思っていました」
そんな田家氏にとって、プロデュース活動の第一歩目は、なんと路上でのメンバー集めだった。
「原宿、渋谷、新宿、秋葉原で良いなと思う子がいたら、所かまわず声を掛けました。スーパーのレジ打ちをしていた子にも声を掛けましたね。『キメェよ!近寄んじゃねえ!』なんて罵倒されることはザラで、それはもう傷つくし、凹むし、吐きそうになるし(苦笑)」
路上で声掛けした女の子の数は、1カ月間で300人ほど。
「最初は直球で『アイドルになりませんか?』と声掛けしていたのですが、途中で『何やっている方ですか?』と話し掛ける方が効果的だと気付きました。会話を進める中で、『美容師になりたい』などと夢を持っている子がいたら、『そういう子にチャンスを与える活動しています。話を聞いてみませんか?』と返す。そこで食いついてくる子とは連絡先を交換し、後で『なぜ自分がアイドルを作りたいのか、そのためにはキミの力が必要なんだ!』と、全身全霊で作成した長文メールを送りました」
メンバーが続々脱退……『ゆるめるモ!』解散の危機も経験
こうして最後まで連絡を取り合うことになった4人で『ゆるめるモ!』を結成することになるのだが、アイドル業界のことは右も左も分からない。
「本当にゼロからのスタートでしたので、アイドルイベントの仕組みも分らないし、どこのライブハウスに出ていいのかも分かりませんでした。ただ、メンバーにアイドルになったという自覚を持たせるためにも、ライブは結成から2カ月後にやると決めていました」
そして結成から2カ月後、当初の予定通り、初ライブが決まった。田家氏がバンド時代に何度か出演していたという縁もあって、渋谷のライブハウスのアイドルイベントに出演させてもらうこととなったのだ。
「初ライブでは数組のアイドルグループが出演したのですが、もちろん『ゆるめるモ!』のファンはゼロ。そんな中、何とか歌い切ることはできたのですが……。アイドルの合同ライブって、ステージの終演後に物販の時間が設けられていて、そこでグッズを売ったり、握手会をするものなんです。でも、初ライブの時はそんなことも知らず、スタッフの方に『なんでグッズ売らないの?』と言われて慌てて近所の100円ショップにTシャツを買いに行く始末。それにメンバーのサインを入れて一枚500円で売りました」
一事が万事、手探りの状態で進めていったアイドル運営。その資金源はライブでの入場料や物販なのだが、駆け出しのアイドルにそうした収益は見込めない。
「1時間2000円ほどのスタジオレンタル料やメンバーの交通費など、活動費はすべてこちらの持ち出しでした」
そして、当時の田家氏を最も悩ませたのがメンバーの離脱だった。
「活動初期の頃はメンバーも不安。もともと普通の女の子たちですから、1人1人としっかり向き合い、不満や望みを聞いてあげることが大切。でも、思い通りにいかないことが多くて、当時、センターを務めていた子が離脱し、さらにもう1人の子も体調を崩して休みがちになり、残った2人だけでライブをこなさなければならない状況となりました」
迫り来る解散の危機。アイドルプロデュースがお金儲けの手段であったなら、ここで挫折していたかもしれない。しかし、田家氏の心は折れなかった。新メンバー募集サイトを立ち上げ、『世界同時募集』というキャッチーな触れ込みで2期生を募集。その結果、5人の新メンバーが加入することとなった。瀬戸際に立たされていた田家氏を支えたものとは何だったのか。
「ボクはお金儲けのためにプロデュースをやりたかったわけではありません。自分が良いと思う音楽を世に届けたい、それには自分が歌うよりも、アイドルというフォーマットを使う方が断然、世の中に広がりやすい。それがボクのプロデューサーとしての出発点ですし、どんな状況に陥っても、その思いがブレることはありませんでした」
新メンバー加入後は、フライヤーなどをチェックしては面白そうと思えるイベントの主催者に片っ端から長文メールを送って自身の思いを伝えた。
「100件送って、返信が届くのは5件くらい」。それでも、「『面白そうだね、ぜひ会いましょう』と言ってもらえることが喜び」だった。
こうして地道にイベント出演を重ね、他のグループとは一線を画す個性派アイドルとしての評判が広がり、イベント主催者から出演のオファーが届くようになる。
時代をリードしつつ、時代に寄り添う
『ゆるめるモ!』がアイドル業界で評価されている点は、何よりその音楽性にある。
「曲の方向性は、ニューウェーブ、ヒップホップ、ポストパンクあたりの尖った音楽をぶち込み、雰囲気はゆるく仕上げる。その根底にあるのは、世の中に迎合しないこと、時代をリードすることです。それを表現するには結構な勇気がいりますが、そこは絶対に躊躇しないと決めて、作曲家さんや作詞家さんにはディレクションさせてもらっています。
例えば、初期の代表曲『SWEET ESCAPE』は曲の時間が10分もある、恐らくはアイドル史上最長の曲。作曲の前段階からボクの中で明確な完成ビジョンがあった曲。『ゆるめるモ!』は“これくらいはぶっちぎるよ”と世の中に提示するために形にしました」
そう話す田家氏は、自身が思い描く音楽性にゆるぎない自信を持っている。
「ボクの中では、こんなに良い楽曲があって、こんなに面白いメンバーがいて、有名になれないはずがないと確信しています」
今後の目標は?と聞くと、「メンバーそれぞれ個々の可能性を見出し、社会での居場所を獲得すること。そして、武道館でワンマンライブ開催と紅白歌合戦出場!」と、田家氏の目線は驚くほど高い。それゆえ、赤坂BLITZのワンマンライブで1200人を動員した実績にも、12月20日にZepp Diver Cityでワンマンライブを控えている現状にも、「手ごたえはあんまり感じてないんです」と浮かない表情を見せる。
そんな田家氏が見据えているものとは何なのだろうか。
「今はコアな音楽ファンばかりがうわっと騒いでいる状況ですが、これからはファン層をお茶の間に広げたいと思っています。そのためにまず、曲作りでは少し時代に合わせること。一歩先を行くとなかなか時代が追いついてこないので、半歩先程度に歩幅を縮める、そんなイメージですね」
2015年11月には、それを形にした『ゆるめるモ!』のセカンドフルアルバム『YOU ARE THE WORLD』がリリースされている。実は、有名ミュージシャンから提供された楽曲も含んだ力作だ。(収録曲の一部は以下)
『夢なんて』
『もっとも美しいもの』
『Only You』
「全17曲を収録していますが、お茶の間の方々にも受け入れてもらえるよう、前半はなじみやすいポップスの曲を並べ、中盤から徐々に深みの方へと連れて行って、気がついたら別世界にいた!みたいな、そんな曲の構成にしています。一度聴いてもらえれば、魅力が分かってもらえるはずです」
そう話す田家氏に最後に聞いてみた。“自身にとってのアイドルとは?”
「ルールに縛られない、何でもできちゃうスゴい表現方法。エンターテインメントとしては、最高に面白い! 『アイドルだから、こんなに面白いんだよ』と、メンバーにも伝えていきたいですね」
今後もアイドル業界を騒がせてくれそうな『ゆるめるモ!』。今後の活動から目が離せない。
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取材・文/questroom inc.、興山英雄 撮影/柴田ひろあき
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