フツーのOLが33歳で飛び込んだ“探偵”の世界が奥深い「キスシーンを撮影したらボーナスが出ます」
TVや映画ではよく見るけど、その実態を知る機会は少ない「探偵」の仕事。事件解決のために翻弄する姿を想像するが、実際にどんなきっかけでその仕事を選ぶのだろうか……!?
そこで今回話を聞くのは、一度は“フツーのOL”に落ち着いたはずが、30代で突然探偵に転身した女性。「私、昔からずっと探偵に憧れていたんです」とニッコリ笑うのは、株式会社MRの探偵(調査員)・田中亜弓さんだ。
周囲の友人に驚かれても、親に心配されても、「探偵をやってみたい」という思いを貫いた。男性ばかりの職場で体力勝負の一面もあるが、「OLだった頃の何倍も楽しい!」と田中さんは笑う。彼女はなぜこの道を選び、どこに面白さを感じているのだろうか?
浮気調査が中心。徒歩や電車、車などで調査対象者を尾行し、浮気相手とホテルから出てくるなどの、決定的瞬間の動画を撮影することがミッション。動画の編集も自ら手掛ける。
また、婚前調査(結婚する相手の身辺調査)や素行調査、家出人探しなどの案件も担当し、周辺関係の聞き込みから尋ね人のビラ配りまで行う。素行調査は企業からの依頼も多く、特定の従業員がサボっていないかどうかを調べるケースも。
収入は、基本給プラス成功報酬の歩合制なので、月によってまちまち。成功報酬はポイント制で決まっている。
例えば浮気調査では、ラブホテルへの出入り、手をつないでいる瞬間、キスシーンなど、不貞(継続的肉体関係)の証拠となる動画を撮影できた場合や、相手の住まい(部屋番号なども含む)を特定できた場合はプラスポイント。
「事務職の頃よりは収入アップはしましたが、タイミング次第で前後します。ポイントが高い瞬間(キスシーンなど)を撮影できた時は、歩合給が出るしテンションが上がります(笑)」
探偵ミステリーに憧れ、33歳で「安定よりも、やりたいことをやろう」と決意
田中さんが「探偵になりたい」と思うようになったのは、20代の頃。映画やドラマ、アニメの影響が大きかったという。
「もともと探偵ミステリーが大好きで、『探偵はBARにいる』や『名探偵コナン』を観ているうちに、面白そうだなと思うようになりました。周囲にも探偵になってみたいと話していたんです。でも、20代の頃はアパレルの販売員をしていたので、本当に転職するとは思ってなかった(笑)」
探偵になる直接のきっかけは、「同じことを繰り返す毎日に飽き飽きしたから」だそう。
「30代に突入してそろそろ安定したいなと、販売員から事務の仕事に転職したんです。でも私は飽きっぽいタイプなので、毎日オフィスの中で同じような作業をすることに飽きてしまって。そうやってイヤイヤ働いているうちに、『あれ? そもそも私って、安定したいタイプだっけ?』と思うようになりました(笑)。その時、1日の中で仕事に費やす時間は長いんだから、どうせなら自分のやりたいことをやろうと、腹を括ることができたんです」
ここで田中さんは、かつてから憧れていた「探偵」の求人を探そうとハローワークに出掛けたのだ。驚くことに、探偵(調査員)の求人は数社あったそう。
「窓口の人には、『若い女性が探偵の仕事!? 本気で言ってるの?』と渋られました。求人票を載せておいてよく言うよなあ、と思いましたけどね(笑)。でも、窓口の人が驚いたように、一般的に女性の探偵って珍しいみたいで。相手から恨みを買う危険もありますし、尾行が深夜にまでわたることも多いですからね。今の会社も、『お客さまの相談に乗る、カウンセラーの方がいいのでは?』と勧められました。それでも私は探偵に憧れがあったので『いえ、探偵(調査員)がいいです!』と熱意を伝えて採用してもらったんです」
誰にも相談せず、事務職から探偵への転職を決めた後、友人や親には事後報告。周りからポジティブな反応はなかったという。
「友人も家族も、かつて探偵になりたいと話していた頃には面白がってくれていたのに、実際に転職してみると『ええ!? 危ないんじゃないの?』と。かなり心配していました。でも私がずっと前からやりたいと言い続けてきたこともあり、最後には『まあ、好きなようにやってみれば』と諦めてくれました」
探偵の仕事は、地味にキツイ!?
ベールに包まれた「調査の流れ」
調査員(探偵)の主な仕事は、調査対象者の行動を尾行することだ。
「相談員がお客さまから依頼を受けたら、調査対象者の写真や勤務先、住所、行動時間帯などの情報を受け取ります。チーム単位で案件を担当し、1案件につき、最低でも2人の調査員がつく。そして『仕事終わりの行動が怪しいから、この日に調査をしてほしい』などの指示を受け、尾行がスタートします」
案件の中でも、特に多いのが浮気調査だ。依頼者の男女比率は半々で、慰謝料請求や離婚時の条件を有利にするための証拠がほしいというケースがほとんどだそう。
「イチタイ(第一対象者※尾行を依頼された人物)の勤務先など、現地集合でチームの調査員と落ち合うところからスタートします。建物の出入り口付近で通行人のふりをして待ち伏せし、調査員同士で連絡を取り合いながら見張りをする。私は大阪支社に勤務しているんですが、大阪や名古屋では車で尾行する案件も多いです」
車で尾行する場合は、一台の車に乗り込み、イチタイと距離を取りながら追跡。走行ルートは事前に想定しているため、赤信号などで突き放された場合でも追跡はある程度可能だというから驚きだ。
「車で尾行する場合は、相手に気付かれないように間に知らない車を2台ほど挟んで追い掛けるんです。歩きや公共交通機関を使う場合は、いつどこでニタイ(第二対象者※浮気相手)と落ち合うか分からないので、常に手元でカメラを回し続けています」
田中さんが見せてくれた動画撮影用のカメラは、スマホよりもずっと大きく、手の平サイズとは言い難い。所々には黒いテープが巻かれ、作動中の光が漏れないように細工がしてある。
「調査員を始めたばかりの頃は、『こんな大きいカメラ、撮ってるのバレバレやん!』と思いましたし、素早く取り出せなくてしょっちゅう慌ててました。盗撮に間違われないかとドキドキしましたが、1〜2カ月もすれば慣れるもんですね(笑)。さらに調査の時の服装も目立たないように白、黒、グレー系を中心にして。場所が変わる時には、眼鏡をかけたり、髪を縛ったり、上着を着たり脱いだりして、同じ人物だと思われないように気を付けています」
指定通りに尾行しても、対象者が自宅に直帰したり、浮気相手と落ち合わずに同性と食事をするだけのパターンもある。およそ5〜6時間は張り付き続けるが、空振りに終わることもしょっちゅうだ。その分、対象者が浮気相手の家やホテルなどに到着した瞬間は、一気にテンションが上がるのだという。
「もう、『やったー!!』という感じですね(笑)。そこからは、エンジンを切った車の中や物陰から、カメラを回し続けます。イチタイが入っていったドアを狙って撮り続け、出てくるのをひたすら待つのみ。監視は交代制でやるので、自分が休める時には、車の中で仮眠を取ったりしています。キツイのは、真冬に外で監視を続ける立ち張り(立って張り込みを続けること)。特に、近くにトイレがない場合は、本当に困ります……」
この後、ニタイ(※浮気相手)との決定的なシーンが撮れたら、その動画を編集して相談員に報告する。しかし、依頼者の情報にはなかった新たな人物が現れることもあり、その場合はこの人物を追って住まいなどを突き止めることもミッションとなるのだ。
仕事がイヤなら辞めたっていい。
チャレンジしてみて、初めて見える景色がある
どこまでも付いていき、どこまででも調べる探偵の仕事。時には1日以上かけて尾行することもあるハードな仕事だが、田中さんはどんなところにやりがいを感じているのだろうか。
「毎日、違う場所に行って、違うことをするのが面白いですね。今のところ、危ない目にも遭ったこともないし、同僚とチームを組むのであまり心配もしていないです。チームの皆にも『女性の調査員だと、警戒されにくいから助かるよ』と言われることも多いんですよ。何より、対象者を追い切ったと感じる瞬間には、“よし!”という手応えがあり、尾行している中でも『私、今、探偵だわ!』というワクワク感がありますね(笑)」
依頼者と接触する機会はほとんどないものの、調査が成功した際には、お礼のメールをもらうこともあり、大きな達成感もある。
「探偵に調査を依頼してくるのは、『自分では調べられないことを調べて欲しい』ということ。調査費用は1時間2万〜5万円程度のため、時間や条件によって変わりますが、数十万円、数百万円かかってもいいから調べたいという人たちがいる。つらい思いをしていたり、困っていたりする方々に対し、私たちが証拠をつかむことで少しでも役に立てるのかなと。できる限り鮮明に撮影し、証拠として有効になるものを提供したいと思っています」
時には何時間も外で張り込みを続け、時には自転車に乗った対象者を追って全力疾走することもある。また、不倫旅行の尾行する際には、同じ宿を取り、数時間おきの交代制で、24時間、ロビーを見張ることもある。しかし、田中さんは今、仕事へのストレスを全く感じていないと笑う。
「地味で体力勝負な仕事だし、想定外に調査時間が長引いたり、案件が突然入ったりすることもあるので、勤務日には遊びの予定を入れることもできないです。だけど、普通ではできない経験ができる仕事だから、飽きることがない。人間観察もできて面白いですよ。食事した後に、なぜかまた食事に行ったりする人もいますし、やたらと小走りする人もいて、世の中にはいろんな人がいるなあって感心しています(笑)」
30歳を機に「安定したい」と事務職になったはずが、結局「自分が楽しいと思える」ハードな仕事にチャレンジした田中さん。今、探偵を始めた当時を振り返って「あの時決断してよかった」と心から感じている。
「かつては私も『安定した仕事をしなきゃ』って思い込んでいましたが、今は『イヤなことならやらんでいい』と思えるようになりました。逆に、やってみたいと思うことをどんどんやった方が人生は楽しくなる。それこそやってダメなら、やめればいいだけですしね。私自身は、33歳で全く新しい道に進んだけれど、やってみなければどんな仕事なのかも、自分に合っているのかも分からなかったと思います。実際に探偵の仕事は、思っていたよりもずっと地味なものでしたが、飛び込んだことがきっかけで、自分にとって新しい世界がひらけてよかったと思っているんです」
取材・文/上野真理子 撮影/赤松洋太
RELATED POSTSあわせて読みたい
【おくりびと】20代で納棺師の世界へ。人の死を10年以上見続けた男が語った圧倒的な“誇り”
M-1芸人からゴミ清掃員に。マシンガンズ滝沢に学ぶ「どんな仕事でも楽しんじゃう」ための心掛け
パチスロ寺井一択の破天荒な人生論「モテたい、勝ちたい、一番だって言われたい!」
「批判も周囲の目も気にしない。将来の不安もない」“おごられる”が仕事のプロ奢ラレヤーがストレスフリーでいられる理由
“レンタルなんもしない人”の人生が、「中学生以来ずっとつらい」から「毎日がエンタメ」になるまで