キャリア Vol.697

日テレのヒットメーカー栗原Pが贈る“チャンスに恵まれない”若手への助言「20代は腐ってる暇なんてない」

入社から数年経っても、優秀な先輩たちで上が詰まっていて、重要な仕事を任せてもらえない。いつかチャンスがまわってきたとしても、下っ端仕事しか経験していない自分には、何もできないんじゃないか……。

そんな20’sに「“席が空かない”状況であっても若手時代はいかに腐らず“準備”をするかが大切」と話すのが、『ぐるぐるナインティナイン』『踊る!さんま御殿』などを担当してきた日本テレビの人気プロデューサー・栗原甚さんだ。

栗原さんが日本テレビに入社したのは、“日テレ黄金期”と呼ばれた1993年。売れっ子プロデューサーだらけで、若手には番組の企画を出すチャンスすらまわってこない時代だったという。

結局、栗原さんが初めて自分の企画を世に出せたのは、入社9年目の30代になってから。それが社会現象を巻き起こした大ヒット番組『¥マネーの虎』だ。

栗原さんは、“初打席でホームラン”を打つために、どんな下積み時代を過ごしたのか。話を聞く中で、「チャンスがまわってきたときに、確実に成果を出す」ために、若手がすべき“準備”が見えてきた。

日本テレビ放送網株式会社 情報・制作局 ドラマ兼バラエティー担当 演出/プロデューサー 栗原 甚さん
日本テレビ放送網株式会社 情報・制作局 ドラマ兼バラエティー担当 演出/プロデューサー 栗原 甚さん
1993年日本テレビ入社。2001年スタートの、伝説的現金投資バラエティー『¥マネーの虎』を企画・総合演出・プロデュース。『¥マネーの虎』の企画はその後、世界35カ国で放送され、自ら演出・監修に携わる。そのアメリカ版『SHARK TANK』は、14年から4年連続エミー賞最優秀作品賞受賞。担当番組は他に『さんま&SMAP美女と野獣スペシャル』『伊東家の食卓』『行列のできる法律相談所』『ぐるぐるナインティナイン』『踊る!さんま御殿』など。13年よりドラマ部門を兼務し、『天才バカボン』を実写ドラマ化。2019年4月ヒットを支えた仕事術をまとめた『すごい準備 誰でもできるけど、誰もやっていない成功のコツ!』(アスコム)を上梓

ヒット番組を連発の当時、若手の出る幕はなかった

僕が入社した頃の日本テレビは『マジカル頭脳パワー!!』や『世界まる見え!テレビ特捜部』、『進め!電波少年』などヒット番組を連発していました。視聴率は右肩上がりで、入社翌年から10年間、平均視聴率トップを獲り続けていたんです。

上の世代にはヒットメーカーがずらりとそろい、始まった番組は一つも終わらない。若手の出る幕はありませんし、新しい企画も必要とされていませんでした。そんな状態がいつまで続くのだろう、と不安に思っていましたね。

僕が「何としてでも自分の企画がやりたい」と思うようになったのは、入社して間もないとき。『電波少年』プロデューサーの土屋(敏男)さんから、「俺は面白い企画を思いついたら、今すぐアポなしロケに行って、すぐ次の放送で流せるんだよ! お前ら、羨ましいだろ」って言われたんです。もちろん羨ましいし、何より悔しくてたまりませんでした。テレビでやりたいことを実現したいなら、何としてでも自分の番組を持たなきゃいけないと、強烈に叩き込まれた瞬間です。

そこからは、「いつか自分の企画した番組を持ちたい」と、企画書をたくさん書くようになりました。そもそも企画募集なんてないのに、勝手に書いてプロデューサーに持っていく。「若手のクセに、企画なんか考えてんじゃねぇ!レギュラー番組に力を入れろ!」って突き返されたり、「ごめん、今企画足りてるから」と取り合ってももらえなかったり、結果は散々でした。結局、入社から9年間、自分で番組を企画して担当させてもらうチャンスはありませんでしたね。

先輩が忙しい分だけ、若手には“小さなチャンス”が溢れている

チャンスがまわってこない一方で、「先輩たちが忙しい」というのは若手にとって悪いことばかりではありませんでした

例えば、僕が入社1年目のADだったとき。待ち合わせ時間になっても、番組ディレクターが集合場所に来なかったんです。その番組に関わる人たちはすでに皆待機しているので、あわてて僕が電話をかけると「まだ前の現場が終わってないんだよ。悪いんだけど、よろしく」と(笑)。もう時効だから言えますが、入社1年目のADがロケを仕切るなんて、普通だったらありえないんですよ。でも、自分でなんとかするしかないですから、結局一人で現場を仕切りました。

栗原

そんな感じで、先輩が忙しくて仕事がまわっていない分、小さなチャンスがたくさん降ってくるんです。おかげで自分の企画はできなくても、現場の仕切りや、編集、コーナーの準備といった作業は、比較的早い段階で任されるようになりました。

担当する現場で自分の引き出しをたくさんつくれば、いつか自分の企画をつくるときに必ず役立つ。そのための修業期間だと思って、僕はとにかく目の前のことを全力で取り組むことに決めたんです。

同時に、いつか企画をつくるための勉強もたくさんしていました。他のディレクターが担当したロケ台本が捨ててあったらゴミ箱から拾って読み、録画を見ながらナレーション原稿を書き写す。忙しい中でも、勉強のためにテレビ番組をずっと見ていましたね。

「9年目、これが最初で最後のチャンスかもしれない」
初めての企画『¥マネーの虎』が大ヒット!

ようやくバッターチャンスが巡ってきたのは、入社9年目の初夏。日本テレビで、約10年ぶりに大々的な企画募集が行われることになったんです。僕は24歳で新卒入社したので、すでに30代前半。テレビ局ではある程度の年齢に達すると、番組の現場ではなく内勤に回されることが多いので、「絶対に企画を通したい!」と気合いが入っていました。

その時、確か20本くらい企画を応募しました。それまで書き溜めていた企画をブラッシュアップしつつ、ここぞとばかりに新しい企画を考えまくったんです。

募集されていた番組枠は、土曜日の深夜0:50から。深夜番組だったので、できるだけ予算を抑えて、でも飛びきり刺激的な番組にするためには、どんな企画がいいのか。9年間で蓄積したノウハウをフル活用して、頭をひねり尽くしました。

そのとき生まれたのが、『¥マネーの虎』の企画。一般人が投資家の前で事業計画をプレゼンテーションし、その出資の可否を下されるという内容です。予算がないので、投資家も志願者もノーギャラ。スタジオセットは作らずに、舞台の稽古場を間借りさせてもらう。本気で事業を叶えたい一般人と、そのビジネスに本気で向き合う投資家。刺激的・斬新・低予算の企画をつくれた手応えがありました。

栗原

僕は「9年待った。これが最初で最後のバッターボックスだ」と思って、準備してきた自分の全てを出し切ったんです。結局そのときの企画募集には700本くらい集まったそうですが、最終的には僕の『¥マネーの虎』が選ばれました。番組が決まったとき、それは嬉しかったし、この企画を絶対ヒットさせるぞって覚悟を決めたことを覚えています。

僕のそういう熱意やエネルギーが周りにも伝わったのか、この番組は出演者を始めたくさんの人に協力してもらえました。投資家の「お前は本気でこのビジネスをやる気があるのか?」という厳しい怒号が飛び交い、志願者が号泣する……といった、かなり刺激的な内容がウケて、深夜番組では異例の高視聴率を記録。ゴールデン枠への進出、フォーマット販売されて世界35カ国で放送されるなど、社会現象ともいえる大ヒット作にすることができたんです。

今この瞬間、何を準備しておくか。
20代で腐ってる暇なんてない

あの時はどきどきしながらバッターボックスへ歩いて行ったけれど、なんとか特大ホームランを打てたのは、「20代の頃にやれることは全部やった」からだと思っています。

やりたくなかったり、できるかどうか分からなかったりする仕事にだって向き合って、分からないことは周りの人に聞きまくって、経験を積んできました。大きなチャンスでなくても、「僕にやらせてくだい」と言って、淡々と経験値を高めようとした。そんな下積み期間がいざ、番組を任された時に活きたんだと思います。

下積み中に、僕が特に意識したのは、仕事の「準備」をきちんとやることです。目の前の仕事をしっかり段取ることに、20代はほとんどの時間と体力を注いできました。先回りして考えたり調べたりしていれば、仕事がうまくまわるし、その分たくさんのことを経験させてもらえると思っていたんです。それに、僕の親父は職人で、小さい頃から「仕事は段取り八分」だと教わっていましたから。子どもの頃から、準備や段取りが何よりも大切だということが染み付いていたんです。

雑用だって同じこと。例えば先輩から「タバコ買ってきて」って言われて外まで買いに走るのは時間がもったいないから、あらかじめ何人分もの先輩のタバコの銘柄を把握しておいて、カートンで買って、ロッカーにストックしておくんです。おつかいが誰よりも早いので先輩たちが「栗原は仕事が早いな」と勘違いして、今度の現場には栗原を連れていくか、ということが決まったりするわけです(笑)。

栗原

あの頃の僕みたいに、今の仕事よりもっと上の仕事がしたいって若手は多いと思いますが、まず今の現場に立ち続けることが、チャンスを掴む近道なんじゃないかなと思います。目の前の仕事に真摯に取り組んでいれば、人手が足りなくなった時「そういえば、あいつは仕事ができるから使ってみるか」とか「勉強しているみたいだから、呼んでみようか」ってなりますから。それに現場にいれば、今の自分に何が必要なのかも見えてきますしね。

そう考えると、今の仕事で自分がやっておくべきことってたくさんあるのではないでしょうか。チャンスが巡ってこないからといって、腐ったり折れたりしている場合じゃありません。

今この瞬間、何をするか。それが先の未来でバッターボックスに立つ瞬間に繋がっています。いざチャンスが巡って来たときに自信を持って思い切りバットを振れるように、20代は自分の仕事で着実に力をつけていきましょう。少なくとも僕は、そうしてきて本当に良かったですし、下積み期間に無駄な仕事なんて一つもなかったと思っていますから。

取材・文/石川香苗子 撮影/赤松洋太

Information

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