【産業医 大室正志】新時代の必須スキルは“フィクションを語る力”!?「20代は、ロンブー淳さんを真似してみるといい」
「機械に代わられない働き方をしよう」そう叫ばれる時代に、“人間らしく働く”ってどういうこと?
今回本特集に登場してもらうのは、カリスマ産業医の大室正志さんだ。
人類の歴史は代替の繰り返し
残るのは「物語で熱狂を生む力」
そもそも人間の仕事は、新しいテクノロジーにより「取って代わられてきた」歴史があります。人間の筋力は農機具へ、脚力は自動車やバイクに代わっていきました。近代になると、人間にしかできないと思われていた巧緻性(手先の器用さ)が重視される繊維産業も機械式織機によって取って代わられた。それが今、AIによって人間の脳が担ってきた思考力という分野が取って代わられようとしているに過ぎません。
希少性が高く代替不可能とされてきた論理力がコモディティー化した後、人間に残るのは「感情」の分野です。ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』(河出書房新社)によれば、人間が他の生物に比べて進化を遂げたのは、「フィクションを信じる力」があったからだそう。
よく考えてみると、最古の書物である聖書も宗教も、つまりは物語ですよね。ロジカルなものがAIに代替され始めている今、人間はより一層、フィクションによって動くようになるはず。だから今、若者の間でカリスマと呼ばれるような編集者の箕輪厚介さんやキングコングの西野亮廣さんが声を挙げると、人々は熱狂するのだと思います。
とはいえ世界中で、彼らのようにフィクションをつくれる側の人はほんのひと握り。ほとんどのビジネスパーソンはフィクションを「信じる」側に回ることになります。そのときに重要なのはフィクションを信じる力と疑う力のバランス。このバランスが悪いと、世の中で宗教戦争や民族紛争が後を絶たないように、仕事でも争いが増えてしまいます。
批評家・浅田彰さんの言葉に「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」というものがありますが、まさにその感覚です。会社のビジョンなどのフィクションを信じ切って仕事に夢中になる姿勢も大切にしつつ、「これでいいんだっけ?」とツッコミを入れるまなざしも必要。感情とロジックのバランスを取りながら、自分の立ち位置を点検してほしいなと思います。
しかし、個人でこのバランスを取り続けるのは実に難しい。あらゆる物事を批判的に見ていてもダメですし、メンバー全員が感情的に熱狂している組織もやりにくいですよね。
そこで重要なのは、自分が感情的なボケタイプなのか、論理的なツッコミタイプなのか見極めること。
お笑いコンビがボケとツッコミのバランスを重視するかのように、自分のタイプに合わせてパートナーを選べばいいんです。例えば圧倒的な冷静さで世の中を見ているロンドンブーツ1号2号の田村淳さんは、キラキラした瞳で物事を楽しんでいる天然キャラの田村亮さんとコンビを組んでいます。淳さんのように自分が冷笑的に物事を見てしまう人は、何かを信じ切っている亮さんみたいなタイプをリスペクトした方がいいし、エモーショナルなタイプの人は、物事を俯瞰で見られる人に敬意を払うべき。自分とは違う能力を持った人を認める能力が必要だと思います。
「期待値を調整」しつつ
人を集め、フィクションを語れ
僕たち医者の仕事だって、画像診断技術や手術支援ロボットに取って代わられますから、例えば世界的なノーベル賞科学者である小柴昌俊さんや山中伸弥さんだって、ただ研究をしているわけじゃありません。小柴さんはスーパーカミオカンデを作るために行政との掛け合いを続けてきたし、山中さんはiPS細胞の研究を続けるためにチャリティーマラソンにまで出ています。つまり、何かを成そうと思ったら、プロジェクトマネジャーとして人を集め、彼らにフィクションを語って、組織で資金を調達する知性が必要な時代になっているんです。
今はネットの発達によって「一人でも働ける」と思われがちですが、実は違う。むしろ今こそ、人を巻き込みチームを牽引していくスキルが必要です。ノーベル賞受賞者ですら、そこに労力を割いているわけだから、一般的なビジネスパーソンこそ、率先してやるべきだと思いますね。
人を巻き込むために必要なのは、期待値を調整する力です。自分には何ができ、何ができないのか。そして周りは自分に何を期待しているのか。そこにズレがあったとき、周りはあなたに裏切られたと感じます。
時には、できないことを正直に白状し、期待値を調整する勇気も必要です。例えば、起業家の家入一真さんは、期待値調整の天才。彼はよく打ち合わせや会食をすっぽかすのですが、皆家入さんがスケジューリングが苦手なことを知っているから、誰も裏切られたとは思いません。
でもなぜそれが許されるのかというと、家入さんは仕事をやらせたら天下一品だからです。次々と人の心を動かし、世の中の潮流をつくるプロジェクトを成功させてしまう。つまり、彼は組織やプロジェクトに圧倒的なギブを与えているわけです。
人は誰しもできることがあればできないこともあります。これは経営者でも、会社員でも同じ。一緒に働くチームに対して、できないことを圧倒的に上回る貢献や、ギブができているのか。それを常に自問自答し定点観測して、優れた仕事をたくさん生み出してほしいと思います。
取材・文/石川 香苗子 撮影/小林 正(スポック)
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