キャリア Vol.976

「好きなことだけしたい」はエゴ。24時間365日スパイスと過ごす印度カリー子の“本質追求型”の仕事観

カリー子さん

つらい? そんなわけないですよ。スパイスは恋人ですから。

いくらスパイスが好きだからといって、仕事も趣味も勉強も、全てスパイス一色じゃあ、しんどいはず。そう思っていたが、どうやら野暮な質問をしてしまったようだ。

1月に最新著『一肉一菜スパイス弁当』(世界文化社)を発売した印度カリー子さん(24歳)。

印度カリー子
印度カリー子さん
スパイス初心者のための専門店 香林館(株)代表取締役。スパイスセットの商品開発・販売をする他、大手企業とレシピ開発・マーケティング、コンサルティングなど幅広く活動。2021年1月現在東京大学大学院で食品科学の観点から香辛料の研究中。1996年11月生まれ、仙台出身
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これまでに計9冊のレシピ本を出版、独自に調合したスパイスセットを販売するネットショップを経営、東大大学院では食品化学を専門としスパイスの研究をするなど、まさにスパイス漬けの日々を送ってきた。

カリー子さん

スパイスのことは、無条件に全てを知りたくなる。だから、飽きることも、嫌になることもありません。

恋をしたら、みんなそういうものじゃないですか?

そう語るカリー子さんの瞳は、迷いがなく、輝いている。

2021年の春に大学院を卒業してからは、組織に属さずスパイスの研究をしながら、自身の会社経営に邁進する予定だ。引き続き24時間スパイス一色の暮らしを送るカリー子さんの、仕事観を探った。

※本記事は姉妹媒体『Womantype』からの転載です。

「美味しい」だけじゃ物足りない。食事には「発見」が欲しい

――先日、大学院の修士論文を提出し終えたそうですね。最近はどんな毎日を送っているのですか?

スパイス料理研究家 印度カリー子さん
研究室での様子。食品科学の観点から香辛料の研究中

起きている間は、ほぼ100%仕事をしています。だいたい朝は6時くらいに起きて、8時半くらいまで仕事。お腹が空いてきたな、と思ったら朝食をとって、また仕事して、昼食、仕事、夕食……という感じです。

仕事内容は、私が運営しているスパイスショップの商品開発や運営、企業とのコラボ商品のマーケティングやレシピ作成、取材やメディア出演などさまざまです。

――普段の食事もすべてスパイス料理ですか?

そうですね。でも、カレーは1日1食、夕飯の時にしか食べないと決めています。一番お腹が空いているときに食べると、味がよく分かるので。そういう状態をつくるために一日全力で仕事をしている、という感じです(笑)

最近朝ごはんでよく作るのが、スパイスマフィンです。

スパイスマフィン

出来合いの市販のものはほとんど食べません。

――手作りにこだわりがある?

ええ、自分でつくれば毎回新しい「発見」を食事に取り入れることができるので。味が分かっているものばかり食べていると、脳が満足しないんです。

1日3回しかない食事の機会を、ただの栄養摂取にするのではなく、楽しみたいというのが私なりの考え。

その点、スパイスは調合次第で新しい味が生まれるから毎回発見がありますし、胃袋だけでなく脳が満足するんです。

印度カリー子さんの料理

――仕事もスパイス、食事もスパイス一色となると、他のことを考えたくなる時はありませんか?

そんなことないですよ。スパイスは、恋人ですから。

――恋人、というと?

好きな人がいたことのある人なら分かると思いますが、恋をしているときって、朝起きてから寝るまで、基本的にずっと恋人のことを考えていたりしませんか?

この髪型好きかなぁとか、今日は何時ごろ帰るのかなぁとか、今度一緒にこれを食べたいなぁとか……自然と恋人のことを意識しながら行動しますよね。

私にとってはスパイスがまさにそうで、ずっと考えてしまうし、その全てを知りたくなる存在なんです。

それにね、スパイスはいいですよ。人じゃないから、こっちの愛が重過ぎても何も言ってきませんし、私の側からいなくなることもありませんから。

自分がどういう態度をとろうと嫌われる心配がないので、恋をするには最高の相手なんです(笑)

「好き」だけで仕事にするのは、エゴでしかない

スパイス料理研究家 印度カリー子さん

――個人でスパイスを販売するようになってから約4年、2020年には会社を設立されています。これは大きな変化ですよね。

そうですね。ただ、いきなり大きな変化が起きたというよりは、コツコツと小さなステップを進んでいたら、いつの間にかここまで来ていた、という感じです。

もちろん、昨年会社を立ち上げたことで取引先も増え、責任は増えましたが、趣味でスパイスをセレクトして販売していた頃と大きな気持ちの変化があるわけではないんです。

需要があって、求めていただけるから、経営しているという感じですね。

――需要という言葉がありましたが、カリー子さんは、「スパイスが好き」だから仕事にしているということではない、ということでしょうか。

結果的に好きなものに関わる仕事はしているけれど、「好きを仕事に」っていう考え方とは違います。

そもそも、好きなことだけやってお金を稼ごうっていうのは、エゴでしかない。なぜなら、需要のあるところに求められるものを供給することで、報酬が生まれるというのが仕事の基本だからです。

例えば、音楽が好きでミュージシャンになったとして、ただ自分が好きな歌を渋谷のど真ん中で大声で歌っているだけではその声は誰にも届きませんよね。

だから、音楽で食べていこうと思うなら、自分の音楽を必要としてくれそうな人に「ちゃんと届けるための設計」を、自らしなければならない。

スパイスも同じです。スパイスが好きだから、スパイスセットを売ろう、みんなに楽しんでもらおう、という思考回路ではありません。

潜在的にスパイスを求めている人がいるはずだ、と確信したから、じゃあどういう人が、どういうものを欲しいのか、というのを考えてその人たちが最も利用しやすい形にしていったに過ぎないんです。

だから、私が一番美味しいと思うものが売れるとは全く思わないんですよ。

――自分が楽しむことと、仕事としてやるべきことを、俯瞰的に見て切り分けているんですね。

需要があるところに、求められていることを供給して初めて、そこに価値が生まれる。これが仕事の本質ですよね。

こういう物事の本質とか、真理とか、そういうものを常に見失いたくないんです。だから、個人的に「好き」という感情に任せて会社経営をしたりするのは嫌ですね。

スパイスを使う時間は、自分を愛する時間

スパイス料理研究家 印度カリー子さん

――物事の本質を見抜くのって、必要なことですけど、意外と難しいですよね。

実はそれが、私がスパイスを広めたい理由にもつながっているんです。というのも、私にとってはスパイスと向き合う時間が、自分の本質、つまり、心の声を聞く時間になっているから。

――心の声ですか?

今の社会は、自分の心の声や本当の願いみたいなものが歪められてしまうことが多いと感じます。

例えば、ある起業したい学生がいるとして、心の中では「起業したい」と思っていても、友達には「意識高いね」などと揶揄されるかもしれないし、親は心配して止めてくるかもしれないし、結局なかなか言い出せない。

それどころか、周りの意見を聞いているうちに、自分自身も「そんなこと自分がやりたいわけないよな」とすら思うようになってしまったりもする。

でも、その学生の本当の気持ちは「起業したい」ですよね?

――周囲の声が自分の声であるかのように、錯覚してしまうんですね。

はい。私にとっては、黙々と玉ねぎを刻んだり、さまざまなスパイスを組み合わせて素材を炒めたりしている時間が、日々の生活の中にある「一人でじっくり考える」貴重な時間で、なおかつ自分の心の声を聞く時間でもあるんです。

皆さんにも、スパイスを使って料理を作ることで、自分の心の声を聞く時間をもっと持っていただけたらな、というのが私の願いですね。

――なるほど、今ここにいる自分の気持ちに集中するというのは、マインドフルネスのようですね。

そうですね。社会的にはどうとか、周囲の人はどうとか、そういうことじゃなく、今自分が感じていることや、心の中にある“〇〇〇したい”という心に正直になってほしい。

心の声に素直に従って生きられるようになると、幸福度が上がるはずです。

――現代人が見失いがちな感覚かもしれませんね。

「こうあるべき」「こうすべき」というメッセージが自分の周りに溢れていますからね。

そして、そもそも、一人の時間を過ごすこと、一人でじっくり考えること、そういうことを普段しない人も多いと感じています。

例えば、何か悩みがあるとき本来なら自問自答しなければいけないのに、何となく人に相談して意見を求めたり、SNSを見たり、誰かに意見を求めていませんか?

でも、それだと周囲の声が大き過ぎて、自分が一体何に悩んでいるのか、その本質的な部分にたどり着けなくなってしまいます。

一人でご飯を食べる、一人で旅をする、そういう時間が私は大好きです。それと同じように、スパイスを使って料理をしている時間も、自分を愛する時間。自分の本質と向き合う大切な時間なんです。

スパイスは「ブーム」を越えて「文化」になる

スパイス料理研究家 印度カリー子さん

――最近、スパイスカレーはブームになりつつあると感じますが、カリー子さんの手応えはいかがですか?

今のブームはまだブームじゃない、まだまだ序章に過ぎないと感じています。もっとスパイス文化は浸透すると思いますよ。

なぜなら、スパイスには組み合わせ次第で玉ねぎやトマトなどの手ごろな食材をも美味しい料理へと変える力があるし、健康志向の高まりにもマッチしているから。とにかく魅力に溢れた原石のようなものです。

今後、ただのブームから文化として日本に定着していくところが見られると思うと、とてもワクワクします。

私自身も、「スパイスって簡単」と思ってくれる人を増やせるように、なるべくスパイスを料理に取り入れるハードルを下げて、その門戸を広げていきたいです。

スパイス料理研究家 印度カリー子さん

――今、カリー子さんが目指すところとは?

一般の家庭のキッチンに、当たり前のようにスパイスが鎮座している状態をつくることですね。

今、多くの家庭にオリーブオイルがあると思うんですけど、そういう状態になったのはここ数年の話ですよね。オリーブオイルを使った簡単なレシピが広まり、その健康効果が知られたりすることで、徐々に一般的になっていきました。

スパイスにも、それと同じポテンシャルがあります。誰もが当たり前のようにスパイス料理を家庭で楽しむ。そういう未来をつくるのが、私の夢ですね。

書籍紹介

スパイス料理研究家 印度カリー子さん

『一肉一菜スパイス弁当』
著者:印度カリー子発売日:2021年1月22日(カレーの日)
定価:1,400円+税発行:世界文化社

>>詳しくはこちら

取材・文/太田 冴  画像提供/印度カリー子さん

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