若者離れが叫ばれる“酒”業界に30歳で参入した情熱社長のしたたかな戦略「負け戦に見えるところに勝機あり」
長い不景気が続く中、どのマーケットがこれから伸びるのか、どこで勝負するのが正解なのか。転職先を選ぶ上で、業界選定に悩む人もいるだろう。しかし、景気の良い業界で働くことが“勝つ”ためのルールではない。それを証明するのが、「酒のネット買取り」で近年業績を伸ばす株式会社ファイブニーズの岡崎雅弘さんだ。
最近は、若者の「酒離れ」が顕著だといわれ、必ずしも拡大傾向にあるとは感じられない酒のマーケット。しかし岡崎さんは、30歳の時に「酒」ビジネスの世界に飛び込んだ。それから8年、同社は現在12の実店舗を構えるほどに成長。「どんなに不景気でも、どれだけ衰退している業界でも、絶対勝ちにいける」と笑う岡崎さんだが、それはなぜなのか。その戦略を聞いた。
「飲食店の困りごとを解決したい」からスタートした酒特化ベンチャー
もともと自分で店を開きたいくらい、食べることもお酒を飲むことも大好きだったという岡崎さん。不動産賃貸業での営業職や、24歳で参画した中古品買取りの会社を経て、30歳でファイブニーズを立ち上げた。
「飲食店は3年で7割が閉店すると言われるほど移り変わりが早いですし、飲食業で働く人は社会的地位が低いと言われている。けれど私は、衣食住の中でも“食”というインフラは、無条件に人を幸せにする事業だと思っていて。だから大好きな飲食店の利益拡大を行おうと思いました」
そこで岡崎さんが目を付けたのが、「酒の買取り」だ。もともと前職でリユース事業を手掛けていたため、豊富なノウハウを持っていた。そこで飲食店の利益を大きく左右する「酒」を買い取れば、飲食店の収益を上げられるとも考えた。
「酒なら数千円、価値の高いものなら数万円で買取ることができる。そもそも利益の出にくい飲食店にとっても、大きなメリットがあるのではないかと考えました」
こうして創業したファイブニーズは、酒の買取り事業を基点に、店舗を居抜きで売買する不動産コンシェルジュ事業や酒のコンシェルジュ事業など、飲食店の困りごとをまるごと解決できる事業を展開している。当初は岡崎さん自ら一人で取引先の開拓を続けたというが、飲食店のニーズは大きく、次第に社員数も増えていった。
「街の書店」が事業モデルのヒントに
現在、国内の酒の市場はメーカー出荷額で約3.5兆円程度。世界の市場は大きくなる一方だが、日本では少子高齢化が進みマーケットは縮小気味。街の酒屋や酒の販売を行う専門チェーン店など店舗型の業態では、売り上げも下がる一方だ。また冒頭でも触れたとおり、メディアでは「若者の酒離れ」が叫ばれ、20代を中心に酒市場はますます下火になると囁かれている。
「実はこれ、“街の書店”と同じ構造なんです。書籍そのものの売り上げも、書店の売り上げも右肩下がりになっていく。ところがAmazonをはじめとしたECサイトで本を購入するユーザーは増えていますし、電子書籍市場も伸びています。それが大きなヒントになりました」
実は酒の市場の中でも、EC取引市場は未開の地。酒販を専門とするショップや有名なワインメーカー、蔵元もEC販売にはまだまだ力を入れることができていない。多くの企業が店頭販売に依存している状況が続いているのだ。
その一方で、酒のネット販売の分野は拡大しているのだそう。大手オークションサイトにおける酒類カテゴリーの年間取引額は、ほんの数年で約40億円から約120億円へと3倍に急成長した。
「縮小傾向の酒類のマーケットで、目を付けている人が少ないECという分野を開拓する。そして今伸び盛りの『ネット買取り』という分野に打って出る。しかも、前職での知見があったので『ネット買取り』は私の得意分野でしたから。このニッチな領域で勝負すれば、事業は伸びていくはずだという勝算がありました」
一見、衰退していく市場で勝負を仕掛けるのは、勝機のないところにあえて乗り出す「負け戦」に見えてしまう。しかし、「冷静に戦略を練り、確実に実行していけば、むしろ勝機が見えてきます」と岡崎さんは真剣な眼差しで語った。
「実際に酒の市場に参入してみると、古い商習慣にどっぷり浸かったレガシーな業界だということがよく分かりました。業界の外側にいた人間からすると、メスを入れるところが山ほどあって。業界のしがらみや独自のルールもたくさんありましたが、衰退していくマーケットで古い商習慣にとらわれていたら、業界全体が沈んでしまう。だからこそ、新しい発想や戦略が不可欠だと思ったんです。事実、酒×ITを強化していった弊社は事業を伸ばすことができましたし、今では地方の酒蔵から『うちで造ったお酒をどうやって売ったらいいのでしょう』と相談を受けることも増えました」
徹底的に酒好きな人を集めたら、会社の付加価値が上がった
そんなレガシーな市場に、お酒のビジネスに関するノウハウは何一つ持たず、単身で乗り込んだ岡崎さん。そんな岡崎さんのもとに集まってきたメンバーは「酒好きな奴らばかり」だと笑うが、彼らは単に“飲むのが好き”というだけではない。
「酒蔵で杜氏をやっていた人、ソムリエ、バーテンダー、ワイン醸造の専門学校を卒業した人など、『酒のプロ』ばかりが集まってきたんです。ずば抜けた知識があり、周りにも酒を楽しんでほしいと思っている。そういう“好き”を極めたメンバーが集まっているので、仕事でも酒について本気で議論しますし、仕事が終わった後は近隣にある自社のバースペースで皆で飲み明かしています。一日中好きなことにどっぷり浸かれますよ (笑)」
“好きなことを仕事にしよう”とはよく言うが、同じことが好きなメンバーが会社に集まれば、「24時間、好きなことで頭がいっぱい」という理想的な働き方が実現する。
“好き”を極めたメンバーたちは、その知識も人一倍。そのため会社にとっても大きなメリットをもたらした。これも岡崎さんのしたたかな戦略だ。
「総合買取でお酒の買取をする会社に、“酒専門”でやっているうちの社員の目利きが負けるわけがありません。最近では同じ買取業の方々などから『酒の買取りだったら、ファイブニーズさんにお任せした方がいい』と飲食店をご紹介いただくことも増えました」
これからは酒を起点に事業を垂直展開し、自社でメーカー機能を持ち、酒のSPA(製造小売)企業として業界のイノベーターになろうと意気込んでいる。
「ゆくゆくは酒蔵を買収して自社で製造を手掛けたいと思っています。商品売買だけを行う『セレクトショップ』のスタイルは、これからの時代には限界がある。取り寄せるだけなら、消費者はメーカーから直接ネットで買えばいいですからね。
酒の世界って、メーカーや蔵元側が『素材や製法にこだわり抜いてこんな酒を造りました』というプロダクトアウトの発想で商品開発をしているところが多かったと思います。けれど、これからはそれでは差別化しづらい。マーケットインの発想で挑めばもっとお客さまのニーズに応えていけると思っています」
それ以外にも、物流やWebマーケティング、海外への取引など、「酒に特化したさまざまな事業を展開したい」と夢は広がるばかりだ。成長が鈍化した業界でも、レガシーで制約の多い業界でも必ず勝てる。ニッチなところに目を付け、戦略を立てれば必ず勝機はあると岡崎さんは続けた。
「衰退していく業界なのに、といってチャレンジしないのはもったいないと思うんですよ。私の場合はむしろ『酒マーケットでやっていこう』と、市場を調べて考え尽くしたからこそ、この業界に熱い思いを持ち、絶対に変革をするんだという覚悟につながったと思っています。逆に、安易に『この業界が伸びているからチャンスがありそう』なんて飛びつく方が後で後悔するのではないでしょうか」
トレンドのマーケットに転職するのは、確かに“勝つ”ための一つの手段かもしれない。しかしニッチな市場の中でも、自らの得意や好きを見極めながら、戦略を立てて実行していけば、そこに勝機は必ず生まれてくるのだ。
取材・文/石川 香苗子
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