キャリア Vol.1026

夏生さえり「キャリア選択は全て、楽しいか・楽しくないかで考える」28歳の葛藤から学んだブレない自分軸

キャリアを積んでいくとぶつかるのが、「私、このままでいいの?」問題。

仕事はひと通りできるようになった。評価も一定はしてもらえている。

でも、次はどこに向かって進んでいけばいいのか分からない。手にした地図を見たら、ここから先の道は真っ白。誰も行くべき道を示してくれない不安に、多くの人が戸惑っている。

そんな中、確かな足取りで自分のキャリアをスケールさせているのが、夏生さえりさん。

 夏生さえりさん

<プロフィール>
夏生さえり(なつお・さえり)さん

ライター。出版社勤務・Web編集者を経て2016年独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、女性向けコンテンツの原作を数多く手掛ける。19年よりCHOCOLATE Inc.に参画。現在は、エッセーやコピーライティング、また映像作品の脚本を手掛けるなど、活躍のフィールドを広げている。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、『やわらかい明日をつくるノート』(大和書房)などがある
Twitter ■Instagram

ライターとして多くのコンテンツを生み出しつつ、脚本・エッセーなど、「書くこと」を軸にどんどん自分にできることを増やしている。

みんなに当てはまる正解なんてないこの時代で、さえりさんはどんなふうに「私らしい未来」を見つけていったのだろうか。

※この記事は姉妹媒体『Woman type』より転載しています。

未来が思い描けずにいた28歳「これからもずっと恋愛ネタを書き続けるの?」

20代後半は、これからの働き方や生き方について悩む時期。私が会社を辞めて独立したのも、26歳のときでした。

編集者の仕事は楽しかったけれど、副業で文章を書くお仕事も増えていた時期で、このままだと会社の仕事をするために「やってみたい」と思う依頼を断らざるを得ないなと思ったんです。

それで、もっと個人の仕事にチャレンジしたいと思って会社を辞めました。

独立するのを最終的に決めた瞬間は、割と衝動的だったと思います。私は昔からそういうところがあって、ちゃんと計画性を持って次に備えるのが大の苦手。

堅実な父は「2~3カ月先の仕事を確保してから辞めなさい」と言いましたし、たしかに大事だなと思う一方で、2~3カ月先のことまで想像すると「無理」な気がしてきてしまう。

結局、2~3カ月どころか、1週間先のことも想像できない状態で「えいや」と飛び出してしまいました。

いつも考えているのは、今目の前のことをどれだけ楽しめているかだけ。楽しめなくなってきたら、「現状を変えるタイミングかな」って考えるんです。

 夏生さえりさん

28歳でチョコレイトというエンタメ企業に所属することを決めたのも、「何かを変えなきゃ」と思っていた時期に、チョコレイトに所属していた企画作家の氏田さんが「遊びに来ませんか?」と声をかけてくれたことがきっかけです。

チョコレイトのことは知らなかったのですが、氏田さんが所属している会社なら、きっと面白い会社だろうなと思いました。

当時、フリーランスとしての仕事は、表向きには順調でした。だけど、もともと恋愛妄想ツイートがよくバズっていたこともあって、私に来るのは恋愛系のお仕事ばかりだったので、少し不安を感じる面もあって。

これから30代、40代、50代になったときに、私はずっと恋愛系のことを書き続けているの……? と考えたら、そういう未来が思い描けなかったんです。

もっといろいろなものを書いてみたいし、書けるようになりたい。

でも、恋愛以外の仕事はただ待っていても増える気配がない。

得意だし、簡単にできるけど、それで私のスキルは積み上がっているのか? とモヤモヤしていました。

そんなときに、チョコレイトから声を掛けてもらって。入社を決めるときに、私の方から言ったんです、「恋愛じゃないことを、やってもいいんですか?」って。

そうしたら、あっさり「いいよ」と言ってもらえて、職種も「広告のプランナー」として入社しました。

書く以外に「企画」の仕事が増えて、恋愛以外のストーリーにもチャレンジする機会をもらえました。

毎回、転職のきっかけは、誰かに声をかけてもらったことです。まずはいろいろな人に悩みを素直に言ってみることで、可能性はひらけるのかなと思っています。

相談レベルでいいんです。「こんなことがやりたい」って伝えておく。すると、誰かがふっと自分のことを思い出して、「前やりたいって言ってたよね? これやってみない?」と思いがけないチャンスをくれたりする。

黙っていたら、あなたが何をやりたいかなんて誰も分からない。口に出すことが、最初の一歩ではないかと思います。

長編映画の脚本に初挑戦「悩むのに飽きたら、あとはやるだけ」

今回、共同脚本で作りあげた映画『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』も、昔の私ならとても考えられなかったような仕事です。

 夏生さえりさん

とある広告代理店を舞台に、社員全員がタイムループを経験。同じ月曜日を何度も繰り返していることに、部長以外の社員が次々に気付いていく新感覚オフィス・タイムループ映画

実は、タイムループを題材に脚本を書いたことは以前もありました。それが、アーティスト、YouTuberのあさぎーにょさんの『ハロー!ブランニューワールド』(もう限界。無理。逃げ出したい。)という動画です。

この動画の脚本として声をかけていただいたときも、「タイムループものなんて書いたこともないし、どうやって書いたらいいのか分からない」って不安でした。

でも、分からないなら、そこから一生懸命勉強すればいい。そうやって一つ一つ目の前のやらなきゃいけないことをクリアして、監督と一緒に頑張ることで、何とか書き切れました。

結果的に、これが私がチョコレイトで初めて書いた脚本になりました。

今回、『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』で「お仕事×タイムループ」という設定を思いついたのは、本当に何気ない雑談がきっかけで。

 夏生さえりさん

私の上司の栗林(和明)は、Twitterで同じようなツイートを何回もするという性質があるのですが……(笑)

「栗林さんのこのツイート、前にも見たことある気がする」って同僚に伝えたら、「私もそう思ってた」と共感してくれて。それと同時に、「実は私たちが同じ時間を繰り返してるんじゃない?」って冗談で話したんですよ。

それで、「これ面白いな、もし本当に繰り返していたらどうなるんだろう」とアイディアが膨らみ、会社を舞台にしたタイムループ映画というアイデアが生まれました。

 夏生さえりさん

また、チョコレイトでの脚本は、監督の竹林亮さんと共同脚本で作ることが多いのですが、ああでもないこうでもないと何度もラリーをしながら物語を書き上げていく作業はすごく楽しいです。

少し前までは、まさか自分がタイムループものの長編映画を書くことになるなんて考えられませんでしたし、共同脚本なんて聞いたこともなかったですが、「面白そう」「頑張りたい」という気持ちだけで取り組んで、多くの人の力を借りながら何とか完成までこぎ着けられました。

 夏生さえりさん

こんなふうにお話ししていると、私がすごく決断力がある人間みたいに見えるかもしれませんね……。何でもパッと決めて、初めてのことにチャレンジしてしまう人のような。でも、実は真逆の人間です(笑)

本来の私はかなり優柔不断なタイプ。めちゃくちゃ悩むし、人に相談して何かアドバイスをもらっても、「でも~……」ってできない理由を並べてなかなか動かない人間なんです。

それで、考えて考えて考えて考えて、ウジウジしている自分に飽きたころ、衝動的に一歩を踏み出しているという感じで。

悩んで、ああでもない、こうでもないと考える時間も、私には大事なようです。悩む時間も大事だけど、最終的には、やってみなきゃ何も始まらないんですよね。

やってみると、意外とうまく行ったり、心配していたようなことは起こらないことも多い。

「なんとかなる」じゃなくて「なんとかする」という気持ちでいつも進んでいます。

実際、脚本の仕事をするようになってから、今までの自分のスキルだけではみんなが作りたいものに到達できないと思ったので、本を読んだり、監督と一緒に勉強会を設けたり、自分なりに映画や脚本のことを学んで、できることを増やしているところです。

悩むのに飽きたら、あとは「なんとかする」。そうやって脚本の仕事も、広告の仕事も、未知の領域にちょっとずつ踏み出してきました。

「楽しく働く」は「楽しくない」も経験しないと分からない

キャリアって、選択の連続ですよね。私自身は最初にお話しした通り、あれこれ備えられるタイプでは全くないので、その時々で選択を重ねてきました。

じゃあ、何を軸にキャリアを選択してきたかというと、答えはシンプル。楽しそうか、楽しくなさそうかです

最初に「あさぎーにょさんのタイムループ動画の脚本を書いてみる?」と声を掛けられたときも、自分にできるかどうかなんて全く分からなかった。

だから不安もあったけれど、直感的に「面白そうだな」って思ったんです。面白そう! の気持ちだけで、なんとか走り抜けてきました。

逆に言うと、今は楽しくなさそうなことはできるだけやらないようにしています

どれだけ簡単な仕事でも、楽しくないことをやっている時間はとにかく苦痛で、出来あがったものにも愛着が持てないことが多いので……。愛せるものづくりをしたいなと思っています。

 夏生さえりさん

チョコレイトのメンバーと。夏生さえりさん(右から三番目)

もちろん私も働く身なので、報酬のいいお仕事には心が揺れます(笑)

でも、やりたくないことをやるしんどさをこれまでのキャリアの中で身を持って実感してきたので、それを思うとやっぱりお金やステータスよりも、楽しさを優先した方が結局は幸せに働ける気がするんです。

それに、楽しいと自然と努力できるというのも、わかるようになりました。楽しい仕事なら、どんなに終わるのが夜遅くても、勉強が必要でも、どんなに難易度の高い案件でも、頑張れる。楽しかったら、自分の120%の力を出せるんです。

……と言ってはみたものの、自分が何に対して楽しいと思うかなんて、そう簡単には分かりません。経験の少ない20代のうちは特にそうでした。

最近になって思うのは、私は「何をするか?」より「誰と働くか?」が大事ということです。

もっと具体的に言えば、熱意のある人と一緒にものづくりをすることが、私にとっての「楽しさ」のようです。

それが分かったのは、やっぱり28歳でチョコレイトの一員になった時だったと思います。

26歳でフリーランスになってからしばらくの間は、ずっと一人で仕事をしていました。単発の仕事を粛々と一人でこなす機会が多かったのですが、チョコレイトで仲間と一緒に働くようになって、「あ、私は何をするかより、誰とするかが大切なんだ。そこに楽しさを感じるんだ」って気付けました。

チョコレイトには、「これが好きだ」というものを持っている人がたくさんいて、そういう人たちと一緒にものづくりの仕事をしていると、「最高に楽しい」気分になれるんです。

そんなふうに自分のことが分かるようになったのは、20代で合うもの合わないもの含めていろいろな仕事や働き方に挑戦してきたからでした。

人は急には変われない。焦らず一歩ずつ前進する

だから、もしも今「私はこのままでいいのかな」と自分の人生やキャリアに迷っている人がいるなら、いきなり正解にたどり着こうとせず、また「不安」ばかりを見つめず、いろいろな経験を楽しみながら積んで自分がワクワクできることを探してみるといいのかなと思います。

少しずつ自分のことを知っていく中で、「これだ」と思えるものに出会ったら、そのときに一歩踏み出してみたらいい。

人ってそんなに急には変われないし、いきなりすごい人にはなれない。

どんなことも、一段一段階段を上がっていくように、一歩ずつ進めばいいんです。

私も、すごい人と仕事をするたびに自分の力不足を感じて、ふがいない気持ちになったり、私もあんなふうになれたらとうらやましく感じることはあります。

でも、そのたびに「焦らないで」って自分に言い聞かせています。

誰かと比べてうらやんだり落ち込んだりするよりも、「今やれることは最大限やってる。だから焦らずいこうよ」って思った方が仕事も楽しいですよね。

だから、いきなりやりたいことがやれなくてもいいし、慌てて楽しいことを見つけなくてもいい。目の前のことをやっていたら、ふっとワクワクする道が開けるときが来る。

先のことをあれこれ考えたところで、結局は自分の想像できる範囲なんて限られていて、つまらないものしか思い描けないこともありますから。

それよりも、今できることにベストを尽くす

今ある場所や身近な人を大切にする。そんなメッセージをこの『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』にも込めました。

そうしているうちに、今回の脚本のように、思いがけない仕事をする未来がやってくることがあるんじゃないかなって。

だから、焦らなくても大丈夫。今日からまた、一歩ずつ前に進んでいきましょう。

作品情報

 夏生さえりさん

MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない

2022年10月14日(金) 東京・渋谷シネクイント、大阪・TOHO シネマズ梅田、名古屋・センチュリーシネマ先行公開 、10月28日(金) 全国順次公開

キャスト:円井わん、マキタスポーツ、長村航希、三河悠冴、八木光太郎、髙野春樹、島田桃依、池田良、しゅはまはるみ
スタッフ:監督 竹林亮、脚本 夏生さえり・竹林亮 他
主題歌:lyrical school「WORLD’S END」(BOOTROCK Inc.)
配給:PARCO 
企画・製作:CHOCOLATE Inc.

公式サイト
Twitter

取材・文/横川良明


RELATED POSTSあわせて読みたい


記事検索

サイトマップ