キャリア Vol.945

“自分らしさ迷子”に陥っていた伊藤沙莉が唯一無二の「個性派女優」と呼ばれるようになるまで

目指すは“指名”される人!
大企業勤めでも、安定なんて得られない時代。「個の力」を高めることが、僕らが未来をサバイブしていくカギだ。ではどうすれば、自分の力で働ける人になれるんだろう? 実際に「自分の名前」を武器に仕事をしている著名人に、“自分ブランド”の育て方を聞いてみた!

朝ドラ『ひよっこ』で注目を集め、その後ドラマ『全裸監督』など注目作への出演が続く伊藤沙莉さん。11月13日公開の映画『ホテルローヤル』では、担任教師とラブホテルに泊まる“自称ホームレス女子高生”という物語の鍵を握る役を演じた。

世間からは「個性派女優」と呼ばれ、一緒に仕事をした監督からは「もう一度仕事がしたい」とオファーが絶えない沙莉さん。しかし彼女にも「個性」や「自分らしさ」が何なのか分からなくなり悩んだ時期があったという。その時期をどのように乗り越えたのだろうか。

伊藤沙莉さん
伊藤沙莉さん
1994年生まれ。2003年、9歳の時にドラマ『14ヶ月〜妻が子供に還っていく〜』でデビュー。05年『女王の教室』『わたしたちの教科書』など話題作への出演が続く。14年ドラマ『GTO』『そのおこだわり、私にもくれよ!!』、17年にはNHK連続テレビ小説『ひよっこ』でブレイク。20年にはアニメ『映像研に手を出すな』や、Netflixオリジナルドラマ『全裸監督』などに出演

周りから求められる“沙莉らしさ”と“本当の自分”との板挟み

子どもの頃、「好きな言葉は?」と聞かれると必ず「自分らしく」と答えていた。しかし今、「当時は自分らしさを勘違いしていた」と沙莉さんは振り返る。

「周りから求められる『沙莉らしさ』を全うすることが、『自分らしさ』だと思っていたんです。お芝居をしている私や、周りの期待を裏切らない私でいることが、自分の存在意義だと考えていました」

周りの期待に応えたい」――その思いは次第に沙莉さんを苦しめていく。デビューしてから「いじめっ子役」でのキャスティングが相次ぎ、自分のイメージが周りから決めつけられてしまうような窮屈さを感じた。けれど周りの期待を裏切るようなことをしたら、一人ぼっちになってしまうんじゃないか。悩む日々が続いた。

伊藤沙莉さん

「一時期、一体何のために仕事をしているのか、分からなくなってしまったんです。でも私には、お芝居以外に好きなことも、褒めてもらえるような特技もなかったから。もし周りの期待を裏切ったら、両親や友だちからも見放されるんじゃないかって、怖くてたまりませんでした」

役者の仕事を続ける限り、この恐怖からは逃れられない、そう思い詰めるように。しかし沙莉さんがそのトンネルから抜け出したきっかけは、意外にも「仕事のなかった時期」だった。

思い切り仕事に向き合って気付いた「自分軸」

高校を卒業して19歳になった頃、一時期仕事のオファーが途絶えた。その時、アルバイト先と自動車教習所を往復するだけの日々を過ごしたことが、自分を見つめ直す機会になったという。

伊藤沙莉さん

それからしばらくして受けたのが、ドラマ『GTO』(フジテレビ)のオーディション。「私はあまり熱くなるタイプではないんですけど」という沙莉さんが、「これで落ちたら俳優を辞めようと思っていた」ほど覚悟を決めて臨み、無事合格した。

「GTOの現場で久しぶりに思い切りお芝居をしたら、『私、やっぱりお芝居が好きだ』って、その時改めて気付きました。だったら周りの期待に応えるために仕事をするんじゃなくて、自分の中の好きという気持ちを軸に、目の前にある役を思い切り演じようと考えるようになったんです」

周りにどう思われるかを判断基準にすることを辞め、自分がその役をどう演じるか、どうすればその役をより良くできるのかと「自分軸」へと基準が変わった。吹っ切れた沙莉さんは、GTOでの「いじめを先導する役」を迷うこと無く演じきり、その迫力ある演技は当時SNSでも大きな話題を呼んだ。

「自分軸」で物事を考えられるようになってからは、悩みができても以前のようにうじうじと悩まなくなったそう。

「あくまでも私の場合なんですけど、悩んだり葛藤したりしているときって、その犯人はだいたい自分なんですよね。でも思い詰めているときほど、周りのせいにしたり、言い訳したりして視野が狭くなっちゃうなって。そういう時にちゃんと自分と向き合うようになりました。その結果、答えが出なかったとしても、考え方の引き出しは増えるような気がしています」

どんな私も、自分。そう思えたら、前向きになれた

伊藤沙莉さん

GTOへの出演以降、『ひよっこ』『全裸監督』など数々の話題作に出演し、躍進を続けた沙莉さん。いまでは「自分らしさ」に対する考え方も大きく変わったという。

『自分らしさ』って、周りが決めるものではないと心から思えるようになりました。私の抱くどんな感情も表情も、行動も、どれも私のもの。周りの思うような私でいられなくても、自分は自分です。『周りの期待に応えられなかったらどうしよう』と怖がる必要も、『みんなの思う伊藤沙莉でいられない』と自分にがっかりする必要もないと思えるようになったんです」

そう晴れやかな表情を見せた沙莉さんだが、「みんなの思い描く私のことも、否定したくはありません」と続けた。

「周りから求められる私だって、私の一部。だから、そんな周りの期待もひっくるめた伊藤沙莉でいたいです」

求められる役柄を演じている自分も、お芝居に夢中になっている自分も、自分自身。どちらの自分も肯定できるようになり、昔よりも自身のことを好きになれたという。

伊藤沙莉さん
ヘアメイク:AIKO、スタイリスト:吉田あかね 衣装:オールインワン ¥30,000/チュールリブニット ¥20,000(アンスリード) 〈問い合わせ先〉アンスリード青山店 03-3409-5503

「これからは、『沙莉にこれをやらせたら面白いはず』って想像できちゃう役より、『沙莉に演じさせたらどうなっちゃうんだろう』って、イメージが湧かない役をやってみたい。そして、周りの期待を良い意味で裏切りたいですね」

11月13日に公開される映画『ホテルローヤル』は、監督の武正晴さんからも「原作を読んだ時、沙莉の声でセリフが再生された」と言われてのキャスティング。改めて見つめ直した「自分」を武器に、これからどんな“期待を超えた”彼女を見せてくれるのか。沙莉さんの活躍に、ますます目が離せない。

取材・文/石川香苗子 撮影/吉永和久

Information

ホテルローヤル』11月13日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国順次ロードショー

原作:桜木紫乃「ホテルローヤル」(集英社文庫刊)
監督:武正晴
脚本:清水友佳子
波瑠、松山ケンイチ、余貴美子、原扶貴子、伊藤沙莉、岡山天音、夏川結衣、/安田顕 ほか
配給:ファントム・フィルム ©桜木紫乃/集英社 ©2020映画「ホテルローヤル」製作委員会

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