キャリア Vol.875

「フォロワー数に踊らされる奴はナンセンス」インフルエンサー採用を行うオンデーズ田中社長に聞いた“個の力”の本当の意味

20's type2周年特集
世の中全体が「働き方」を見直さざるを得ない状況だ。そこで「今後の自分はどう働くか」を改めて考えるべく、話題の働き方の実態を調査。“withコロナ”の新時代に備えて、自分が納得できる働き方を選び取る準備を始めよう

企業の看板に頼らず「個の力」を身に付けよう、と言われるようになって久しい。さらにこのコロナショックで世の中が変わる中で、「自分の名前で食っていける人」の価値はより一層上がっていくことは確実だ。

SNSなどをうまく利用すれば、会社員でも不特定多数のフォロワーを集め「インフルエンサー」と呼ばれるようになることも不可能ではない。特に若い世代では「情報を積極的に発信して、自分の名前を売ろう」という風潮も強く、「自分もSNSのフォロワー数を増やして“個の力”を高めたい」と考える人も多いはずだ。

そこで2017年から「インフルエンサー採用」を行い、自身もビジネスパーソンから大きな支持を集める、メガネブランドOWNDAYS社長の田中修治さんにインタビュー。いまの時代に本当に目指すべき“個の力”とは?

※取材はオンラインで行いました。

OWNDAYS株式会社 代表取締役社長 田中修治さん

OWNDAYS株式会社 代表取締役社長 田中修治さん

2008年、30歳で多額の債務を抱え倒産寸前だったメガネ製造販売チェーン『OWNDAYS』を買収し筆頭株主に。同社の代表取締役社長に就任以来、数々の経営危機を乗り越え、14億円の借入金を7年で完済、再建を果たす。18年に書き下ろした自伝的小説『破天荒フェニックス』(幻冬舎)は、若手ビジネスパーソンから絶大な支持を集め、ベストセラーになった。最新著書に『大きな嘘の木の下で』(幻冬舎)

「インフルエンサー採用」の目的は「全社員のSNS活性化」

――OWNDAYSは2017年から、SNSフォロワー数1万人以上のインフルエンサー向けの求人を出しています。そもそもなぜこの取り組みを始めたのですか?

これからは「個人の魅力でお客さまを惹きつけられる人」に仕事が集中する時代がやってくると考えたからです。

当時のブログにも書いたのですが、いま私たちは処理しきれないほど多くの情報にさらされ、欲しい情報にたどり着きづらい時代に暮らしています。しかも同じ価格帯であれば、どのブランドの商品を選んでも品質や機能に大差がなく、どこで買っても似たようなものが手に入る。

だとしたら、個性に乏しい会社の歯車のような人間よりも、親切でいろいろな情報を教えてくれる「◯◯さんが勧めるものを買いたい」と思うのが自然です。

だからこそ僕は、指名で仕事が獲れるという「個人の魅力」こそが会社にとって最大の資産になると考えました。SNSは魅力的な個人の存在を知ってもらい、お客さまと関係を継続するためのツールという位置づけです。

――インフルエンサーの情報発信力に期待を寄せた、ということですか?

もちろん情報を拡散する力はあるに越したことはありません。でも「インフルエンサーを採用してOWNDAYSを宣伝してもらおう」なんて、小さな宣伝効果を期待したわけじゃないんですよ。これは「既存社員の身近なお手本になってほしい」という意図で始めた制度です。

――身近なお手本?

社員には、OWNDAYSという社名より先に「自分の名前で仕事が獲れるような人」になってもらいたい。だからその前に、まずはSNSを積極的に使って慣れてもらわなければと考えました。

その際、近くにSNSの使い方に長けた社員がいれば周囲は刺激を受けるでしょうし、自己開示や情報発信に伴う心理的ハードルも下がります。

つまり「インフルエンサー採用」というのは、これからより一層色濃くなる「個人の時代」を社内外に知らしめるための施策という面もあるんです。

――個人でSNSをする上で、会社として何か運用のサポートやアドバイスなどはしているのでしょうか?

ルールは顔写真と実名を出すこと、誹謗中傷など他人を不愉快にさせる内容を投稿しないこと、お客さまにまつわる写真や文章を載せる場合は必ず許可を得ることくらいで、特別なものはありません。

炎上対策の名のもとにガイドラインで縛ることもできますが、ルールでガチガチにしてしまったら、どうしてもありきたりな投稿内容になってしまいますから。

中身の薄い「無難な投稿」は誰も見ないでしょうし、そもそも社員の個性や魅力、能力を知ってもらいたいという本来の目的も果たせません。ですから基本的なルールだけ共有してあとは社員の良心に任せて運用しています。

というか大前提として、Twitterに職場でのイタズラ動画上げちゃうような人は、うちでは採用してないっていう(笑)

OWNDAYS株式会社 代表取締役社長 田中修治さん

――導入から3年経ちましたが、想定されていた効果は出ましたか?

社員のSNS活用は着実に広がっています。定量的に効果を測定しているわけではありませんが、社員のアカウントを通じてお得意さまになってくださる方、OWNDAYSで働きたいと言ってくださる方が増えたり、遠隔地で働く従業員同士の交流が広がったりと、副次的な効果を体感するようになりました。

インフルエンサー採用枠で入社した社員はいまのところ3人で、彼らが直接的に社内の起爆剤になってくれているのかどうかは正直まだ分かりません。ただ「魅力的な個人」を増やしていきたいという会社の方向性は変わらないので、今後も求人は継続していこうと考えています。

フォロワーの数に一喜一憂するのはナンセンス

――これからより一層個人の力が大事になりそうだ、というのは分かりました。でも、みんなが「個」を高めるためにSNSを使って、インフルエンサー的な立ち位置を目指した方がいいのでしょうか?

誤解してほしくないのですが、僕たちが必要としているインフルエンサーは、不特定多数のフォロワーを擁するインフルエンサーではないということ。身近な人に対して、強い影響力を持つインフルエンサーであればいいと考えています。

フォロワーの数がその人の価値を決めるわけでもありませんし、他人に強制されてやるものでもないので、やりたくない人はやる必要はありません。

ただOWNDAYSでは、やり方はどうであれ、親兄弟、友人、その友人の家族など、ごく近しい人たちに「メガネのことならアイツに聞こう」と思ってもらえるようにはなってほしいと思っています。

――インフルエンサーって、SNSなどでたくさんの人に知ってもらってこそだと思っていたのですが……。

もちろんその状態を目指すのが悪いことではありません。でも一つ確実にいえるのは、フォロワー数で一喜一憂するのはナンセンスだということ。フォロワーの数字だけに踊らされるのはバカだと思います。

「個の力」って「個人として信頼してもらえているかどうか」だと思うんですけど、そもそも「自分はいまこんな思いを抱えて、こんな仕事に取り組んでいる」ということが分からなければ、なかなか「この人を応援しよう」「仕事を頼んでみよう」とは思えませんよね。

SNSはそれを伝えるツールでしかありません。SNSを通してたくさんの人に自分を信頼してもらいたいというのなら、その方法を選択してもいいとは思います。

でもまずは、それを身近な人に対して、ちゃんとできている人がどれだけいるのかって話ですよ。

OWNDAYS株式会社 代表取締役社長 田中修治さん

――たしかに親しい友人の中にも、最近どんな場所でどんな仕事をしているかすら、知らない人はいますね。

そうなんです。実際、OWNDAYSでも「いま勤めている店舗や仕事内容」を明かして投稿を始めたところ、かつての同級生が「お前、OWNDAYSのここの店舗で働いてるんだな!知らなかったよ」と言って実際に買いに来てくれたと、嬉しそうに報告してきた社員が何人もいました。

「個人の力」をつけるために信頼の輪を広げる努力は、こうした小さな取り組みから始まるものなんだと思います。

――そうやってまずは身近な人に自己開示することって意外とやっていないかもしれません。

「個の力をつけたいからSNS頑張らなきゃ」っていうのも別にいいんですけど、まずはたとえ限られた人数であっても、どうしたら自分を信頼してもらえるかを考えるほうがよっぽど生産的だし、意味のあることだと思います。

僕はそれが「〇〇さんから買いたい」の状態になる第一歩なんじゃないかなと考えています。

会社員にも“フリーランスのようなマインド”が求められるようになる

――身近な人に自分の仕事やそれに懸ける思いを自己開示して、「〇〇さんから買いたい」と思ってもらうことが大事なんですね。

ネットでどんなものでも買えるようになった分、そういう「身近なプロの存在」が見直されてきます。

OWNDAYSでいえば、「また買いたい」「知り合いを紹介したい」と思っていただけるのは、メガネのことはもちろん、目の健康について相談に乗ってくれたり、同じショッピングモール内のお得な情報などについても気軽に教えてくれたりする販売員ですから。

――なるほど。信頼している身近なプロが、商品とは関係のないことまで教えてくれるって、なんだかかつての「街の電気屋さん」みたいな感じですね。

まさにそういうイメージです。お客さまと直接接する機会が多い小売業であればなおのこと、こうした身近なプロが求められるようになると思います。

またそういう人であれば、例えば会社の看板が外れてフリーランスになったとしても、十分食べていけるくらいの「自立した個」になれると思います。

僕も社員にはOWNDAYSというインフラを上手に活用してもらいながら、彼らと一緒に売上と利益を最大化できる組織にしていきたいと思っていて。

そのために、お客さまとの結びつきの強さで勝負できる本当の意味でのインフルエンサーをたくさん育てていきたいと思っています。

OWNDAYS株式会社 代表取締役社長 田中修治さん

――いま新型コロナウイルス感染拡大の影響で、多くの人がこれまでとは違った生き方、働き方を強いられています。オンデーズが定義する「インフルエンサー的な働き方」は、withコロナ時代の主流になっていくのでしょうか?

そうですね。いうなれば、みんなが「自分の名前で生きていくフリーランスのような働き方」を目指すようになると思います。

フリーランスって、まさに「個」が強くて、ある程度インフルエンス力が強くないとなれないものですから。

――会社員でいながら、フリーランスのマインドを持つ必要が出てくる?

そういうことです。少し前まで、組織や場所に縛られないフリーランスこそクリエーティブな働き方で、「会社員は社畜」みたいに小馬鹿にする風潮がありましたよね。でも、今回の新コロナウイルス騒動がきっかけとなって、こういう「行きすぎた独立志向」も是正されるのではないかと思っています。

ただ冒頭にも申し上げた通り、世の中が便利になり商品やサービスが均質化していく状況においては、「会社名よりも個」が先に立つ働き方は、フリーランスだけのものではなくなっていくのは確実です。

業種や企業によって異なるでしょうが、少なくともわれわれ小売業の世界では、こうした働き手がいままで以上に求められるようになる。先に触れた時代の流れを考えると、会社員であってもフリーランスのようなマインドで働く人が増えていくべきですし、そうなっていくはずだと確信しています。

――会社員にとっても、フリーランスのような「個」がより一層重要になってくるということですね。そしてそれは、「SNSでフォロワーを増やして名前を売ろう」みたいなことじゃなくって、まずは「身近な人に信頼される」ことからでも始められる。それなら日々の仕事の中にも、無理なく取り入れていけそうです。ありがとうございました!

取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/吉永和久

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