競合に勝てないのは誰のせい? ご当地アイドルのプロデューサーに学ぶ「売れない商品の蘇らせ方」
競合他社と比較された結果、今回の契約は見送りに――。
このようなシチュエーションは営業マンなら誰もが一度は経験したことがあるだろう。特に競合の多い業界や、他社商品との差が分かりにくい商材を扱っている営業マンならなおさらだ。
しかし、同じく競合が多く、商品力で突出していない商材を扱いながらも、その商品を売れ筋に変えた人物がいる。それが音楽プロデューサーの伊賀千晃氏だ。伊賀氏が手掛けているのは愛媛県内で認知度98%とも言われているご当地アイドルグループ『ひめキュンフルーツ缶』。
『ひめキュン』が2011年3月に発売したデビューシングル『恋愛エネルギー保存の法則』はオリコンインディーズチャート1位を獲得。その後しばらくチャートで名前を見ることはなかったが、なんと2013年にはメジャーデビューを果たすまでに復活。
アイドル群雄割拠の時代で『ひめキュン』を「最強のご当地アイドル」と呼ばれるまでに育て上げた伊賀氏。そんな彼のインタビューから「売れない商品の蘇らせ方」を学ぶ。
メンバーの脱退が路線変更のきっかけに
そもそも伊賀氏はかつて『ジャパハリネット』をプロデュースするなど、ロックバンドが専門。そんな彼がなぜ畑違いの“アイドル”をプロデュースしようと思ったのか。
「理由は2つ。ひとつは2007年にジャパハリネットが解散し、運営しているライブハウスの稼働率を上げなくてはいけなくなったから。もうひとつはAKB48創設者の一人である芝孝太郎と六本木で飲んだ時に、ファンクラブだけで5億円の収益になると話していたことを思い出したから」
「アイドルは儲かる」そう思った。しかし、アイドルのプロデュースは全くの未経験。伊賀氏が頼ったのは松山にいた2人の知人だった。
「俺はこれまでアイドルをプロデュースしたことなかったから、どうやったら売れるのか見当も付かなかった。そこで、地元でメディア関連の仕事をしていた知人と、その知り合いの放送作家に声を掛けたんです」
3人のプロデューサーがとった戦略は「ステレオタイプのアイドル路線で売る」だった。制服を着て、体育館で踊るといういわゆる「ステレオタイプ」だ。デビュー曲はヒットした。だが、アイドル業界は雨後の筍。ライバルの出現もあり、それ以降は低迷が続いた。そしてデビューから1年も経たない頃、『ひめキュン』は窮地に立たされる。
「もともと8人で活動していたメンバーから、2011年11月と12年3月、相次いで3人が脱退し、5人になりました。残されたメンバーはまだ中高生。本人たちが『解散しないでこれからも続ける』って言うんで、俺はこの子らの人生に責任を負って、徹底的に鍛えなくちゃいけないと思ったんですよ」
この時すでに、伊賀氏と共に活動してきた2人のプロデューサーたちは『ひめキュン』の運営から離れており、プロデューサーは伊賀氏一人になっていた。
この死にかけの商品を自らの手で売る。そう覚悟を決めた伊賀氏は大きく舵を切った。『ひめキュン』を再浮上させるために彼がとった戦略は次の3つだ。
【1】競合がやらないことをやる
メンバー脱退前の3枚目までは王道のアイドル路線、5人になって初めての4枚目以降は伊賀氏の専門のロック色が色濃く反映されている『ひめキュン』の楽曲。「アイドルではなく、ロックバンドを作っていると思っている」という伊賀氏の言葉からも分かるように『ひめキュン』は他のアイドルがしないことをこれまで行ってきた。
【メンバー脱退前の楽曲 『恋愛エネルギー保存の法則』】
【メンバー脱退後の楽曲 『アンダンテ』】
「まず、ライブ衣装は特注せず、市販品のロックTシャツを改造して着させています。動きの多い『ひめキュン』の楽曲ではひらひらの衣装なんかより、こっちのほうが格段に動きやすい。あとは、ロックバンドと対バンさせたり、握手会と物販を同時に行わなかったり。俺はアイドルがファンに媚びてお金儲けをしている感じがすごく嫌なの」
また、ライブでは必ず生バンド・生歌で演奏することを徹底している『ひめキュン』はアイドルとしては異例のロックフェス『MONSTER baSH』出演も果たしている。
【2】競合が追いつけないくらいまで突出する
ひめキュンよりも後発のアイドルで「ロック」を売りにしているアイドルグループも出てきている。しかし、それらと圧倒的に違うのは声量と運動量だという。
「生のバンドの演奏で歌う訓練をしているかどうかで声量が全く違ってくるんです。他にも『ロック』を売りにしているアイドルがいるけど、バンドの演奏で歌わせたら声がかき消されてしまう。それで結局CDを流してるアイドルたちばかりなんです」
また、運動量に関しても、高校生のメンバー岡本真依さんが体育の持久走で陸上部の同級生と同着したという逸話がある。伊賀氏は『ひめキュン』メンバーにハードなダンスの練習以外にも体幹を鍛える筋力トレーニングを課しているという。
「ひめキュンと他のアイドルとの力強さを例えるなら、戦車と原付くらいの力の差がありますよ。真似しようと思ってもまず追いつけないんじゃないですかね」
【3】ブランディングを徹底する
伊賀氏は商品のブランディングについて「中途半端なのが一番ダサい」と断言する。
「『ロック』を自称しているアイドルのライブでダサいと感じるのは『新曲買ってくださーい』とかステージ上で平気で言っちゃうところ。あれ、めっちゃダサいでしょ。ロックを売りにしているアイドルがあれやっちゃ絶対ダメでしょ。矢沢永吉が『新曲買ってくださーい』ってステージからお願いしてたら見てらんないよね」
特にそのロック精神が顕著に現れているのが8thシングル『バズワード』のジャケットだ。このジャケットは外側に王道アイドル調の歌詞カードのダミーが、内側にはロックテイストの歌詞カードが封入されており、しかもダミーの内側には「このジャケットはゴミ箱にぶち込め」とのただし書きがある。
こんなところからも徹底的にロック路線に振り、他者と差別化を図ろうという伊賀氏の意図がうかがえる。
商品価値を信じろ、信じられなければ徹底的に改善しろ
伊賀氏は商品の価値についてこう語った。
「相手に何かを与えて対価を得るということは、相手が本当にお金を使う価値があると信じて売らなくてはいけない。もし商品にそれを満たせない部分があると思うのなら、自ら徹底的に改善していくべき。自分でできないなら商品を作っているやつに口を出して、納得がいく商品に作り変えるくらいの気概が必要だと思うんです」
商品の価値を信じること、そして、少しでも納得がいかなければ、口を挟んででも徹底的に改善することが重要だと説く伊賀氏。
彼は自らがプロデュースする『ひめキュン』に対し、「俺に言わせれば今はまだ30点の段階」と辛口評価する。
それは、まだ彼が『ひめキュン』という商品に改善の可能性を感じているということだ。
「その商品が競合に負けるのは誰のせいか」。この問いの答えを彼の行動の中に見いだすとするなら、商品の価値を見いだそうとせず、自らその商品を良くしていこうとしない「営業マンのせい」なのかもしれない。
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取材・文・撮影/佐藤健太(編集部)
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