キャリア Vol.915

「前職に戻れる」はキャリアのリスクヘッジになり得るか。「出戻り再入社」の可能性を残すためにできること

副業やパラレルキャリアといった型にハマらないワークスタイルの登場に加え、新型コロナウイルスのパンデミックにより、未来が全く予想できない時代が到来。転職などの新しいチャレンジをするにしても、何かしらキャリアのリスクヘッジを考えておきたいところ。

そこで注目したいのが、「前の会社に再入社する」という選択肢だ。「いざとなったら前職に戻れる」状態にあれば、少しは新しいチャレンジへの不安を減らせるのではないだろうか。

退職者やOG/OBを意味する「アルムナイ」をテーマに事業を展開している、株式会社ハッカズークの代表取締役CEO・鈴木仁志さんによると、近年、元社員の再雇用に熱心な企業も増えているという。

再入社の可能性を残すために、個人がすべきことを聞いた。

代表取締役CEO 鈴木仁志さん

株式会社ハッカズーク 代表取締役CEO 鈴木仁志さん

カナダのマニトバ州立大学経営学部卒業後帰国し、アルパイン株式会社を経て、T&Gグループで法人向け営業部長・グアム現地法人のゼネラルマネージャーを歴任。帰国後は、人事・採用コンサルティング・アウトソーシング大手のレジェンダに入社。2017年、ハッカズーク・グループを設立し、アルムナイとの関係を築くプラットフォーム『Official-Alumni.com』(HR Tech GP2018 グランプリ獲得、2020年「第5回HRテクノロジー大賞」奨励賞受賞)やアルムナイ特化型メディア『アルムナビ』を運営。自身がアルムナイとなったレジェンダにおいてもフェローとなる

過去10年で213名の退職者を再雇用した大企業も

――近年、「再雇用」に注目している企業が増えているそうですね。それはなぜでしょう?

シンプルに企業側にもメリットが多いからです。

まず、再雇用者は企業カルチャーを理解して入社する分、ミスマッチが生じにくい。また、外の世界を見て別の会社と比較した上で戻るワケですから、以前働いていたときよりも会社への満足度が高くなる傾向にあります。再度一緒に働けることで、会社への感謝も増しますよね。

さらに採用コストも削減できますから、総合的に見て、企業にとってはポジティブな点ばかりなのです。

――なるほど。実際の再雇用に関する企業の取り組み事例には、どのようなものがありますか?

時系列で言うと、2010年頃には退職者に対して「カムバック・パス」を出す企業が出てきました。これは、退職理由や退職後の活動を問わず、いつでも再入社できる復職権利。他社に転職した優秀な人材を、自社に戻そうという動きが引き金になっています。

そこから2018年には、総理大臣官邸で開催された第1回中途採用・経験者採用協議会で、出席した36社中およそ3分の1社が「再雇用」を中途採用の戦略として挙げました。いずれも清水建設や江崎グリコなど、大手企業ばかり。

資料によると、特に再雇用に注力していた野村ホールディングスでは、退職者専用の採用ホームページを導入し、過去10年で213名の退職者を再雇用した実績があるのだそうです。

「また一緒に働きたい」と思ってもらう人になるポイント

――とはいえ、誰もが古巣の企業に再雇用してもらえるとは限りませんよね?

そうですね。多少のショートカットはあるにしても、ほとんどの会社は通常の中途採用と同じように選考を行なっていますし、テクノロジーの進化やコロナショックにより、人員は削減される傾向にあります。元社員だからといって簡単に再入社できるわけではありません。

――では、企業に「また一緒に働きたい」と思ってもらうために、個人はどうすればいいと思いますか?

「在籍時」「退職時」「退職後」のそれぞれのフェーズごとにポイントがあります。

■「在籍時」のポイント

一言で言ってしまうと、「成果を出す」こと。これに尽きます。プレッシャーに感じるかもしれませんが、小さな目標を何度もクリアしていくイメージで臨めるといいですよね。

ただ、再入社する人のパターンは大きく次の3つに分かれます。

1. 社外に出て大きくステップアップして戻ってくる人
2. 再び同じポジションに収まる人
3. 在籍時とは全く異なるポジションに就く人

仮に在籍中に成果を出せずに退職することになったとしても、次の会社で飛び級したかのように高いスキルを身に付けて戻ってきてくれれば、企業としては万々歳。いずれにせよ成果を出すことが不可欠だということは念頭に置いておきましょう。

■「退職時」のポイント

去り際に本性は出やすいもの。だからこそ、自分が辞めた後に問題が起きないように、タイミングを図って、責任を持ってやるべきことをやり遂げてから退職することが重要です。「どうせ辞めるから」という発想は絶対にNG。

また、退職時は少なからず会社に不満を抱いているものですが、周囲に一方的な会社の悪口やネガティブなことを言うのは厳禁です。そんな人とまた一緒に働きたいと思う人はいませんよね。

■「退職後」のポイント

退職後に考えるべきは「いかに古巣の会社の人たちとうまくつながり続けるか」です。同期だけでなく、上司や他部署の人など、幅広いつながりを持てると理想的。アルムナイが集まるネットワークがあれば、そこに参加するのがベストです。

ネットワークがない場合は、退職時に「近況報告をしたいので」と、上司と会う予定を取り付けておくのがオススメ。退職して時間が経つとどんどん連絡を取るのが気まずくなっていきますから、退職後3カ月以内を目処に会う機会を設けられるといいと思います。

代表取締役CEO 鈴木仁志さん

また最近では、ヤフーやユニリーバが副業人材の募集を呼びかけて話題になりました。この対象者には「退職者」も含まれていますが、こうやって副業を通じて古巣の会社と関係を持ち続けられるのもいいですよね。

他に、在職中に成果を出した人と退職時に業務委託契約を結ぶ会社もあるそうです。お互いに「何かあれば協業できる」という可能性を残しておければ安心です。

最後にもう一つ、退職後も一方的な会社の悪口は絶対に言わないように注意しましょう。SNSのおかげでつながりを持ちやすくなった分、発言が表に出やすくなっていることを忘れないでください。

――実際に古巣の会社に再入社する際、注意すべきことはありますか?

外部の環境と自社を比較して、ネガティブな発言をしないこと。例えば「システムやツールが前の会社よりも古い」といった発言って、ついしてしまいがちです。改善したい点があるのであれば、比較せずに正当な理由を述べて提案しましょう。

あとは、再入社をする際は覚悟を決めてほしいですね。もう一度退職するのが絶対ダメだというわけではないですが、自分が辞めたとき、再度入社したときに苦労した人がいることを忘れないでください。

例えば退職時には、辞める人の業務を引き継いだり、欠員を埋めるために組織改変をしたりといった工数が発生します。再入社時も同じく組織の調整や入社手続きなど、誰かが手を動かしています。

最初に入社したとき以上にコミットする意識が求められると認識しましょう。

「再入社=失敗したときの保険」ではない

代表取締役CEO 鈴木仁志さん

――20代の若手ビジネスパーソンにとって、この混沌とした時代に「いざとなったら古巣の会社に戻れる」と思えることは、キャリアにどんな影響があるでしょうか?

古巣の会社に戻れる可能性を残しておくことによって、チャレンジがしやすくなるのは間違いなくメリットですよね。

ただし、「再入社=失敗したときの保険」のように、軽く考えるのは違うと思っています。特に20代の若手人材の場合、企業が掛けた教育コストを回収しきれていない中で退職している可能性もあるもの。

繰り返しになりますが、自分が辞めたことで苦労した人がいるわけですから、あくまで「元の会社に戻るオプションがある」くらいに捉えてほしいです。

――「モヤモヤを抱えながら働くぐらいなら外に出てみた方がいい」という意見も耳にしますし、「入社3年たったから転職」と考える人もいます。転職は当たり前になりましたが、やっぱり安易に会社を辞めてはいけない?

僕個人としてはそう思います。もし外の世界を見てみたいのであれば、まずは会社に属したまま外の情報を知る努力をすることをオススメします。

特に会社の内部事情を知っているアルムナイから話を聞くといいですよ。外に出てみて感覚がどう変わったか、外部目線も踏まえて自分が勤めている会社の価値がどんなところにあるのか、聞いてみる。退職を疑似体験するような感じですよね。

――その上で転職する際は、やるべきことをやり遂げてから辞めましょうということですね。

そうです。もし古巣の会社に出戻る意思がなかったとしても、そこで構築した人間関係を大切にすることは忘れないでください。

金銭的な資産をつくりにくい20代の若手にとって、人とのつながりこそが資産。せっかくコツコツと溜めた信頼貯金を一度の退職でなくしてしまうのは、余りにももったいないですから。

――在籍中は仕事にコミットして信頼貯金を蓄え、誠実に会社を辞め、退職後も古巣の会社の人との関係を大事にし続ける。その先に「再入社」というオプションがあるわけですね。

そういう行動ができれば、転職先の会社で古巣企業と業務提携をしたり、副業で携わったり、再入社以外にもさまざまなチャンスを得られる可能性が高まります。

一社に一生勤める時代ではないとはいえ、「退職=縁が切れる」わけではありませんから、若手の皆さんにはぜひ古巣の会社との関係性を大切にしていただきたいですね。

取材・文/小林香織 企画・編集/天野夏海


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