リピーター率88.6%! とある旅館女将のすご過ぎる「顧客囲い込み」戦略
2015年2月、とあるブログ記事が話題になった。石川県加賀市の旅館『山代温泉 加賀の宿 宝生亭』の専務である帽子山宗氏が書いた「嫁、大暴れでホームページの存在意義が消し飛ぶ悲劇・・・」という記事だ。
記事によると、彼の妻でこの宿の女将の帽子山麻衣さんが、宿泊客がチェックアウトする前に次の宿泊の予約を取ってきてしまい、集客のために作ったWebサイトが意味を成していないとのこと。他の記事を見ると、全室がリピーターで埋まることもあるようだ。
予約を取って客室の稼働率をキープすることが安定経営の基本である宿泊業界では、リピーターで予約が埋まることは理想の経営状態と言ってもいいだろう。宝生亭ではリピーター率が88.6%にまで達した月もあるという。
しかしなぜ、このようなことが可能なのか。麻衣さんが実践する3つの営業戦略は、型破りとも言えるものだった。
【1】全ての宴席に参加して見込み顧客を発掘
「普通の女将は宴席に顔を出しても、かしこまった挨拶をして上座に座っている偉い方だけにお酌をして終わり。私の場合は宴席にいる全員にお酌をします。私がお酌すればお客さまもお酌して下さるので、一緒に飲むことになります。お酒が入ることで打ち解けて、歌ったり踊ったり、良い飲みっぷりを見せたりすることでお客さまに楽しんでもらえるんです」
宴席は多い日で一日4件入ることもあり、麻衣さんはその全てに参加するという。宴席に参加する時間は2時間。つまり、乾杯から一本締めまで、常にどこかの宴席に参加しているのだ。体への負担は小さくない。しかし、毎回宴席に参加することにより分かったことがあるという。
「意外ですけど、宴席では下座に社長や会長などの偉い方が座るケースも多いことが分かったんです。普通の女将と同じおもてなしをしていたら見逃していたかもしれません。下座に座られている重役の方とお話をして、『今度同窓会をやろうかと思っている』というような情報を引き出したところで、『ちょっと、ここに名前書いて』とコースターを渡します。そこに連絡先を書いてもらって、顧客名簿にするんです」
【2】半径50km以内の客しか狙わない
「宝生亭の常連さんは、主に半径50km以内にお住まいのお客さま、つまり、地元の方です。普通の旅館は認知度アップを狙い首都圏に広告を打ったり、団体旅行客の獲得のために宗教法人などにアプローチしますが、私たちはそれに競合しない道を選びました」
いくら北陸新幹線が開通して時間的距離が短縮されたといっても、東京から宝生亭まで片道3時間以上はかかる。そんなに時間を掛ける旅行客は旅行先の選択肢も多く、宝生亭のリピーターになってもらうにはハードルが高いのだ。
「だったら1時間以内の距離で来てくれた方に積極的に営業を掛けたほうが効率が良いんです。来ようと思い立った日にすぐ来ていただけますから。だから宣伝活動は地元の新聞に折り込みチラシを入れたりするくらいです」
【3】常連だけでなくその家族にもアプローチ
常連になった客との関係構築にも、麻衣さんは余念がない。
「暑中見舞いや年賀状などの季節の挨拶状には、話題性のあるネタを使うようにしています。東京オリンピックの開催が決まったときには滝川クリステルさんに扮した写真を、選挙の時期には選挙ポスターを模したデザインを使いました。特に頻繁に泊まりに来られる常連さんには家族写真入りのお手紙を送ったり、私が出産したことをお知らせする手紙をお送りしたこともあります。また、空室が多くなる時期には、『来月はヒマです』と書いてしまうこともありますね」
その他にも、母の日には「いつも宝生亭に送り出してくれてありがとう」という意を込め、常連客の妻にカーネーションの花束を送ったり、誕生日にケーキを贈ったりもするという。
常連客の家族までもが思わず微笑んでしまうようなアプローチの数々。普通の旅館では考えられないようなこれらのアプローチが、宝生亭のリピーター獲得につながっているのだ。
なぜ麻衣さんはこのような営業手法にたどり着いたのか。その裏には彼女の「飾らない」ポリシーがあった。
「気に入らんかったらもう来んといて」
「年に10回以上泊まりに来てくださる常連さんもいらっしゃるのですが、ご希望の日に他の宿泊客がいない場合は『1組だけのために電気つけるのもったいないからその日は来んといて』と正直に話して別の日にしてもらうこともあります」
こうなると「常連」ではなく、もはや「友達」に近い。一般レベルの女将と常連客とは全く異なる独特の関係性を築いている。宿泊客がそこまで麻衣さんに引きつけられるのはなぜか。それは、彼女の「素」を出した営業スタイルに引き込まれてしまうからだ。
「最初からこんなスタイルでやっていたわけじゃないんですよ(笑)。オープン当時は、宿泊客全員に必ず満足して帰っていただこうと思って躍起になっていたんです。でも、頑張っても頑張っても、お客さまには怒られる。中には『他の旅館は○○してくれたのに、何でここではできないんだ』と文句を言うような方もいました。そのとき決めたんです、自分のことを好きになってくれる人だけを宝生亭の“お客さま”にしよう、と。それで、そのお客さまには『この宿が気に入らんかったらもう来んといて』と言いました」
こんなことを言って宿泊客と揉めないわけがない。しかし、不思議なことに揉めた宿泊客ほど、その後宝生亭に足繁く通う常連客になるのだという。
「私は我慢できない性格で、すぐに自分の言いたいことを言ってしまう。でもそんな私を理解してくれて好きになってくれる人もいる。嫌いな人はとことん嫌いかもしれないですけど(笑)。お行儀良く女将らしい女将を演じるより、私も楽だし、お客さまもそんな私を求めてくれる。『飾らないこと』が常連さんに好かれるコツ、ですかね」
旅館の女将としては明らかに“異端児”の麻衣さん。しかし、そんな彼女の、業界の慣習にとらわれない自由な営業スタイルが、彼女自身、そして、宝生亭の熱狂的リピーターを育て上げていた。
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取材・文/佐藤健太(編集部)
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