柄本佑「迷うことを楽しむ」生産性重視の世界に流されない職人の生き方
どんな作品でも強烈な存在感を残す俳優の柄本佑さん。俳優一家に生まれ育ち、35歳にしてすでに名優の風格が香り始めている。変幻自在に役に溶け込む姿はまさに職人のよう。
日本映画界になくてはならない実力派は、どんなことを心に置いて現場に向き合っているのか。プロのこだわりを聞いてみた。
※この記事は姉妹サイト『Woman type』より転載しています。
こだわりは持たない。俳優の仕事は「現場がすべて」だから
こだわりというのはそんなにないかな。
プロとして大切にしていることも、あんまりないですね。
そう淡々と、柄本さんは自身のプロ論を語り始める。
例えば、一つ一つの台詞の“てにをは”を大事にする、とかそういうことはあります。
小津(安二郎)監督が台詞の“てにをは”をどっちにするかで3日悩んだというくらい、脚本には書き手の魂が込められていて、役を読み解くヒントがある。
だから、細かい“てにをは”もむげにせず、台詞から所作から動きまで台本通りにやることは大事だと思っています。
だけど、それは柄本さんにとってプロのこだわりとして、高らかに開陳するようなものではないらしい。その理由に、柄本さんの俳優としての信念が見えた。
やっぱりお芝居ってやってみなきゃ分からないものだから。
役者同士が集まって、初めて台詞を言ったときに生まれる何かを大事にしたい。
だから、もちろん家で台本を読んで台詞は覚えていきますけど、そのときも自分の解釈は入れずに。台詞も棒読みのまま現場に持っていくようにしています。
自分の主観で塗りたくった演技は、相手とのキャッチボールをする上でさまたげになるだけ。余計な荷物は持たず、現場で生まれることにちゃんと反応できる自分でいたい。
そんなシンプルにして最も難しい心構えが、俳優・柄本佑の芝居を支えている。
たぶんそう思うのは、自分が若い頃、ワンシーンに何時間もかける現場を経験したおかげだと思います。
何回も何回も段取りをやって、でも全然決まらないまま午前中が終わり、午後になっても段取りが続いて。
そのうち何が正解で何が間違っているのか分からなくなる。
そういう現場を若い頃に見てきて、そこに楽しみを見いだしている自分がいるから、あんまり事前に決め込みたくないと思うのかもしれない。
言い換えると、それは迷うことを楽しむ気持ちだ。
生産性が重視される世の中では、最短距離で正解に辿り着くことをビジネスの場では求められる。
でも、試行錯誤を楽しむことも、いい仕事を生む上では重要なのだ。
人って、おのおの思っていることって全員違う気がするんですよね。
それぞれ違う考えを持っている人たちが集まって、一つのものをつくるところにものづくりの面白さがある。
お金のことばかり考えている人がいれば、そうじゃない人もいたり。
その多様さが、作品の背骨をより硬くしていくんじゃないかな。
役者は、「待つ」と「ガッカリ」に慣れるのが仕事
5月20日(金)公開の映画『ハケンアニメ!』は、そんなものづくりの喜びと苦悩を描いた作品だ。アニメ業界を舞台に、良い作品をつくるべく奮闘するクリエーターたちの一喜一憂がいきいきと描かれていく。
柄本さんが演じるのは、まさに“お金のことばかり考えている人”。ビジネス優先のプロデューサー・行城理だ。
吉岡里帆さんが演じている斎藤瞳監督と言い争いになった後、会議室から出ていく斎藤監督に行城が「あなたも失踪ですか」と声を掛ける。
あそこは、台本ではもうちょっと柔らかい言い方だったんですよ。でも僕の方から、「あなたも失踪ですか、にしません?」と監督に提案して。
それで、あの台詞になったんです。
台本通りが信条の柄本さんが、なぜこの場面であえて台本とは違うプランを提示したのか。
ここにもまた柄本さんならではの役の組み立て方が光っている。
その後、行城の悪口を言うスタッフたちに向かって、斎藤監督が怒る。
あそこを陰で行城は聞いている設定なんです。
だから、あの場面までは行城から斎藤監督に寄り添うようなことはほぼほぼ皆無にして。
非情なほど非情に見えていいというつもりで演じていました。
だから、会議室のシーンでも斎藤監督には一切寄り添わず。
仕事の道具として見ているように見えればと思って、監督と相談して台詞を変えさせてもらいました。
これもまた監督を筆頭に、いろいろな立場の人と話し合うことを大事にする現場主義の柄本さんらしいアイデアだ。
作中で「どんなにいいものをつくっても観てもらわなければ意味がない」と言い切り、現場に負担をかけてでもさまざまな宣伝戦略を練る行城は、同じものづくりの担い手である柄本さんにはどう見えていたのだろうか。
プロデューサーである行城の立場としては、そう考えるのは当たり前のことですよね。
ただ、今の僕の立場からすると、数字はあんまり考えないです。
いいものを世に出したいというベクトルは一緒だけど、そこに向かう道が部署によって違うかなっていう感じですね。
僕は、現場で起きることに必死になるだけ。外に向かって何かを考えるのではなく、ただ目の前のことに邁進することが自分の役割なのかなと。
夢の監督デビューが決定した斎藤は、デビュー作『サウンドバック 奏の石』の完成に自分の人生を懸けていく。
劇中でも描かれる初号試写のシーンは、ものづくりに関わる人々にとっては、作品が形になった喜びと、観客はどう受け取るのかという不安が入り混じる瞬間。
柄本さん自身も、初号試写はいつも反省でいっぱいだと明かす。
自分の粗ばかりが見えちゃって、出番が終わると、出ていたときの自分の反省をずっとして。
その反省が終わる前にまた自分が出てきて、それも見なきゃいけなくなって……という繰り返し。
だから、初号って全然客観的に観られないんです。
そう苦笑いしてから、こんな思い出を話してくれた。
何かの初号の後に、「初号を観るたびに落ち込むのが嫌だから、次の仕事ではガッカリしないように、とにかく頑張ろうと思って。
今回はいけたかもと手応えを感じても、やっぱり初号に行くとものすごいガッカリするんだよね」というようなことをうちの母ちゃん(俳優の角替和枝さん)に愚痴ったら、母ちゃんに「何言ってんだ。この仕事は待つのとガッカリに慣れるのが仕事だぞ」と言われて。
「そっか、和枝ちゃんもそうなの?」と。確かにガッカリしなくなったら、もうやる必要もない。
ガッカリできているうちが花なのかなと考えるようになりました。
自分の仕事に満足しないのは、それだけ目指す理想が高いから。反省と悔しさが、俳優・柄本佑の伸び代となっているのだ。
たとえお客が来なくても、店中にはたきをかけておく
2003年、映画『美しい夏キリシマ』で主演デビュー。だが意外にも、自身をプロの役者と自覚したのは20代中盤になってからだそう。
はっきりそう感じたのは、結婚した時ですかね。
結婚したことで、俺はこの仕事を続けていくんだろうな、と漠然と思いました。
それまでは暗中模索の中にいた。
特に専門学校を卒業して、学生という肩書きがなくなった時が一番不安でした。同級生と会うと、みんなスーツを着てる。
でも、俺は私服でたらたらした格好してるし。
地に足がついていない感覚がずっとありましたね。
亡き母の「この仕事は待つのとガッカリに慣れるのが仕事だぞ」という教えも、仕事がない時期があったからこそ深くうなずけた。
そんな「待ち」の時期に柄本さんがしていたことは、とても素朴なことだった。
ちょうど一人暮らしを始めたタイミングだったんで、使った食器を出しっぱなしにしておかないとか、部屋を掃除するとか、万年床にしないとか、そういうルールを自分に課していました。
今日もお客は来ないかもしれない。
でも、いざお客が来たときに、埃がたまっていれば一発で分かる。
だから、たとえ誰も来なくても、ちゃんと店中にはたきをかけておく。
ちゃんと生活をすることが、そのときの自分にできることでした。
どんな生活をしているかは、芝居に出る。
柄本さんがどんな役を演じても、ちゃんとそこで生きている人のように見えるのは、日々をおろそかにしない姿勢にあるのかもしれない。
結局、プロかどうかって自分で決めることじゃないんですよね。
自分がいくらプロだと思っていても、周りの人からあの人はプロじゃないんだよねと言われていることもあるだろうから。
プロかどうかは、人が決めること。
そして誰からもプロと言ってもらえるために必要なことは、やっぱり目の前のことに邁進することだと思う。
それが一番、シンプルかつ難しい。
だから、自分はそうありたいんです。
大仰な理論も、見せかけだけの謳い文句も、いらない。ただ目の前のことに邁進し、しっかりと成果を残す。柄本佑はやっぱり職人のようなプロフェッショナルだった。
<プロフィール>
柄本 佑(えもと・たすく)さん
東京都出身。2003年、映画『美しい夏キリシマ』で主演デビュー。2018年、『きみの鳥はうたえる』『素敵なダイナマイトスキャンダル』などによりキネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、毎日映画コンクール男優主演賞などを受賞。近年の主な出演作に『火口のふたり』、『心の傷を癒すということ 劇場版』、『痛くない死に方』、『真夜中乙女戦争』『殺すな』など。公開待機作に、『犬王』、『川っぺりムコリッタ』、『シン・仮面ライダー』などがある
取材・文/横川良明 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)
作品情報
映画『ハケンアニメ!』公開日:2022年5月20日(金)
■出演:吉岡里帆 中村倫也 工藤阿須加 小野花梨 高野麻里佳 六角精児 柄本 佑 尾野真千子
■原作:辻村深月「ハケンアニメ!」(マガジンハウス刊)
■監督:吉野耕平
■脚本:政池洋佑
■音楽:池頼広
■主題歌:ジェニーハイ 「エクレール」(unBORDE/WARNER MUSIC JAPAN)
■制作プロダクション:東映東京撮影所
■配給:東映
©️2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会
■公式サイト:映画「ハケンアニメ!」
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